順番整理
長い時間をかけて、俺たちはマーヴェルの研究成果を纏めた。特効薬は見つからなかったけど、魔物や瘴気の正体を暴いている。瘴気とは生命の断末魔……でもこれなら、とっくの昔に世界は壊れているはずだ。肝心なところの情報が抜けているけど、一つだけ確かめる方法がある。
せっかく瘴気研究所に来たのに……この世界が終わった理由は、結局分からずじまいだった。
瘴気の正体や、魔物と魔族、そして人間の関係を解き明かした研究者マーヴェル。その功績と努力は、もう少し発見が早ければ、研究を引き継ぐ者が生きていれば、礎となった人物として称えられただろう。俺達が正規の研究者であれば、成果を引き継いで瘴気の対策を取れたかもしれない。
残念だけど、俺達は研究者じゃない。それどころか俺は別世界の人間で、カーネリアは塔に籠っていたせいで……特別な道具に助けられているけど、技術的な方面では完全に素人だった。
それでも……それでもまだ、折れるわけにはいかない。まだこんなところで諦めてるには早いんだ。一つだけ……一つだけ残っている希望があるから。
「カーネリア……これから前向きに進むなら、一か所しかない」
すっとカーネリアが俺に振り向く。灰色の瞳を揺らす彼女は、薄々は言いたいことに気が付いていた。でもその場所は、間違いなくここ以上に危険な事が想像できる。だからきっと、言い出せなかったんだ。
「魔族の領域……もっと言うなら『魔王の城』に行くしかない」
「――…………」
彼女は何も言えなかった。賛成もしないけど、反対もしない。
瘴気との関係性は読めないけど……魔王の討伐と瘴気発生、この二つに何らかの繋がりが考えられる。
瘴気の法則を考えれば『魔王が死んでも瘴気が蔓延する理由はない』が……
同時に『魔王が生きていても瘴気が蔓延していない理由』もない。
生命の絶叫が瘴気なら、あちらこちらで発生していた事になる。現に王族の娘は悪癖が原因で、魔物化の症状が現れていた。罪人の嬲り殺しなんて、自分から瘴気を浴びにいくようなものだ。
となればだ……ここは発想を逆転させるべきではないだろうか?
「信じがたい事かもしれないけど……魔王は悪じゃなかったのかもしれない」
「本当は魔王さんが、瘴気を抑えていた……と?」
「それもあるし……実害を与えてないのに、積極的に悪役を演じていたトコもそうじゃないか? 王族との密約なのかは知らないけど……我こそが悪と宣伝していたのも、王国にとっての『強大な敵』を演出して、纏めていたんじゃないかな」
「…………なるほど」
よくある話で嫌になるが……共通の敵がいると、集団ってのは安定する。国としてのまとまりを得るために、その部分で協力関係を結ぶことは可能だろう。
もっとも、このままじゃ陰謀論止まりになってしまう。俺は今まで集めた情報から、この世界で起こった事件の順番を推理した。
「これは憶測だ。証拠のない想像だけど聞いて欲しい。でも、何かおかしな所があったら、カーネリアから突っ込んでくれると助かる」
「……分かりました」
「順番を確認しよう……始まりは王族の娘、現国王の娘が魔物化からだ。これを王様は魔王による謀略だと考え、王族の勇者を含む討伐隊が派遣された」
「でも……マーヴェルさんが言うには、魔物化は王族の娘の悪癖のせいだと」
俺は頷いた。最初のころ王国で、記録を見つけた時は鵜呑みにしてたけど……娘の魔物化は魔王の仕業と考えにくい。瘴気とは生命の断末魔だ。罪人とはいえ、積極的に嬲り殺しにする悪癖は、ある意味自業自得だったのかもしれない。
明らかになった後ならこう言えるけど、この世界で瘴気の正体を暴いたのは、多分研究者マーヴェル一人だ。それもかなり、世界に瘴気が蔓延した後。王族と魔王の間で関係があったとしても、恐らく瘴気の正体は魔王すら知らない……と考えられる。何せマーヴェルに出資して「瘴気を調べてくれ」って匿名のスポンサーになるぐらいだからな。
「そう。この事件は多分、魔王は関係はない。でも王様は、娘を滅茶苦茶にされたことで冷静さを失った……他にも王族しか知らない事も、何かあったのかもしれない。それが逆に疑惑を深めてしまった可能性もある。ただ、魔王としては誤解も良い所だった」
あっさりと魔王討伐が通った理由は、魔王側が積極的に、王族との敵対を避けようとしたから……かもしれない。変異しただけの、異形な人間だった魔族と魔王は、結果として騙し討ちや不意打ちを喰らったような形になった……
「けれど魔王討伐後に、各所で魔物化が起こる事件が発生する。魔族の領土で発生していた、瘴気が王国でも発生するようになった……この理由ははっきりしないけど、魔王の死と関係があると思う。瘴気の性質自体は、魔王が生きていても死んでいても同じだけど……」
「だからこそ魔王が死ぬ前に、世界が瘴気で覆われてない事が不自然になる。この法則で瘴気が発生するなら、もっと早く魔物だらけになってしまいますから」
「そうだ。方法は分からないけど、瘴気を操るなり、抑える方法があったんだ。それは魔王が実行していたけど、勇者が討伐してしまったせいで……」
酷い話だよ、全く。
誤解を起こし、真実を知らず……けれど魔物化に苦しむ一人の人を救うための、必死の行動が……災厄の引き金を引いてしまったなんて。
しかしこれなら、確かに希望はそこにある。
勇者が討伐した魔王……そしてその城に行けば、魔王側の事情が明らかになるはずだ。今までは鬱屈とした話だけど、一つだけ俺達にも好材料がある。
「勇者が倒した魔王の城、そこにきっとすべてがある。同じことを王族の勇者さんも考えたのだろう。噂にしか過ぎないってあるが、案外でたらめでもない……多分時系列的には――」
「迷惑をかけないようにと、王城から失踪した後でしょう。瘴気への耐性がある人……だったのですね」
「そうだ。勇者さんは……すぐには魔物化しなかったんだ。全てを解決するために、もう一度魔王の城へ……」
失踪して魔物化、野たれ死んだと思われていた『王族の勇者』は、瘴気に蝕まれながらも進んでいた。噂だけと書かれているが、これは少し違うと思う。
王城で痕跡を見つけたときは『魔物になって迷惑をかける前に失踪した』と考えていたけど……魔王を討伐したからこそ『王族の勇者』は真実に察しが付いたのだろう。瘴気が世界に広がり、完全に手遅れになる前に行動を起こした……とも解釈できるんじゃないか?
「俺達も『魔王の城』に行こう。何も変わらないかもしれないけど……」
俺達に残された最後の道は、何にせよそこだけ。
『瘴気研究所』に来たことを無駄にしないためにも……そして、この世界で起きた事を無駄にしないためにも。
何より……絶望に足を取られ、一度動くことをやめちまうと……もう一回やり直して動き出すにはすごく力がいるんだ。一回全部投げ出しちまった俺は、そのことを良く知っている。
この研究所は魔族の領域に食い込んでいる。変に彷徨うよりは、ずっとスムーズに進めるだろう。
きっと何にせよ……次の場所が、最後だから。




