九条の追憶
完全にヤケになった俺は、適当に暴れ散らかしていた。やがて目に入ったのは教会。完全に憎しみに飲まれている俺にとって、一回目の人生で救いがなかった俺にとっちゃ、完全に憎しみの矛先だ。イかれたテンションに任せて壊そうとするけど、カーネリアは粘り強く俺に聞いてくる。あんまりいい思い出じゃないんだがな……
俺の生まれた家庭も、生きてきた環境も、取り立てて特筆する所はなかっただろう。
まぁ他の家庭環境なんて詳しく見た事なんてないから、精確な所なんて誰もわからん。他人が入ると少なからずネコ被るもんだし、叩く時は叩く側の感情が反映されて誇張されっから、結局自分の知ってる家庭が基準になっちまう。
だからまぁ、俺は俺の普通を語る訳だけど……そうだな。一応父親はサラリーマンで、母親も週四のパート入れてたかな。酒とか、たばことか、ギャンブル癖も持ってないから、人によってはこれだけでも、十分恵まれてると思えるかもしれない。
ただ……それでも俺は家に対して、あまりいい思い出はないな。
週四で母親は帰ってもいない訳で、もぬけの殻の家にいる時間も少ない。ここは俺と両親の意志がかみ合ってた数少ないところだ。遊ぶ仲間もいない俺は塾通いしてた。
残念ながら、俺の地頭はそんなによろしくない。勉強さぼっている訳じゃないんだが、要領が悪いのか元がポンコツなのか、遊んでもないのにケツから数えた方が早い始末だ。当然見かねた両親は、学習塾やら何やらに俺を放り込む。ま、それでもそんなに賢くはなれなかったがね。やらないよりマシ程度だろう。
でも父親にしてみれば、全く納得できる事じゃなかったらしい。テストで酷い点数を取る度に「なんで出来なかったんだ!」と徹夜で怒鳴り散らされた。
そりゃそうだ。親にしてみれば学習塾なんてのは余計な出費だ。子供本人が賢くなりさえすれば、塾通いの頻度を減らして金を抑えることだってできる。なのに成果が出ないもんだから「気合が足りない」「今までと同じではだめだもっとやれ」「怠惰だ」ってな具合さね。
いやね? 怒られるの嫌だし、俺だって頑張ったんですよ必死に。その結果がコレなんですよ父上殿。俺だって酷い点数を取りたくてやったんじゃない。寝る時間は減るわ、胃の底がキリキリするわ、友達付き合いだって切り捨てて、自主勉もしてるんですよ? 誰が好き好んで失敗するってんですか。アンタが恐ろしくて仕方ないってのに。
こんな具合に言い返すと、今度は「俺だって怒りたかないが、結果が出てないんだからしょうがない」「本当に恐ろしくてしょうがないなら、必ず結果で返すハズだ」だそうです。中々神経質でございますね。
ただ……時世の事考えると、しょうがないのとも思える。
両親はバブルがはじけた後の日本で働いていた。明るく愉快な時代は終わり、先行きになんとなくだけど、暗雲が漂っているような時代に変わっていた。だから親としては子供の将来のために、未来のためにって必死な所は、馬鹿な俺でも伝わりはしますよ。
母親も父親の前では従順に頷いていたし、基本的な感情は同じなんだろうな。ただ、父親のいない前では、割かし俺に愚痴ると言うか、謝ってはいたけど。
「ごめんなさいね。でも私達、あなたのためを思ってやっている事だから」
「……しってる」
馬鹿だけど、それぐらいは分かる。子供心なりに、感情は読み取れるもんだ。まぁそれでも全然、成果をロクに出せないのだから、俺としても悔しかったりする。それでも何とか、ぼちぼちの高校、ぼちぼちの大学には入学出来たさ。
そこまではどうにかなった。いいや、どうにかなったってのは、本当はまずかった。
何せ俺は、最悪の積み重ねをしてきていた。そのことを思い知ったのは、いよいよ社会人になるって時、就職活動に差し掛かったその時だった。
俺には……何も目指す目標がない。そのことに気がついちまった。その引き金を引いたのは、どうにかここまで俺を育てて来た両親の、何気ない一言。
「お前のやりたいようにやればいいし、生きたいように生きればいい」
「? なにそれ?」
……それってなにさ? 俺にはさっぱり、何を言っているのか分からなかった。
信じられるか? 意味が分からなかったんだ。俺としては、宇宙人の言語で話しかけられたような、そんな摩訶不思議な気分だった。
俺にやりたいこと? 何だろうそれは? 俺は馬鹿だから、毎日きっちり勉強して追いついたさね。友達と遊ぶのも切り捨てて、何かやりたいことあっても、親に迷惑かけるだろうから、二人は俺のために必死だからって、何もかもぐっと堪えて抑えて、我慢して生きて来たさね。真面目に勉強して、耐えて生きていけば未来は大丈夫って信じて生きて来たよ? なのに――なんでそんな顔してるんだよ? お二方?
愕然とした表情で、母親が慎重に俺に尋ねた。
「何か夢とか、希望とか無いの?」
「あー特には。二人は何か、俺について欲しい仕事ってないの?」
「何を言っているんだお前は!」
何故か父親に切れられた。思いっきり頬をひっぱたかれる。今更気が付いたけど、父親はそれなりに前時代的な人間らしい。揺れる脳みそのまま、いつもの怒鳴り声を聞いた。
「お前の……お前の人生だろう! お前の将来だろう!? 自分の生き方や望みぐらい自分で決めろ! いつまでも親に甘えているんじゃない!!」
「…………は?」
その一言は――一度も反抗してこなかった俺にとっては、完全に意味不明で、理不尽で、そしてどうしようもない、俺の欠陥を、この家族全員で思い知る引き金になった。




