安全圏などなかった
気持ちの悪い魔物たちと戦う最中、俺は生えている木の枝を折って投げつけたりもした。そん時に気の方からエグい毒ガスが噴出し、敵の配置に人の悪意を感じずにはいられない。マーヴェルにクソ野郎と胸の内で罵倒を浴びせつつも、何とか魔物たちを撃退したんだが……出てきたカーネリアが、ふらりと倒れちまった。
今までの疲労が、その一瞬で吹っ飛んじまった。べたついた汗の上から冷や汗が流れ、考える前に体が動く。倒れそうになるカーネリアを支えた俺は、つい叫んでしまう。
「カーネリア!? どうした!? 大丈夫か!?」
「へ、平気です……心配しないで……」
「いや心配にもなる!」
額に汗をかいて、少し疲れている感じがする。でもそれ以上に俺を不安にさせたのは、彼女の表情が痛みを訴えている所だ。誰にやられた? 何にやられた? そもそも彼女の魔法は、完全に無敵になれる魔法じゃなかったのか……?
抱えた彼女の頬に触れ、カーネリアの無事を確かめる。脈とか全然わからないけど、ちゃんと体温が感じられる。顔に傷を負った様子はないけど、彼女の身体を見つめる内にぞっとした。
左手が……左手が火傷したような状態になっている。絶句して見つめる俺に、彼女が静かに頼み込んだ。
「私の箱を……出してもらえますか」
「あ、あぁ……」
アイテムボックスの事だろう。すぐさま俺は取り出して彼女に渡す。つらそうだけど彼女用のアイテムボックスは、カーネリアにしか開けれない。彼女が右手を動かす間、俺は彼女を木に寄りかからせつつ、自分のアイテムボックスから、清潔な白い布を取り出した。
巡った村々の中で、奇跡的に残っていた奴だ。これまた奇跡的に残っていたワインボトルを開けて、コルク栓を素手て引き抜く。軽く匂いを嗅いで、腐ってない事を確かめてから布に浸した。まだ何かを探すカーネリアに、一旦やめるように合図する。負傷した左手を、慎重にワイン色に染色された布の上に置いた。
「痛むぞ……いいか?」
「はい……っ」
「悪い。すぐ終わらせる」
応急処置の心得がないもんで、かなり不器用にカーネリアの左手を巻く。果実酒は余計な成分入っているから不安だけど、酒であればアルコールは含まれている。ひとまずの処置としてはこれでいいだろう。他に何かなければ、高い頻度で布を変えるしかない。クッソ雑なやり方だけど、生憎医学は専門外なんだ。回復魔法なんてのも覚えてないし……
歯噛みする俺の前で、カーネリアが青色のジェルの入った小瓶を取り出していた。海の色のソレは、今の俺には不吉に見えてならない。どうも濃い色の物に痛い目にあわされているからな……瓶に添えられた紙切れを、カーネリアは読んでいる。集中を切らさないように、しばらく俺は黙っていた。
「使い方が分かりました……あ、あの、申し訳ないのですけど……」
「なんだ?」
「ほどいて貰っていいですか……? 内側に染み込ませる必要があるみたいで……」
「分かった」
二度手間になってしまったけど、仕方ない。取り出したのは多分、高性能な傷薬なんだろう。古いワインの染みた布より効果が高いに違いない。流石『塔』の物品だぜ。
別の清潔な布を取り出し、小瓶に入った青いジェルを広げる。うお、なんだこれ? 絶妙にぷるっぷるしてやがる。触るとひんやり心地よいし、肌触りもとても良い。素敵な薬を薄く指で広げながら、俺はカーネリアに質問した。
「いつやられたんだ……? いやそもそも……」
なんで攻撃を受けたのか……俺は不思議でならなかった。今まで派手に暴れても、かすり傷一つ負わなかったカーネリアが、怪我をするなんて信じられない。迂闊にひょっこり出てくるなんて事も、彼女がするとは思えない。水色の髪を顔に張り付かせている彼女は、つらそうな声で、視線を俺から外して言った。
「木が発したガスです。あれに手が触れてしまって……」
「ガス? ガスって魔物の木の?」
コクリと頷く彼女。目線の先には、枝の折れた禍々しい木がある。今はガスの噴出が止まっているけど、傷付けた直後は物を枯らせたり、爛れさせる有毒ガスを発生させていた。
俺はジェルを塗った布を彼女の手に巻いていく。チートが無ければ、俺の全身はこうなっていたのかもしれない。彼女が傷ついたことと合わせて、俺の顔が青くなった。
自責と勘違いしたのだろう。灰色の瞳が、無理に笑みを作って告げた。
「クジョウさんのせいじゃないです。私が……安全だと思って油断していたんです」
「油断していたのは俺も同じだよ。なんで……」
「多分ですけど……隠れていても空気は同じなのかも。『旧境界線の町』で家を焼き討ちされた時、覚えていますか?」
「あったなそんな事。確かすぐにカーネリアは、幽霊になってみせたよな?」
「はい。その時私……『焦げ臭い』と思ったんです。黒い煙を吸った時、息苦しいとも。、すぐに壁をすり抜けて外に出ましたけど……」
「なんてこった……」
そう言えば彼女、隠れていても感覚は普通に使えるらしい。亜空間にも一時間以上潜れるとも言っていた。考えたことなかったけど……その間普通に彼女は呼吸をしている。どういう仕組みなのかは知らないけど、同じ空気を吸っているってのは考えられる話だ。
……彼女の魔法も、決して無敵なわけじゃないらしい。しっかり左手をグルグル巻きにして、互いに迂闊さを反省した。
「絶対に安全じゃないんだな……今度から俺も気を付けるよ」
「私も……油断しないようにしますね」
「うん」
傷の手当てを終えた俺達は、一層気を引き締めて足を運ぶことにする。
警備の魔物が消えた研究所に、罠が全くないとは言い切れないからな……




