あふれ出す憎しみ
俺は過去に暮らしていた部屋にいた。詳しいことは割愛するけど、不健康なロクデナシと考えてくれれば間違いない。とっちらかった俺の部屋で、なぜかカーネリアや母親の像が出てくる。意味不明な状況とトラウマを刺激されたことで、俺は完全に怒り狂った。
「はははは……はははははっ! あーっはっはっはっ! ひゃははぁあああっ!!」
何事か叫びながら、チートパワーの籠った四肢を振りかざす。
口にする言葉に意味なんかねぇよ。これはただ感情を叫んでいるだけさ。アイドルにむける黄色い声援みたいなものだよ。泥とクソを喚き散らしてるだけ。
でもまるでスッキリしねぇ。吐いても吐いても胸の奥でつっかえるタールは、全く持って出ていきやしない。代わりに何すりゃ出ていくかって? んなモン決まってら。自分のクソを他人に押し付けて、塗りたぐってやる瞬間だよ。
幸い相手にゃ事欠かない。向こうから勝手に突っ込んでくるんだからな。醜悪な化け物に向かって、思いっきり恨みを込めた八つ当たりを食らわせる。
「ひゃっはぁああっ!!」
心臓を真っすぐブン殴ると、バキバキと肋骨と背骨が砕け散る感覚が、指先に染み込んでくる。命が崩壊していく感触に、俺は恍惚と吐息を漏らしていた。
俺は魔物の顔を見てたけど、魔物の事は見ちゃいない。
俺を苦しめた誰かを想像しながら、そいつの命が砕け散るような錯覚を勝手に作って、勝手に死んでいくソレに、少しだけ溜飲が下がった。
楽しい……楽しい……!
人が傷つくが愉しい。人が壊れるのが楽しい。人が醜く言い訳するのが楽しい。完膚なきまでに論破されて喚くのが楽しい。
お前らもみんな壊れちまえばいい。
公平平等は素晴らしいんだろ? だったら不幸な奴に合わせようぜ。みんな仲良く幸福になれないなら、みんなで仲良く絶望すればいいじゃないか。
だからー……俺を散々嬲ったあげく、無罪放免で幸せをSNSで垂れ流して。
堪えて耐えて、報われずに弱り切った奴の事を「自己責任」なんて括る野郎は、爆散して死ねばよい。
「お前も……お前も!」
俺の愉しみになって死ねっ! お前らが俺をそうしたように……今度はお前らを、黒い感情のゴミ箱にしてやるさ。おら爆ぜやがれ魔物ども! お前らも見えないところで、匿名のどこかで、誹謗中傷して愉しんでるんだろ? 綺麗な人間なんざいなかった。証拠がなくとも推定有罪で死ねっ!!
「ははっ! はははははっ!! ざっ……まぁーーーーっ見ろってんだ!!」
まるで子供だ。物を散らかして壊して、滅茶苦茶にガラクタ塗れにして満足する子供。違うのは高価なオモチャじゃなくて、元々命であったものな事くらいさ。
もう二度と、取り返しのつかないもの。
もう二度と、元には戻らないもの。
けど俺には、それをブチ壊す権利があるはずだ。
だって俺は――
「クジョウさん!?」
……ったく、何だようるせーな。せっかく余韻に浸ってた所なのに。
まぁ本音を言うと、今も満足してなかったんだけどな。こんなんじゃ足りるわけがない。今まで一度もぶちまけた事がなかったし、良くない事だって抑えていたのが馬鹿らしくなる。こんな……こんな楽しい事を一度も、前の世界でやらなかったなんて、本当に馬鹿みたいだ。
俺は素行の悪い目で、ぎょろりと新しい奴を見た。水色の髪に、紫色の手術着っぽい奴、灰色の瞳とかなり珍しい見た目だ。
さぁて、どんな風に壊そうかな。
声も綺麗だし、適当にやるのはつまらない。ちょっと凝った風なやり方が楽しそうさね。ピクリと怯えて足を引っ込めた。あぁ、なるほど。可愛らしい。
「まだ……まだ変な物が見えているんですか!? 私の声聞こえてますか!?」
「聞こえてるよ。潰すにゃ惜しい、いい声だ」
「……!? あなた……クジョウさん……ですよね?」
他に俺が誰だってんだよ? この絶望と憎しみは、間違いなく俺一人の物に決まってる。頼まれたって分けちゃやらないね。でもまぁ……そういう方面でからかってみるか? 彼女が……どんな顔で歪むのかも見てみたい。
「俺が誰に見える? 誰だって構わんだろ? きっと君だって、ここにいるのが俺みたいなヘタレクズじゃなくたって……多分きっと困らなかったさ。俺なんてのはいくらでも変わりの利く凡人ですし? だったら一個ぐらいブッ壊したって、なんてことないんだろうさ。まぁ、だから……立場が変わったら、気持ちよく壊されてくれや」
「何……? 何を言って……クジョウさん……あなた……」
スピードはあんまり出せない。チートスキルも考え物さ。一瞬で終わっちまったら、嬲る楽しみが消えちまう。胸から溢れる感情を――彼女の言葉が、射止めた。
「あなた……何をそんなに、怨んでいるのですか……?」
はは
ははははは
ははははははははははっ!
そんなの……! そんなのは……!!
一番俺が、聞きたいよ!!
「わかんないよ。それは。もうとっくの昔にわかんない。けど憎んだ事だけ覚えてる。何かどうとか、全然こんがらがってわかんない。はっきりしてるのは……全部が憎い。それだけ」
「………………っ」
「なぁ、いいだろ? 今までずっと、耐えて耐えて耐えて耐えて、こらえて抑えて我慢して抑圧してたんだ。みんなのために頑張ったんだ。だけどみんなの中に俺はいなかったんだとさ。
だからみんなを、殺してやる。それだけ」
あぁ。全く最低なセリフだ。
なのに酷く胸がすく。
倫理も哲学も道徳も、俺を救ってくれないのなら。
俺の中に巣食うのは憎しみだけだろう。乾いた声で嗤い出す俺。なんでかは分からない。
黒い言葉を吐き出して、壊れたように嗤い続ける。
やがてじっと俺を見つめる視線が、静かに虚空へと消えていった。




