再臨の騎士
研究所内部で戦う俺。何とか倒したと思ったが、魔物は上手い事死んだふりでやり過ごしやがった。おまけに麻痺毒のせいで動けねぇ……しかも変わり果てたあんたがマーヴェルだと!?
動かない体、魔物化したマーヴェルが迫る。歯噛みする俺の胸に呼応するように、放しちまったエイトさんの騎士剣が震えた。
それが何か、と言われると……俺には何も確証が持てなかった。
俺もカーネリアも、麻痺毒のせいで動けない。ぺたたたっ、と迫る足音への逃避なのか、それとも本当に奇跡が起こりそうなのかは分からない。
なんにせよ……俺にできることは、この直感を信じる事しかない。見つめた先にある騎士剣に、自分の心音を捧げる。身体の芯になる何かが弱っていく気がしたが、俺の心に怯えはなかった。
鼓動に合わせて剣が震える。かたっ、かたっと発する異音に、魔物がゆっくりとその首を向けた。
「残留魔力を検知……遺物魔法の兆候?」
首を傾げる魔物に目もくれず――俺はその騎士の名を、胸の内に叫んだ。
その刹那に、剣がふわりと宙に浮いた。エックスの字を描く様に剣が軌跡を描き、最後は重力に逆らうが如く切っ先が天を指す。魔物が俺達から注意を反らし、まじまじと見た瞬間――光の粒が、剣の本来の持主の姿を模った。
「うそ……エイト様……?」
痺れた身体で、呆然とカーネリアが呟く。俺は……その騎士が生きていた頃の姿を見るのは、これが初めてだった。
燃えるように鮮やかな赤い短髪
鼻に一筋の傷跡を携え
まっ黒で……どこか頑固物っぽい、険しい眉と目つき
そして――骸骨になっても身に着けていた騎士の鎧を身に纏い――騎士が愛剣を握りしめ、魔物と対峙していた。
じっとその様子を観察していた魔物は、やがてエイトを敵と判定した。複数の触手を両腕から伸ばし、挟み込むように騎士を襲う。
しかし次の瞬間、騎士エイトは青白い光を発して『消失』した。これも見覚えがある。カーネリアの空間に潜る魔法だ! 少しの間の後に魔物の背後を取り、その首に狙いを定める。
「!?!?」
首筋に一筋、刃の痕が刻まれる。魔物の本能で察知したのか、咄嗟に足を動かして致命傷を避けやがった。倒れ込みながら腹部の頭が蠢き、魔物は溶解液を吐きつける。騎士は受け止めずに、素早く二歩後退し回避。テーブルにかかった液体が溶けたが、彼の目線は魔物から外れない。せわしなく無数の足を動かして、魔物はぬけぬけとこう言った。
「護塔の騎士……私は研究者マーヴェルです。和解を提案、検体を提供して頂きたい」
「断る!」
清々しい即答と共に、正面から鋭く踏み込んだ。触手の壁で身体を守った魔物は、別の部位から鮮血を溢れさせていた。
足だ。無数に生えた足を、一撃で二本切り捨てていた。んな事したら麻痺毒が……と思ったけど、全くエイトさんは気にしていない。そのままさらに反対側の足を三本切り捨て、怒涛の勢いで攻め続ける。
こうしてみると分かる。騎士エイトがどれだけの鍛錬を積んだ騎士なのかが。俺のヘナチョコ剣術とは比べるのも馬鹿らしい。本当はエイトさんが……あの腕の立つ剣士が、彼女を守る役目だったのに。
ごっそりと気力が搾り取られていく俺。萎えたからじゃない。どうもエイトさんの召喚には、俺の何かを削っているらしい。身体の芯が冷たくなっていく感触は、息絶えていく感覚に似ていた。
……ハハ。俺の召喚に犠牲が必要だったように、エイトさんの召喚にも代償がいるわけだ。それが俺だってんならくれてやるよ。今は全く役に立たねぇ、クソ敗北者の命なら安いもんさね……! 俺の……いや俺達の意志が、マーヴェルを確実に追い詰めていった。
「彼女はお前に渡さない……研究者マーヴェル、貴様を斬る!」
「理解不能……敵対と判断。研究資料として保存を……」
「やって見せろ!」
無数の触手の連打も、溶解液の雨も悉くエイトは避けていく。その度に騎士剣が鋭く閃き、足を、触手を、そして体とくっついた頭部を切り捨てていった。
それだけの傷を負いながら、マーヴェルと思わしき顔は能面だった。淡々と戦い、ちぐはぐな言葉を吐く様子に『渓谷の砦』の騎士団長を思い出す。確かあの魔法を作ったのもこの研究者だ。もしかして自分にも使ったのかもしれない。
と、そこでエイトの魔法が発動し、再び別空間に跳ぶ。けれど今度は、触手が茶色のステッキを握っていた。マズイぞ、カーネリアを引きずり出した道具だ! 多分エイトさんも喰らっちまう!!
そんな俺の不安は……素人の杞憂だった。
エイトはすぐさま、元いた位置に再度登場した。奇妙な波動を『現実に出る』ことで交わしたのだ。多分発動事態がフェイントだったのだろう。波動が響いたころには、胸に深々と騎士剣が突き刺さっていた。
初めて上げる苦悶の声、僅かに滲んだ怒りと共に、魔物は触手の腕を伸ばしエイトを捕えようとした。エイトは再び消えた。剣を胸に突き刺したまま、完全に魔物の意表を突く。今度こそ背後に現れた彼は、その両腕で人間の頭部を捕える。逆手に握った小型のナイフでも、首を掻っ切れば致命傷だろう……!
「終わりだマーヴェル……もう、その醜い姿を晒すな」
その言葉には、少しだけ怒り以外の感情があった。憐れみから引導を渡してやるような。動作は容赦なく首を引き裂き、大量の鮮血がマーヴェルから失われていく。
大量の足がばたばたと地面を叩き、触手は矛先を見失って、自分自身さえ傷つける。
元々光のなかった顔面は血色を失い、最後はばたりと地面に倒れ、何度も痙攣を繰り返した。しかし何も反撃することもなく……徐々に静かに、完全に止まり絶命した。
……すげぇよエイトさん。俺なんかよりずっと強いじゃねぇか。チートがあっても、まるで勝てる気がしない。そもそも俺は部外者だ。このまま……このまま、カーネリアとアンタの二人で、どこにでも行けばいい。未だに何かを消耗し続ける俺は、そのまま消えてしまいたいと思った。現にカーネリアも、潤んだ瞳でエイト様を見つめている。
でも……騎士エイトは一度だけ、ちらりと彼女を見て頷くだけだった。




