もう一度
俺の中の何かを消費して、騎士剣の持ち主、エイトが再度出現する。初めて見る生前の姿と剣術は、俺とはまるで比べ物にならない技量だった。そのまま魔物化したマーヴェルを圧倒し、あっけなく倒し切っちまった。
マーヴェルが死んだことで、どんな影響があったのかは分からない。蒸気を噴き出していた研究所は急に止まり、カーネリアも麻痺毒から解放されたのか、ゆっくりと立ち上がっていた。足取りは危ういけど、テーブルに寄りかかれば歩けるだろう。
俺は動けなかった。
まだここにいるエイトさんの召喚に、俺は消耗を続けていた。いっそこのまま、俺を吸い尽してアンタが生きればいい。本当の実力差を見せ付けられた俺は、拗ねてふて腐れていた。そんな俺に……一つ息を吐いて、騎士エイトが俺に歩み寄る。
……何だよ、トドメでも刺しに来たのか? ま、自分の女を横取りされそうになったら、そういう気分にもなるさね。俺は全部を受け入れるつもりで、静かにエイトの審判を待った。俺の前で、彼は一言。
「……立て」
「キツい事言うね……」
キツいってのは色んな意味さ。召喚での消耗、抜けきらない麻痺、精神的に打ちのめされた直後……はっきり言って悪条件しかない。
それでも……俺は意地で立った。情けない俺でも、最後ぐらいはカッコつけないとな。なぁに、前の死に様に比べればずっと上等さね。ふて腐れていた俺は、ようやくエイトの前に立ち目を合わせた。
彼は……彼はまるで、悟りの境地に至ったような顔だった。もう何も思い残すことのない。酷く清々しく、さっぱりとした表情が俺の目の前にある。赤い髪も怒りに染まらず、頑固な双眼は少しだけ優しい。初めて会い、そして別れた時と同じ騎士が、俺の前で静かに剣を胸に抱いた。
両目を閉じ、直立不動で祈りを捧げる騎士。つられて俺も軽く目を閉じた。開けたのも俺が早かったけどな。
もう一度男二人が視線を合わせる。騎士エイトはそっと愛剣を寝かせて、俺の方に自らの剣を差し出した。
信じられない思いだった。すぐに俺は受け取れない。散々自分の弱さも思い知った。今回だってエイトさんがいなきゃ、役立たずだったじゃないか。渦を巻く思いもまま呆然と俺は呟く。
「エイトさん……いいのか……?」
俺の活躍なんてのは、全部貰い物のチートスキルの恩恵しかない。カーネリアも、この世界も、本当はアンタが旅を続ける方が、ずっとずっとふさわしかったじゃないか。
俺の迷いに喝を入れるように。それでも良いと……騎士エイトは半分押し付けるように、強引に愛剣を俺に差し出す。
今度は骨だらけの、骸骨の魔物としてはなく
一人の騎士として、一人の男として……彼は俺へ、もう一度託した。
「九条 縁 彼女を頼む」
息がつまった。声が出なかった。こんな俺でも……出来ることがあると、お前に任せると……そう言ってくれるのか。エイトさんは。
今までの言い訳がましい思いが、馬鹿みたいに思えてくる。滲みそうになる瞼に力を入れて、俺はそっと彼の剣をもう一度握った。
顔は見れなかった。ただ何度も頷くことしかできなかった。もう二度とこの剣を離すまいと強く胸に誓う。それは成り行きで出会い、偶然を重ねて歩いて来た俺が、久しぶりに自分で決めた事だった。
ただ託されたからじゃない。彼の無念と、彼の実力は確かにこの目で見た。比べるまでもなく情けない俺に、それでも彼は託すと言ったのだ。
ならもう、グズグズ言ってる場合ではない。拙くても、不器用でも、それでも自分なりのベストを求めて生きるしかないだろう! これが最後だと直感した俺は、もう一度だけ騎士エイトと目線を合わせる。
「……頼んだぞ」
「……はい!」
答えに満足したのか、光の粒子が崩れていく。エイトが形を失っていくのに、カーネリアも俺も少し視界が滲んだ。でも……ちゃんと最後まで見送ってやらないと。その場で、光が完全に消え去るまで……俺はじっと彼を見送った。
何が起こったのかは、詳しく分からない。けれど彼はもう一度俺達を助け、そして認めてくれたのだと実感できた。あれだけどこかに吸い取られ、熱を失った俺の鼓動はぐっと強くなっている。名を呼びながら崩れるカーネリアに、そっと肩を置いて伝えた。
「いろいろ……色々と話したいけど……まずはマーヴェルの残した物を漁ろう。これだけの事があったんだ。絶対……絶対に何かある。一つも取りこぼしちゃいけない……まだ身体は重いけど。やれるな?」
魔物化した研究者マーヴェル……彼の身に何があったのか? 研究の成果は出たのか、その全てはこの地下研究所の中にあるはずだ。
そして……すべてを集め終わったら、俺達はまた新しい目標を立てなくちゃいけない。
今まではここが最終目標だった。ここから先はどうなるわからないけど、先を決めるためには、この世界について知らなければならない。この研究所が間違いなく、壊れた王国と魔王の間で、起きた諸々の出来事について、一番真実に近づいていたはずだ。
冒涜的な試験管や薬棚、無数の殴り書きのメモや日記帳……一つだって取り逃さないように、俺とカーネリアは、全ての魔物がいなくなった研究所を、しらみつぶしに調査する。
すべてを集め終えた後は、同じ建物の三階まで登り結界を張る。建物の奥の方だし、魔物にも見つかりにくい位置に陣取って……解釈違いのない様に、全てのマーヴェルの痕跡を繋げ合わせた。
そして――明らかになる、いくつもの真実。
「なんてこった。魔族は――」
「本当は……人間だと言うのですか――?」




