ぶら下がる魔物
何かの気配を感じた俺たちは、完全に隠れて見せる。カーネリアは亜空間に、俺はテーブルの下に隠れ何かが近寄るのを待つ。外で会った多脚型の魔物の親玉みたいなやつは、カーネリアを亜空間から引きずり出しやがった。『検体』扱いにキレた俺は、その魔物と戦う。
その無数の足は何のためにあるのか、俺は一時間ほど問い詰めてやりたい。ぶらぶらと力の抜けた人の足の裏が、俺達にだらりと向けられていた。
手から生えた触手の何本かが、研究所の天井に絡みつく。色々なパイプの通った上部は、触手腕には絶好のアスレチックだ。
カーネリアはまだ呻いていて、俺はどうしても意識せざるを得ない。方法は知らないけど、カーネリアの魔法を無力化する方法があるようだ。どうせならその知恵を、もっと良い事に生かしてほしかったが……
「こんっの野郎が!!」
出来るだけ大声を上げて、適当な道具を魔物に投げつける。戦えないカーネリアを守るには、俺が敵を引きつけなければ。なんだか用途の分からない薬瓶を、アイテムボックスから取り出して投げる。テーブルの瓶とかも、適当にやけくそで投げつけた。
チートパワーは籠っているけど、直接斬ったり殴るのと比べれば威力は落ちる。それでも結構な攻撃力の弾丸だけど、喋る魔物は触手と足を蠢かせた。
「!?」
足に命中した奴は、確かに血を噴き出してダメージになっているけど……触手の方は当たった瓶が割れていない。器用な動きでうねうねと蠢いて、衝撃を上手い事殺している。僅かに出血する足さえも、徐々に傷が塞がっていく……
クソが。全くっていいほど効果がない。距離を詰めようとして地面から迫るが、その度に触手を動かして距離を取ってきやがる。さらに、俺が投げた物の一部を投げ返して、接近を拒んでいた。
悪い状況は続く。大量に胴体についた人間の頭、その口の部分から大量の黄緑色の液体を撒き散らしやがった。
うわ汚ねぇ!! つい反射で足を引っ込めたが、それは結果的に正解だった。液体が落ちた所から異臭が立ち上り、タイルがジュウジュウと溶けていく……魔物の木のガスと同じく、物を溶かすヤツだ。空気じゃないぶん避けやすいけど、その分濃い毒液に俺の五感が危険を訴る。チート防御越しでもあの液体はやべぇぞ!
「だったら……! こうしてやる!!」
上から永遠と溶解液を飛ばされるのはゴメンだ。俺は少し後ろに下がって、無事なテーブルの上に昇る。エイトさんの騎士剣を握った俺は、天上に張られたパイプに向けて一閃。
切断されたパイプが、蒸気を噴き出し悲鳴を上げる。支えの一部を失ったパイプが、魔物の重量に歪んて軋んだ。あれだけゴテゴテと身体の部位を増設してるんだ。そりゃあ体重は重いだろうよ!!
ドスリと重い音と裏腹に、魔物は着地に硬直しない。無数の足で分散したのか、そのままうぞうぞと足を動かして俺に突撃して来た。
チャンスだ。接近戦なら、俺が一撃を浴びせれば決着がつく。剣を握り狙い澄ます俺に、今度は無数の触手が、四方八方から襲い掛かった。
「無駄だおらぁ!!」
しなる鞭のような触手は、そんなに耐久力は無いらしい。俺の身体にふれた途端、逆に千切れ飛んで体液を撒き散らす。幸い返り血を浴びて身体が溶ける事もない。恐れず俺は一歩踏み出し、唯一普通についている頭を狙って剣を突き出した。
複数の触手で防御したが、剣は問題なく突き進む。程なく頭部を貫いた手ごたえが、俺の手に伝わった。
「やった……!」
そのまま全ての足を曲げ、だらりと触手と頭部をうな垂れる様は最後まで見なかった。それより俺はカーネリアが心配だった。戦いの最中で、少しずつ距離を取っていた彼女の下に、俺は急いで駆け寄った。
「カーネリア! 大丈夫か!?」
「なんとか……うぅ……頭が……」
「急に出て来たけど……いや、どっちかって言えば、無理やり引きずり出されたのか?」
彼女は苦し気に、一度だけ頷いた。まだ治り切っていない左手が痛々しい。ここに来てから、カーネリアの不幸が続いている気がする。
「足元が揺らいで、あの場所にいられなくなりました……あの魔物は一体……」
「それは多分……」
言いかけた俺は、カーネリアがぎょっと目を剝くのを見た。慌てて振り向いたところに、立ち上がった魔物の姿がある……!
馬鹿な。頭を貫いた手ごたえは確かだった。こっちに来てから、いやというほど魔物と戦ってきたのだから、間違えるはずがない。驚愕する俺に、無数の触手が束になって激突する。まるで丸太で殴られたような気分だ。高く遠く飛ばされ、その場に騎士剣を取り落とし壁へ激突した。
「クジョウさんっ!!」
馬鹿! 叫んでる場合かカーネリア! 早いとこ逃げろと言いたいが、胸と腹部を激しく打ったせいで言えなかった。目を取られるカーネリア。魔物を睨む俺。殺したはずのソイツの頭部は、全く傷が入っていなかった。
なんで……と言う疑問はすぐに消えた。胴体についてる頭の一つが千切れてやがる。触手にぶら下がった一つの頭部は、確かに頭を貫かれていた。
やられた……触手で頭を隠して、腹についてる頭を身代わりにしやがったんだ! そして死んだフリでやり過ごして……!
早く立たなければ。自動回復の遅さがもどかしい。迫る魔物から逃げようとしたカーネリアは、数歩歩いた所で足がもつれた。
「あ……れっ……?」
「な……!」
そのまままるで、陸に上がった魚のように、四肢をまごつかせる彼女。何か様子がおかしい。何とか気力を振り絞ろうとして……俺の身体も前のめりに倒れてしまう。何事かとパニックになる俺達に、魔物の頭が悠然と告げた。
「解説。研究者マーヴェルの血液は、揮発すると無味無臭の麻痺毒となります」
勝ち確定と言わんばかりに、素敵な解説をどうも! つまり傷つけると周辺の生き物を、麻痺させる毒を撒き散らすってわけかよ!? てかお前……お前が、マーヴェルだってのか!? 変わり果て過ぎだろ!!
なんて、口にする余裕もなければ、実際に体も全く動きやしない。このままじゃ……俺もカーネリアも『検体』にされちまう!
何か……何かないのか!? ぐっと眉へ力を込めるけど、その力さえ徐々に抜けていく。
こんなところで終われるか……! 胸の奥の熱に呼応するように、カーネリアの傍の騎士剣が、一度ぶるりと震えた。




