なれの果ての人々
城を物色していた俺を、突然巨大な骨の手が掴みやがった。手にした力で拘束から抜け出したが……壊した腕は再生し、今まで戦ってきた奴とはサイズも格も違う化け物に心底ビビっちまう。俺はどうにか門から脱出したが……今度は城下町の化け物が俺を襲ってきた。
きっと上等な町だったんだろうな。ボロボロに朽ちた城下町に、汚れを追加した俺はそう思った。幸いな事に元王城からは、化け物兵士が飛び出る事は無かったが……町にはたくさん化け物が残ってやがる。多分まだまだ隠れていると思うが、途中から息を潜める感じに変わった。全く落ち着かないけど、少しだけ気は抜けそうだ。
返り血と臓物、老化と劣化で酷い事になってるが……完全に崩れ切ってない所見ると、骨組みはしっかり作られていたんだろうな。今じゃ化け物の巣になってるのが悲しい。
悲しみのあまり……俺はこんな事まで叫び始めた。
「誰か……誰かまともな奴は残ってないのか!? 誰か出てきてくれよ! なぁ!!」
無理に決まってるだろタコ。誰だってそう思う。俺だってそう思う。
こんな有様になったのは、絶対に何年もかかってる。化け物どもがウヨウヨいる中で、生きてる人間がいるわけがない。けれど何か希望を持ってないと、俺までおかしくなっちまいそうで……ともかく弱ってるんだよ。俺も。
きょろきょろと周辺を見渡すけど、マトモそうな奴はどこにも見えない。最初はそう思った。けど一人……違う奴がいたんだ。
背格好は普通の人型で、鎧も西洋の……騎士の鎧をちゃんと着込んでる。ただ、最初から全身骸骨で、肉という肉は全部削ぎ落ちていた。細く伸びた骨の指に、細めの騎士剣を両手で握ってる。
――さっきも城門前に鎧を着た奴がいたけどさ、あいつらとは違って、はっきりとこっちを見たんだ。目玉のない髑髏の眼窩で、はっきり俺と視線が合った。
人間って不思議なもんでさ、人と人とで目が合ったり、人の視線を感じたりできる。他の化け物とは違って、その髑髏騎士はギラギラした敵意を持っちゃいなかった。
コイツとは話ができる。カンでそう思った俺が声を掛けようとした瞬間――
骸骨騎士は、跡形もなく消えやがった。
本当に一瞬過ぎて、何にもわかんなかったけど……青白い仄かな光を発してから、丸々一人分消えたんだ。
俺は混乱した。もしかして頭がおかしくなったのかもしれない。あんまりにも人気が恋しすぎて、脳が幻を作り出したのか……? パニくってた俺だけど、そこに這いずる音が聞こえて正気に戻った。
――化け物がいた。ミミズ腫れに覆われた、さっきまで囲って来た連中と同じ奴らだ。違うのは両足が潰れていて、すっかり弱り切った所だろう。ゆっくり地を這って、俺の方に近寄って来る。
幸い遠隔で攻撃もされないし、その気になれば簡単に潰せる雑魚だ。いい機会だし観察すると、纏った襤褸布が服っぽい所とか、首に下げられたネックレスが目についた。
それで気がついちまった。いや本当は、途中から薄々思っていたさ。
倒した化け物の骨がまんま人骨だったり……元々人間の町だったっぽい雰囲気だったり、正直予測は出来たよ。
ここにいる化け物の群れは……多分、元は人間だったんだ。
原因は分からないけど、何かがあって……こんな化け物になっちまったんだ。
這いずってる奴は、感情とか意識とか残ってるのかな……ゆっくりこちらに寄ってきて、無防備に首を差し出してくる。
――あぁクソ、本当にくそったれだ。
やっとまともな奴に会えたのに、ちっとも嬉しくねぇ。
そりゃそうだよな。こんな地獄めいた所で、正気のまま生きてたくない。簡単に死ねない体なんだろう。だから……こいつは『俺に楽にしてくれ』って意図で……
「ちきしょう……ちきしょう!」
他に出来る事なんてない。回復魔法か何かあれば、助けられるのかもしれないけど……ここまで惨状が広がっていたら、下手に助ける方が地獄だ。
今まで自衛のため、相手は化け物だって言い聞かせてた俺は、死を望む化け物の首に手を伸ばした時、手が震えてやがる事に気が付いた。
……クソ。
今まで散々暴れてきて、何体も化け物どもを殺してきたのにさ……今更一人殺すことに、どうしようもなく怯えてるんだ。俺は。
「ごめん」
せめて苦しまないように、呼吸を整えて一息に首の骨を握りつぶす。
昔小さな子供の頃、道端の花を手で折った感触に似ていた。後味がまるで違うけど……本当に簡単な感じ。
胴と頭が生き別れになって、ミミズの這った顔が安らかな眠りにつく。
……今までと違って黒い靄はほとんど出なかったけど、だから何だって話だよ。残された俺には、何の救いもねぇ。
「くそ……本当に、どうすればいい……?」
俺ってこんな、昏い声出せたんだな。客観的な意見にびっくりした。胸の内がドス黒い悲しみに染まって、壊れる程叫びたい。
瞳から一筋、頬を伝う液体が流れる。馬鹿野郎この程度で泣くな。ここには俺より地獄を見てる奴がわんさかいるんだぞ……ぽっと出の来訪者が泣くんじゃない。
自分を叱っても、足に力が入りやしない。滲んだ視界に、綺麗な光が見える。
そうだ。確か城から飛び出す時に一瞬見えた、光の塔だ。
――この壊れた世界の中で、唯一まともな情景として残っている。
幸い遠目でも良く見える。心が疲れ果てた俺には……あの光の塔が唯一残った、希望の光みたいに見えたんだ。