VS護塔の騎士
唯一見つけた無事な建物を目指し、俺は城下町を出て森を進んだ。バリエーション豊富な化け物をなぎ倒しつつ、何とか塔の根元まで辿り着く。待ち構えていたのは……一度城下町でちらりと見た、骸骨の騎士の姿だった。
ここだけは、今までの所と様子が違った。
オンボロでも手入れのされたウッドハウス。
煌々と輝きを保つ『純白の塔』。
周りもきっちり草むしりされてるし、小さな泉も汚れちゃいない。森の中を切り開いて作られたこの場所は、明らかに人の生活感が残っていた。
なのに俺が緊張してるのは、目の前に骸骨の騎士が剣を構えているせいだ。殺意を感じるけど……俺にはこいつが、他と同じ化け物には思えない。
何度も化け物どもに追われたからさ、あいつらの持つ獣みたいな殺意が肌にこびりついてる。でもこの騎士は質が違う感じがしたんだ。自分の意思を持ってて、ここから俺を追い出そうとするような……そんな気配。
俺は何とかなだめようと、声を上げようとしたその時だ。
最初町で見た時のように……骸骨騎士は『消失』した。
「!?」
青白い淡い光を発して、跡形もなく骸骨騎士が消える。あっけに取られていた俺は、次の瞬間背後から、骸骨騎士に切りつけられていた。
激痛。切られた衝撃に慌てる俺。幸いチートステータスのお蔭で平気だけど、細身の騎士剣に対して圧力が強すぎる。そのまま数回連撃を貰うが、俺の体はピンピンしていた。この様子なら幸い、俺へのダメージは無視できる。話し合いがしたいなら、俺が攻撃さえしなければいい。
わかってくれるはずだ。完全に骨になっちまっていても、この騎士の剣術からは意思を感じる。男同士ならわかるだろ? 意地を張って、ムキになって、馬鹿馬鹿しいってわかっちゃいても……捨てられないモノの為に、戦い続ける奴の気迫が。
「やめてくれ! 俺に攻撃する気はない!」
両手を上げて、無防備に突っ立つ俺。骸骨騎士は一瞬だけ剣を止めたけど、すぐにまた青白い光と共に消えてしまう。そして少しした後、俺の背後に立って切りかかって来る。
なんなんだこの技は? 俺じゃなきゃ今ので二桁は死んでる。消えてから背後に現れ、切りかかる動作を繰り返すこと数回。流石に無駄だと気が付いたのか、ソイツは最後、塔の前に青白い光と共に出現した。
テレポート系の能力か? の割には再出現まで時間差があるような……原理はわかんねーけど、なんにせよ俺なら大丈夫。もう一度声を掛けようとしたその時、今度は真正面から俺の頭に切りかかってきた。
「いっ……てぇっ!」
真正面から綺麗な一閃を入れられた。これが剣道なら、面で一本取られてる。ぐらりと揺れる視界。歯を食いしばる俺。まだあの騎士は戦うつもりなのか? それとも全部俺の思い込みで……この骸骨騎士も化け物になっちまったのか?
ひしひしと伝わる殺意。反撃して倒しちまえば楽が出来るだろうけど……俺さえ堪えれば可能性は繋がるんだ。無敵の体でビビってんじゃねぇ! 俺は真っすぐ髑髏の眼窩を見つめて、もう一度相手に伝えた。
「もう一度言う。俺に騎士サンを攻撃する気はない! 声が聞こえてるなら、剣を引いてくれ! アンタが最後なんだ! まともに話が通じそうなのは……」
大の男が情けねぇ。随分と弱弱しい声で、縋るように騎士サンに話しかける。何度か俺を切ってきた後は、塔の前に陣取り油断なく構えていた。
まだ剣を抜いたままの騎士は……諦めたのか、話が通じたのかは分からない。俺が一歩近づくと、剣を上げて牽制してくる。どうすればいいか分からず、俺はその場に手を上げたまましゃがみ込んだ。
ちゃんと無抵抗な様子を見せておかないと、何かの拍子に誤解されちまうかもしれない。せっかく得た機会に、俺はすこぶる慎重になっていた。あくまで信用を得られるように、慎重に言葉を選んで伝える。
「この国が……国でいいんだよな? いつからこんなザマになったかはわかんねぇ。何が起きたのかとか、騎士サンが何者なのかとか……全く全然、俺は理解できてない。察しがつくのは……今の廃墟は元城下町で、うろついてる化け物どもは……元々人間だったって事ぐらい。あぁ、今思いついた事だけどさ、この様子じゃマトモな人間の方が珍しいんだろうな……そっか。それで騎士サンは警戒しているのか?」
文脈めちゃくちゃだろ、俺。言いたい事、頭でまとめてから発言しろよ……
けれどたどたどしい様子とか、俺の態度が通じたのか、騎士サンはゆっくりと剣を下ろしていく。やっと落ち着いて話が出来そうか? じっと見つめ合う俺たちの間に、淡々とした声が騎士サンの背中から流れ始めた。
≪休眠期間を終えました≫
ちょうど背後の白い塔だ。そこから女性の声が流れて来る。人の声だけど淡々としてる。録音を流しただけのような感じだ。
その声で、糸が切れたように――騎士サンの体が膝をつく。
――考えて動いた事じゃなかった。俺は反射的に立ち上がり、騎士サンの体を抱きかかえる。
骨だけになった騎士は、とっくに限界を超えていた――
体の軽さと、急速に薄くなる気配で何となくだけど、俺はそう感じた。置いて行かれる不安と恐怖で、必死に俺は話しかける。
「オイ……頼むよ。死ぬな。死なないでくれ。アンタしかもう、理性がありそうな奴は……」
――よく見れば騎士サンの装備は、細かい傷がたくさんついてる。どんだけ傷ついてきたんだよ……そこまでして、騎士サンは何を守っていたんだ? 疑問の答えは、塔の中から降りて来ていた。
「――エイト様……?」
女性の声がする。透き通るような綺麗な声が。
骸骨の頭が、最後の力を振り絞って……塔の方を一度見つめた。
女性が一度息を呑んで、けれどこの騎士は、とても安堵したような溜息を吐いて、剣を取り落とす。
乾いた金属音。骨の足と指が崩れて砂になっていく。
今まさに消えてしまう瞬間、静かに騎士は俺に一度、こう言った。
「彼女を、頼む」
最後の頭蓋も、骨粉になって消えていく。
全身を守っていた甲冑が、カツンと哀しい音を立てた。