倒れ崩れた『漆黒の塔』
魔族の集落跡を進み、魔王の城を目指す俺たち。生活の匂いというか、人としての名残がはっきり見えて嫌になるが、無事な場所を探して腰を下ろすことは変わらない。話の続きをとせがまれ、俺は呪いみたいになっちまった自分の名前の由来を、彼女に語って聞かせた。
それから一つずつ。俺達は魔族の集落跡を進んでいく。
魔物も多いし、全く油断はできないけど……それでも俺達は歩みを止める事はない。魔物たちをなぎ倒し、化け物の群れを越え、そしてついに……俺達はその場所にたどり着くことができたのだ。
「見えた……見えたぞカーネリア! あれが――」
「『魔王の城』……! ついに……ついにここまで来たのですね!」
遠方にそびえる建造物が見える。カラーリングは黒と暗い紫で、構造は王城と似ているように見えた。設計した奴が近いのだろうか? 何となしに俺はそう思った。
今は道の途中、そんなに見通しは良くない。その距離で城が見えているのだから、もうそう遠くはないだろう。魔王の城下町があるのかもしれないけど、本当にすぐそばまで辿り着いたんだ。その実感が、俺達の胸を熱くしていた。
今にも走り出しそうな俺に向けて、カーネリアが慌てて呼び止める。
「ヨスガさん……まだ日は高いですけど、どこかで腰を下ろしませんか? 城下町があるでしょうから、そちらにも絶対に魔物がいます」
「そ、そっか……王城もそうだったもんな……」
浮足立ってやがる。喜ぶのはまだ早いってのに。
本丸の城だって、魔物の群れが巣食っているだろうけど……魔族が人間と同じならば、城下町を作っていてもおかしくない。というより、絶対に作っている筈だ。
王国と魔族は、実際に戦争していないのだから……どちらにとっても城は飾り、立派な建造物でしかない。ドンパチ激しく戦うことを、想定していない可能性が高いだろう。
となれば……その建築物を中心に、都市になっている事が自然だ。今にして思えば王城と城下町も、同じような発展をしていた気がする。ピタリと足を止めた俺は、思わず頭を掻いて言った。
「危ない危ない……ここに来て失敗したくないものな」
「そうですよ。休めそうな、開けた所を探しましょう」
不思議な事に魔王の城、および城下町手前にあるこの街道は、魔物がほとんど出没しない。死体すら見当たらず、一瞬勇者さんのルートを外れたのかと不安になった。でも『魔王の城』が見えている以上、こっちで正解のはずだ。
俺は不意に、何か懐かしい感触を覚える。
近場の城と城下町、植林された森林と、途中から出現しなくなった魔物たち……
この流れは俺が、カーネリアのいた『塔』に向かう流れと、かなり親しいように思える。違いは『塔』が見当たらない事だろうか。高々とそびえ立ち、白い輝きで健在を示す存在は見たものに強い印象を与える。最もそんな奇跡的な物なんて、二つとこの世にある訳が――
「ヨスガさん……あ、あれを……」
驚愕に満ちた、カーネリアの声がする。
彼女が指さした先は、複数の木が倒れ開けていた。休む場所を見つけた……のではない。
複数の木は……『真っ黒い材質の、壊れて裁断された奇妙な物質』によってなぎ倒されていた。まるで、上から押しつぶされたように。
完全に俺達は言葉を失ってしまった。
『奇妙な物質』は色合いこそ違うけど……その材質に、俺達は間違いなく見覚えがある。
王城に立っていた『塔』の色違いに見えてならない。俺達は慎重に残骸に近寄り、その物質に手を触れた。
「カーネリア。これって……!?」
「間違いないです。これは……これは私の『塔』と同じ……!」
「やっぱりそうか……しかしなんで『魔王の城』に……?」
『何か知らないか?』と俺が見つめるけど、険しい顔で彼女は首を振った。恐らく彼女も知りたいのだろうけど、何も心当たりがなさそうだ。
無数の木をなぎ倒した様子は、かなりの高さからの衝撃があったように見える。となると……根元は、ここから少し距離があるだろう。見えない根元側を睨んだ俺は、緊張した声を発していた。
「カーネリア……『魔王の城』はすぐそこだけど、先にこっちを調べよう。塔の根元に行く。君は今から、念のため隠れていてほしい」
「え? 魔物の気配はしませんけど……」
「この感じに覚えがあるんだ。
君と会った時、エイトさんが塔を守っていたからか、塔の周辺は魔物の縄張りじゃなかった。もしかしたら……こっちでも塔の守り手がいたのかもしれない。ソイツがここを縄張りにして、他の魔物が入っていないのだと思う。肌感覚だから微妙だけど……」
「……分かりました。ヨスガさんも気を付けて!」
ここまで来たんだ。慎重になるに越したことはない。素直に彼女が青白い光と共に消え、俺はエイトさんの騎士剣を手に歩き始める。木の倒れ方や奇妙な物質を見れば、倒れた方向は予想がつくってもんだ。一歩一歩、時に倒木を跨ぎながら、俺はコレが立っていたであろう根元へ歩いていく……
不気味なほど気配のない周辺を気にしつつ、徐々に破損を増やし、撒き散らした残骸を増やす塔の色違い。本当は詳しく調べたいが、それ以上に俺は危険を感じていた。チートパワーに頼っていても、戦っていれば感覚は鍛えられる。根元側に近づくにつれ、何か強大な存在がいる……その圧力をひしひしと感じていた。
そりゃ魔物が寄り付かない訳だ。圧倒的強者の気迫を隠さないソレに、俺は慎重に近づいたが……向こうも、俺に気が付かないはずがない。
「グオオオオオオオオオオォォォォォオッ!!」
雄叫びが聞こえる。百獣の王が叫ぶような叫び声が、俺の肌をチリチリと焼く。震えそうになる歯を噛み締め、ゆっくりと声の主に剣を構える。
叫びの主は覇者の威風を纏い、ゆっくりと俺にその姿を晒した。




