これは誰の意思なのか
改めて、俺はこの世界を命かけて救うか? って行為に疑問を持つ。いやまぁ、そりゃ大変よろしいことだとは思いますよ? 思いますけど、俺はいきなり放り出されたようなモンでして、そして一番疑問なのはカーネリアの態度だ。俺と立ち位置近いはずなのに、妙にこの世界に執着がある。その奇妙さに、彼女は自身で疑問を持った。
生き物ってのは、いろんな生殖方法がある。人間みたいに、男と女でくっついて子供を作るのが比較的普通だ。ただ、中には変わった方法で子孫を残す生き物もいる。
周りのオスとメスの数によって、自前で性転換する生き物とか……そもそもオスとメスの区別がなくて、取りあえず二匹いれば繁殖出来る生き物もいる。昆虫の一部なんか、メスがメスをポコポコ生みまくって、爆発的に増えるのとかいるし。
なんで詳しいのかって? 物分かりの悪い俺だけど、点数に関係なさそうな雑学だと、楽しんで覚えられるんだよなぁ……お勉強って肩を張ると、何で物覚え悪くなるのかね?
ただ、どんな生き物にも言える事がある。必ず……大元となる「親」は、どんな形であれ存在している。クローンでさえ大元がいるから、親無しに生まれる生き物はいない。勿論それは、カーネリアだって例外じゃないはずだ。
その彼女は、酷く不安な様子で俺に尋ねる。
「私は……私に親って、いますよね?」
「わからないけど……普通は絶対にいる。いるはずだ」
「でも私は……普通じゃない」
その反論をされると、俺は非常に困る。
この世界が終わってから、異世界転生した俺だけど……確かにカーネリアの住んでいた『塔』は異常の塊だ。
侵入してないから断言は早いって? 人工アイテムボックスや、無限の光源やら結界装置やら、その他色々な旅を快適にする、超絶便利グッツを並べられちゃな……これを見た後だと、塔の文明レベルは『異常』と言わざるを得ない。
比較対象は想像するしかないけど……剣と魔法のファンタジー世界の名残から、銃器や機械工業は生まれてないと考えられる。強力な魔法があったのかもしれないけど、少なくても『塔』レベルには達していない。それどころか塔の中身は、地球の技師だって作れそうにない品物ばっかりだ。
あの塔の異常性と、カーネリア自身の違和感。それを繋げて考えて、彼女は怯えているようだった。
……マズイな。自分の現実が崩れちまう瞬間って、本当に頭真っ白になって、凄まじい恐怖と絶望が這いあがってくるんだよな。体験済みの俺は、何とか助け舟を出そうとする。
「親がいないってことは、ありえないと思うよ。どんな生き物だって大元はある。まぁ、仮に親が影も形もなくても、今ここにカーネリアがいる。俺にはそれで十分だから……」
「でも……でもなんで、私は一度も考えたことがなかったのでしょう? 外を出歩いた時も……親子の姿を見た事あったんですよ? なのになんで……」
そう言えば城下町で、雰囲気の良いパン屋が好きだと立ち寄ったな……彼女の証言通りなら、その店に子供を連れた母か父が、一緒に来店しても不思議はない。
そして彼女は気づきも良いし、頭も俺より良い。今まで集めた誰かの記録だって、彼女が分かりやすくかみ砕いた言葉を、俺は受け取っていたんだ。
だから――親子を眺めたのなら、絶対ふと疑問に思うはずなんだ。
『私の親は誰なんだろう』って。
そのぽっかり空いた、気づきもしなかった事に……いや、すぐに気が付かなければならない、見落とすはずのない見落としに、灰色の眼差しが震えていた。
「私は……私は、何なのでしょう? こんなことにも気が付ない。なのにこう……世界に生きていて申し訳ない、私は貢献しなきゃって感じるんです。その理由が……恐ろしく薄いのに。親や家族って……大切なものが、心からぽっかり抜けているのに」
「…………」
言われてみれば、そうだった。俺もちょっと違和感があると告げた事がある。
彼女は『塔』の中で暮らしている。外を眺めることは、幽霊になる魔法で出来るけど……関わる事は許されない。人付き合いは護塔の騎士に限られていたから、この世界が壊れる前を知っていても、知っているだけで関係性は薄いんだ。
ちょっと分かりにくいかな……現代風に例えるなら、俺の持った違和感はこんな感じさ。
『テレビやネットの向こうで、悲惨な光景が繰り広げられている。それを解決するために、自分の命を使おうとしている』
いや、もちろんその志は立派だと思いますよ? 口先だけの連中より、よっぽど筋も通ってる。でも現実として『そんな人間がいてたまるかよ』とも感じないか?
直接口を利いたわけじゃない、ただ見つめて眺めるだけの一方通行で……よっぽどの情熱がなければ、命までは賭けれない。普通の人間なら……命どころかリスクが生じた瞬間、サッと手を引く人間がほとんどじゃないか?
しかしカーネリアは……そこまでの情熱を持つ動機が無い。確かに申し訳なさや罪悪感はあるみたいだけど、彼女の選択肢としては……『塔の中で籠り続ける』ってのも有力な択だった筈だ。俺が入れなかった『塔』は、機能は生きていたみたいだし。
「これじゃあまるで……まるで誰かに、都合よく操られているような……」
「…………確かにちょっと、ちぐはぐ感があったけど……」
「もしかして塔は……私を操っているんじゃ……?」
「それは……」
ありえないと言いかけたところで、俺はゾッとした。彼女を操れる隙は、確かにある。
『五年間眠り、一年の目覚め』
それで時を渡る事は、とんでもない技術だけど……それだけの技術があれば、彼女が寝ている間に、頭の中を弄れてしまうのでは……?
俺は首を振った。あり得ることではあるけれど、でも俺は、カーネリア自身を知っている。何か黒い事情がありそうだけど、それでも、カーネリアはカーネリアだと、伝えなくちゃならない。
――これで借りを返したなんて、思えないけど。
「でもさ……全部が全部『塔』の意のままに操られてるってことは、ないんじゃないかな」
「そう……ですかね」
「……俺をあやしてくれり、捨てないでくれたのが『塔の命令だから』なんて言わないでくれ。あれは……あれは、君自身の言葉だろ? あれは君自身の行為だろ? 頼むから……自分が偽物なんて、思わないでくれよ。何か誘導があったのかもしれないけど、それでも……カーネリアはカーネリアだ。そうだろ?」
「………………」
良い事を言ったつもりなんだけど、完全にカーネリアがぽかんとしている。
……冷静に考え直すと、びっくりするぐらい情けない言い分だ。程なくして表情を崩し、彼女が肩を揺らし始める。でもどこか安堵していて……参ったな。笑われてるのに怒れない。
誤魔化すように、俺は勢いに任せて伝えた。
「と、ともかく……前も言ったけど、俺はカーネリアに犠牲になって欲しくないから。マーヴェルがクソ野郎だったらぶっ飛ばすから! オーケー?」
答えは直接言わなかったけど……彼女の笑みを見れば、それで十分だった。
瘴気研究所までもう少し。俺達の前に待つのは、果たして希望か絶望か――




