変化
旧境界線の町を出たのはいいけど、どうも魔物たちが手ごわくなっている。進む速度の遅さにじれったくなりながらも、もうすぐたどり着くであろう『瘴気研究所』について考える俺たち。色々想像を巡らせたが、研究者マーヴェルがマットなことは疑いようがない。どうすべきかを、もう一度俺ははっきりと主張する。
「俺は……もし俺を検体として使いたいとか研究者の人が抜かしたら、ふざけんな馬鹿野郎って断る気でいるよ」
「そうなんですか? 私は迷ってますけど……」
「なんでまた……ま、まぁいいや。とりあえず俺の考えを聞いて欲しい」
俺のクズムーブ見ても逃げなかったり、実験台になる事に迷ってるって……カーネリア人が良すぎだろ。あれか? 塔の中で暮らしてたから、世間知らずになっちまってるのか? 幽霊になる魔法で出回れたとはいえ、直接関われた訳じゃないもんな。ネットでの交流が、リアルで生かせないようなもんだろうか……脇道に逸れる前に、まずは自分の主張をしておこう。一呼吸を済ませた俺は、頭でまとめた考えを口に出す。
「まず俺は……悪いけどこの世界がどうだったかを知らない。この世界に来てから……つまり王国が瘴気に呑み込まれて、魔王も死んだ荒れた世界しか記憶にない。だから、なんて言えばいいのかな……元に戻った、復興した世界に、あまり憧れを感じないんだ。
そりゃこの世界で起こったことは、もちろん酷い話だ。可哀想だとも思うさ。けどなんて言えばいいのかな……自分の命を賭けてまで、犠牲にしてまで取り戻そうと思えない。愛着がないんだよ。俺にとって今の姿が――『この世界』だから……」
ここが俺と、カーネリアの一番の違いだと思う。
俺にとってこの世界は『壊れてしまった西洋風の異世界』でしかない。壊れる前を知らないからか、取り戻したい人も、生活もない。
出来る範囲でやれることはやるさ。持ってる力の範囲で、自分が死なない範囲で努力はしてもいい。けれど――自分の命を捧げられるかって詰め寄られたら、それは違う話だろう。全くクズらしい結論だと思うか? それは違うと俺は思うね。
人は簡単に死ぬことは出来ないんだよ。口にするほど、簡単には自分から死ねないモンなんだ。希望も意味もなく、閉じこもって恥をさらして、それでも自殺できなかった俺が言うんだから間違いない。死ぬことに意味があるとしても、果たして何人が納得して死に逝くことが出来るのか……
「それに……それに、世界のために死んでくれって話は、俺は納得できないんだよ。その言葉を吐く奴が、自分は全く命を賭けずに、安全な所からクソを垂れ流しているように思えてならない。俺も含めて世界だろ? あんたらは……犠牲にする誰かを、人間扱いしてるのかって……俺はそう思えちまう。人生に失敗した負け犬の遠吠えだけどな」
俺は人間が……弱い立場の人間に、死んで何も言えなくなったような人間に、どこまでも残酷になれることを知っている。犠牲となるその瞬間まで持ちあげておきながら、いざ飛び込んだ後は恩恵に対し感謝も見向きもしねぇ。それが……それが『普通の人間』だと言うことを、うんざりするほど味わった。
そんな人生送ってるからかな。普通を取り戻すことに、さして魅力を感じられない。
可哀想だからって、憐れだからといって……赤の他人が、そこまでして救う甲斐のある相手だとは、どうしても思えないんだ。
俺は救われなかったから、だから代わりに救ったらどうかだって?
ハッ。救ったところで感謝どころか、何とも思わない奴なんていくらでもいるよ。そんな綺麗事があるのなら、俺は救われてなきゃいけないだろうが。俺以外にも、救われてなきゃいけない、可哀想な奴なんていくらでもいるだろうが。例えばこの世界は何なんだよ? 俺の悲劇なんて、ここと比べたら語尾に(笑)がついちまうだろうが。
いないんだよ。綺麗な人も神様なんてのも。だったらまずは、自分の生き方を自分で決めなくちゃらない。俺はもう、誰かに命や人生を預けるのは御免だね。ま、今までカーネリアに判断丸投げして、エイトさんの意志を引き継ぐって言いつつ、思考停止してる阿呆の頭にゃブーメランが刺さってるけど……
それでも、まぁ、引き継ぐ事は不快じゃなかったから。
俺自身も納得できるというか……悪い事じゃないと思えたから。だからエイトさんの遺志を継いだし、カーネリアもかなり善良で良い女だし? 俺自身、こんな世界で一人でいるのが心細いってのもある。
「クジョウさんは……そうなのでしょうけど……いえ、私も近い感想になるはずなんですよね」
あれ? 『渓谷の砦』で話した時と反応が違うな。それでも私を……ってこの前は言ってたような……
俺の底辺の言葉で、心が動いたとは思えない。表情の変化に気が付いたのか、カーネリアはこう続けた。
「私は……私は、塔の中で過ごしていました。普通から切り離されて、閉じた世界に居ました。クジョウさん程じゃないですけど……外を羨ましく思ったり、嫉妬した事はあります。そう、やっとおかしいと思ったんです。私自身が」
「……何に?」
「クジョウさんは外を……当たり前に流れてる日常を、強く憎んでしまいましたけど……私の場合薄く感じるはずなんです。眺めているものでしかないから……なのになんで、こんなに必死になっているんだろうって。
だって私――親の顔が全く思い出せないんです。そして今まで一度も、疑問に思った事さえありませんでした」
「……え?」
五年に一度目を覚まし、一年間過ごしてまた眠っていれば、親よりずっと長生きするだろう。最初の話を聞いた時から、俺は彼女の親への話題は避けていた。自分に飛び火すると面倒なのと、聞くまでもなく死んでいると思い込んでいた。
でも実際は違うらしい。例外として生きてきた彼女は……何かに、何かに酷く怯えたような、気がついてはいけない禁忌に触れたような、血の気の引いた顔をしていた。




