悪意ある配置
ようやくたどり着いた瘴気研究所だけど、周りには奇妙な魔物たちがうろついていた。一応話しかけてみるが、通じるはずもなく……凶暴な連中と俺は戦う。
俺を取り囲む魔物どもの数は、減るどころか増えてさえいた。
最初に倒した首なし筋肉ダルマも、今は増援の五人でスクラム組んで、俺に猛然と迫っていている。もう十人で固まられたら危なかったけど……これならまだ力負けする心配はない。真正面から膝蹴りを食らわせ、ビリヤードの最初みたいにばらばらに散らした。
一息つく間もなく、腕の生えた犬っころが森を走り抜けてくる。背中の手で立体的に迫りながら、生えた爪や牙をむき出しにして、俺の身体に新しい傷を作った。
けど、俺も手の内は学習した。コイツらは陽動と、ヒット・アンド・アヴェイが軸だ。当たり所が悪ければ即死もある攻撃だけど、俺にその心配は低い。タイミングを合わせて手を伸ばし、カウンター気味に捕まえればこっちのモンだ。
「おらぁっ!!」
そのまま片手で、適当な魔物に投げつける。六本脚の胴体頭部人間を狙ったが、先頭にいた奴は身軽にステップ。色々と撒き散らしながら死んだ魔物犬が、ふわふわと浮いていたトンボの目玉と衝突事故を起こした。
バランスを崩し、目玉の中身の緑色の体液を撒き散らしながら、トンボの目玉は絶命。そのままさらなる事故へと繋がった。
緑色の液体を浴びた六本脚が悲鳴を上げる。ジュウジュウと焼けるような音で、肌が融解していった。嘘だろあの目玉野郎、体液がやべぇ酸で出来てるのか? ただの見張りかと思ってたが、コイツは近距離で倒すのを避けた方がいい。
幸い辺りには木の枝がいくらでもある。近くの枝をボキリと手折り、とりあえず視界にいる昆虫目玉向けて投げつける。力はあってもノーコンな俺の投擲術は、狙ったやつの二つ隣に直撃した。け、結果オーライ!
が、俺の行動は別の結果を作っていた。突然発生した刺激臭に、俺は激しくせき込み咽てしまう。しかも喉の方がガラガラしてクソ痛ぇ! 催涙ガス喰らったみたいに涙と鼻水も止まらない。何が起きたのか分からず、慌てて数十歩後ろに下がった。
「ゲホゲホっ! な、なんなんだ!?」
答えは枝をへし折った木が持っていた。折れた枝先から黄色のガスを噴出させ、周辺の雑草や枝葉を次々と枯らしていく。腐食性の有毒ガスだ! 突っ込んできていた魔物犬も、ガスに飛び込んだ途端指が腐り落ちて血を噴出。皮膚がドロドロに溶けて絶命した。
そうだった……植物も普通に魔物化するんだった。積極的に襲ってこないだけで、ここに生えてる樹木は、普通の植物じゃないらしい。どうやら傷つけた所から、有毒ガスを発生させる植物なのか? 俺が鼻水と思って拭ったのは赤黒い血液だった。ぞっとする。
しかも見た目は他の木と変わりやしない。禍々しく捩れたダークブラウンの樹木は、どうやらアタリの木があるようだ。SSRを引いたら蕩けて天国にご招待ってか! ふざけるんじゃねぇぞ馬鹿野郎。
「ったく……悪趣味なトラップだよ!」
口にしながら、俺はひやりとした。
アタリの木が混じってるなんて、ガスが出るまで気づいちゃいなかった。チートのおかげで助かったけど……俺じゃ無ければ即死もあり得る。はっきり言ってかなり悪辣な罠だ。
偶然その木だけ? んな馬鹿な。見た目が全く同じで、一つだけ性質が違うなんて偶然があり得てたまるか。魔物化した魔族にしたって、こんな手の込んだことするとは思えない。
となると、犯人は一人しかいない――
研究者マーヴェル。アンタがこの悪辣な罠を仕掛けたのか? 研究者な以上頭は回るだろうし、荒らす奴なら引っかかるだろう。
この気持ち悪い魔物警備兵共も、仲間割れをすることなく統率が取れてやがる。目玉野郎が偵察し、魔物犬が噛みついて強襲をかけ、多脚型と首なし筋肉で追い詰める。逃げた先で余裕をなくし、罠の木を傷つければお陀仏だ。
「ええい! マーヴェルのクソ野郎が!!」
この敵兵の配置に、悪辣な知性を感じずにはいられない。この気持ち悪い造形も計算の内なんじゃねぇのか? ほとんど勝手に、俺はこう断定した。
――実験に使った魔物の一部を手駒にして、自分の都合のよい様に改造、配置して研究所を守っている。そして使い捨てに出来る駒を使って、侵入者を嵌め殺してるんじゃないか?
悪意に塗れた醜悪な魔物から、意図的な変異と量産をしたのではないか……そんな想像をせずにいられない。今まで手にした情報の節々にある、マッドな気配も手伝ったのだろう。俺は完全に開き直って、魔物の群れに騎士剣を向けた。
もうマーヴェルが正気だろうが、死んでいようがどうでもいい。こんなエグい事を平気で出来る野郎に対し、まともな神経で会話する方が馬鹿げている。
最初こそ話し合いを想定していたけど、もう話す気さえ起きなくなっちまった。先に危害を加えられているし、正当防衛は成立するだろう。この状況で法もクソもないけどな。
「もう知らねぇぞ……全滅させてやる!」
何匹いようが、殺す気全開の組み合わせだろうが関係ねぇ。あの建物の中に入るには、ここにいる魔物どもを殲滅するしかない。
冒涜的造形の化け物どもを、チートパワーを使って倒し続ける。
質も量も、今までで一番キツかった。動きや性質は単純だけど、その後ろで配置を考えた奴のせいで、厄介さが何倍にも膨れ上がっている。自動回復と防御力のある身体でも、何度かヒヤリとさせられる場面があった。
「ぜぇ……ぜぇ……やっと打ち止め、か……」
それでも、何とか波状攻撃を凌いだ俺は、無数の屍が転がる研究所前の森で、ようやく一息つく。びっしょりと汗をかいた俺の前で……出現したカーネリアの足取りが、ぐらりとふらついた。




