研究者の追憶・2
≪残された遺品と資料から、研究者の身に何が起きたかを推測する≫
信じられない思いだった。俺様はこの事実を、誰にも発表せず封印した。
今まで別の種と思い込み、敵対していたと思い込んでいた魔族は――『瘴気に耐性を持っている人間』でしかなかった。他の魔物や耐性個体と同様に実験したが……魔族の組織は『人間の持つ生体組織と完全に合致した』
組織を移植する手術をしたり、交配実験だって今までと同じ結果が出た。出ちまった。
つまり――魔族は俺様たちと同じ種族、人間だった――そう結論を出すしかない。
よくよく考えてみれば、異形で力を持ち、恐ろしい存在と称されている割には、ここ何百年も戦争になっていない。魔物が出るのは魔王の仕業! と常識になっているが、俺様の研究はその通説も覆しちまう。
何せ魔物を生む瘴気は、魔族の領土で自然と噴出しているモンだし……たとえ耐性のある個体や魔族であっても、過剰に瘴気を浴び続ければ最終的に魔物化する。普通の魔物よりは元個体を反映するが、それでも何かのはずみで暴走しかねない。
通説では魔王が意図的に瘴気を散布するって話だが……馬鹿な。部下の魔族が暴走する危険があるのに、わざわざ瘴気を作るとは思えない。魔王が正気を失っている可能性も考えたが、それだと世界への声明が説明つかなくなる。
時々、村の各所に幻影をでかでかと出現させ、世界に対して演説する事があった。どんな魔法か技術かは知らんが……魔王健在と王国に強く訴えるイベントだ。瘴気に犯されているなら、人と話せるような理性は消えてなくなる。恐らく魔王も瘴気耐性者で、魔王というより魔族代表と言った方が、実態に即しているんだろうな。
今にして思えばこの映像、演出過剰に思えたが……考えて見りゃその『人に恐怖を抱かせる演出』ってのは、同じ人間だからこそ出来た芸当じゃねぇか。王国も、魔族も、両方とも深く関わりを避けていただけで、やっている事は人間同士の、緊張した交流に過ぎなかったんだ。
真実を知り、王様に魔王討伐の中止を訴えようとした。
王族は多少、真実を知ってはいるのだろう。だが娘さんが急に魔物化して、冷静な判断が出来なくなっちまったんだ。俺様も最初は魔王の陰謀と考えたが、パワーバランスをいきなり崩すような、愚行を犯すとは思えねぇ。魔物化が発症した環境を見ても、何か別要因があると推測できる。
けれど遅かった。その手紙を速達で出そうとしたまさにその時、魔王討伐の報が世界に響き渡っちまった。
俺様は素直に喜べなかった。むしろ酷く嫌な予感がした。新時代の幕開けと騒ぐ阿呆共が、開けてはならない扉を開けちまった……俺様にはそう思えた。
予感は当たった。
王国の各所で、瘴気が発生する事件が起き始めた。それだけじゃねぇ、今まで扱っていた瘴気が、急にその濃度を上昇させる傾向が見られた。まるで世界のルールが、ねじ曲がっちまったような印象を覚える。変な話だが、学者の直感ってやつだ。
そして俺様も……下半身が増えちまった。追加で二本ほど足が生えて、今は慣れない四足歩行に苦戦している。
ハハ、そりゃ実験を何度もしてれば、否応なしに瘴気に触れるわな。運が良い事に、俺様は耐性がある側らしい。理性への影響は少なかったし、今までの研究データを元に、魔物化を抑制する薬も作れた。けれどもう、あまり時間がない。
王様は……魔物化した娘さんも、俺様の方へ寄越した。つまりそれだけ、深刻な事態が差し迫っている。娘さんや、時には俺様の身体も実験に使い、遂に瘴気の正体を俺様は突き止めた。
瘴気の正体は、呪詛だ。
あらゆる生命、それが失われる時の断末魔――それが滞留し漂った物が『瘴気』。
すべての生き物は死にたくない。自分の生命を、より良く、より長く残そうとする。
が、これまた自然の摂理で、他の生き物が生きるために、捕食なり戦闘なりで絶命することがままある。
その時に――殺された側の生き物の魂が喚く。死にたくないのに、どうして殺しやがったって具合に。実際はこんなお上品な言葉じゃなくて、純粋な絶叫として叫ぶモノ。それこそが、瘴気の正体だった。
ハハハ……道理で今の今まで、誰も正体を掴めなかったわけだ。
実験を進めていけば、否応なしに命を切り刻むことになる。研究のためとはいえ、実験台にされる奴視点では、殺される事には変わりない。瘴気や魔物の研究をした奴が、やがて魔物になるって話を聞いたことがあるが……こういう原理だったか。
……しっかし、わかんねぇな。
魔族の領土は瘴気に溢れてるが、人間の行き来が少ないのに、大量に命が失われるとは思えねぇ。そもそも各所で溢れ始めたのも変だ。この原理なら魔物や魔王関係なしに、あちこちで瘴気が発生していたはずだ。
王族の娘さんが魔物化したのは……多分魔王は関係ない。話によるとこの人、死刑囚の罪人を嬲って遊ぶ悪癖があったらしい。罪人が絶命する際……魂の絶叫をモロに浴びちまったんだろう。何度もやってたそうだから、それで身体に蓄積された呪詛が、魔物化を引き起こしちまったんだな。
けど……瘴気の法則や濃度が上がった時期と、魔王が討伐された時期はかなり近い。もしかして魔王が抑えていたのか? 調べに行きたいのは山々だが、俺様の理性も……かなり危うい領域に来ていた。足も八本に増えちまったし、腕だって触手と化している。もう長くはないだろう。俺様は片っ端から打てる手を打った。例えば『純白の塔』で眠る誰かを、引っ張り出して来いとかな。失敗しちまったみたいだが。
最後に……俺様は二つの術式を外に託した。
一つは傀儡魔法。瘴気の影響は、生物に限られていた。だったら肉体を生物の外に移せれば、恐らく魔物化の影響を避けられる。
けど物質への魂の転送と固定なんざ、かなり無理がある術だ。効果としては半端なもので、生前の特性を強く残して、やみくもに襲わないってだけの無機物に近い。一応俺様には更に改造したのもを自分に発動した。俺様の意識がなくなっても、研究を続けるように仕込んだが……まぁ上手くはいかないだろうな、どっちにしても。
もう一つは召喚魔法。瘴気の影響を受けない人物の召喚術だ。
これはほとんど、偶然発見したんだが……どうやら召喚された精霊や人物は、瘴気の影響を受けないらしい。こことは別世界の物は、この世界の法則を一部受けないって事……らしい。幸運な事に、瘴気の影響はこの世界の物に限定されていた。
並行世界だと影響を少々受けるが、別世界からなら無問題らしい。問題は召喚コストがアホみたいに高い所だ。しかも人間ってなると……どうしようもないほど、魔力コストを喰っちまう。
それでも――この事実は可能性の欠片だ。死者を呼び出す遺物魔法で代用を考えたが、正気の生者がいないと発動が無理だし、遺物一つにつき発動も一回きり。そんな不安定な方法で、未来に希望は持てねぇよ。
ま……あるとすれば……王族の勇者様ぐらいかね? 風の噂で聞いた話だが、魔物化が進んでいるけど、魔王の城をもう一度目指してるって話だ。眉唾だが、そんなものに俺様は縋るしかない。
……悪ぃな。勇者さんよ。俺様は先に狂っちまいそうだ。
せめて……俺様達に、意味があったと証明してくれよ……




