踏み抜かれた地雷
俺たちがいた家が襲撃された。研究資料にもあったけど、元魔族から魔物化した奴らは、多少知性を残しているらしい。包囲と火矢を撃ち込まれた俺は、何とか燃え盛る家から脱出。魔物の群れと戦うけど、一人妙な女魔族がいた。
修道女の衣服を着た、銀色のメダルを下げた奇妙な魔族。その瞳を見た瞬間……
ありのまま今起こったことを話すと、意味不明の一言に尽きる。
一体全体どうなっているのやら。薄暗くて、ゴミやら本やらでとっ散らかって、狭苦しくて息苦しい。大きめのモニターのパソコンが光を溢れさせて主張し、くしゃくしゃのベットは微かにかび臭かった。
間違いない。死ぬ直前まで暮らしてた俺の部屋だ。今まで壊れた異世界に居たはずなのにどうして?
い、いや、それとも今までのが全部夢だったのか? 現実……! これが現実っ……!
流石にそりゃひでぇよ。それにしたって半端じゃねぇか? 望み通りの夢見たいなら、壊れた中世なんかわざわざ思い浮かべなくたって……あれか? 寝る前に某鬼畜ゲーの動画見たからか? 確かに敵は色々と捧げてそうだったけどさぁ……
現実と幻想のハザマでぐちゃぐちゃになる俺。そんな俺の前に、さらなる現象が襲い掛かった。
「クジョウさん」
「は?」
な、何でいるんですかカーネリアさん!? こんなとっ散らかった部屋にいるんじゃないよ! てか女の人に見せられない物も、そこそこ転がっているんですか!? しかもなんで気にしてない訳!?
「クジョウさん……」
なんでそんな色っぽい顔してるんですか!? こんなロマンも欠片もない場所で! しかも俺とカーネリアって、そういう関係じゃないんですけど!? エイトさんに取っておけよ! 俺なんかじゃなくて!!
あ、あれ? そもそも異世界に行ったのは夢で……ならカーネリアここにいるのおかしくない? 突拍子もなさすぎるこの状況は、整合性がまるで取れちゃいない。
ズキリと痛くなる頭。もう一度目を閉じて首を振ると、跡形もなくカーネリアの姿が消える。それどころか俺は部屋から飛び出して、近くのコンビニエンス・ストアに買い出しに出ていた。訳が分からないよ。
(何か……何かがおかしい!)
肝心の何かが出てこない。まるで夢の中に無理やり投げ込まれたような気分だ。さっきのカーネリアに対する感情だって、なんか妙に荒ぶった感じがあったし……
とりあえず適当に何かを振ってみる。何か? 何も持ってないはず。何を握っていたんだ俺は? そうだ何かを持っていたはず……チキショウこれもダメか!? 焦って当たりを見渡した時、聞こえてくる懐かしい声があった。
「縁……帰ってきなさい」
下の名前で呼ばれた俺は、凍りついた。
完全に固まっちまった。
……あり得ねぇ。絶対にあるはずのない光景に、何も言葉が出てこない。
穏やかな顔で両手を広げ、俺を迎えようとする、血の繋がった母親の姿があった。
……ハハ。なるほどね。完全に理解したわ。
ぐっと拳を握りしめ、瞳から感情が溢れてつり上がる。
きっと恐ろしい形相だったのだろう。慌てるように、怯えるように、母親は言う。
「どうしたのよ、縁。そんな怖い顔しないで? あなたは昔から、とても優しい子でしょう?」
――普通の人間、普通の暮らししていたのなら、きっとこの言葉に心が揺さぶられるのだろうなぁ……まぁ今の俺も、激しい衝動に襲われているんですけどね。
ぐっと腰を低く屈めて、荒ぶる呼吸を鎮めようとしたけど、むしろどんどん鼓動が激しさを増していく。
とめどない――とめどない憎しみと殺意が、俺の内側を急激に染めていく。
そう――この光景は絶対にありえないのさ。おまけに俺のトラウマに直結してやがる。よりにもよって――これを仕込んだ奴は、俺の中に深く埋まってた地雷を、丹念に掘り起こして踏み抜きやがった。
そいつを説明するのは実に簡単さ。俺が異世界転生するきっかけでもあるし。
九条 縁 享年二十五歳。
その死因は――母親による絞殺なんだよなぁ!!
「ふざけんなよ……こんっの野郎!!」
固いはずのコンクリートをあっさり抉って、俺は実の母の像を全力でブン殴った。
それが引き金となったのか、俺を覆っていた世界が砕け散る。コンビニやら俺の部屋を映すことなく、燃え盛り煤けた家を背に、魔物どもに囲まれている現実へ帰って来た。
ブン殴られたのは女魔族。よほど過剰に力が入っていたのか、頭がスイカみたいに爆ぜて飛んだ。余波を受けた身体も近くの木に打ち付けられて、無残な死体に仲間入りする。
多分、幻覚を見せる技か何か喰らったんだな……と後からなら考えられるけど、今の俺は完全にブチ切れていた。
それがどういう理由かまでは、俺自身にもわからない。
偽物の母親にキレたのか、そんなのもを見せた女魔族にキレたのか、それとも……置いていった見たくもない、思い出したくもない過去を見たせいかもしれない。無意識に溜めていた、どろりとした俺の悪感情が止まらない。
――感情ってのは、心の中に抑えていると、ダムみたいに溜まっていく。
それが一度堰を切って決壊しちまうと……中身の大半を吐き出すまでは止まれない。
「クソが……クソったれがぁあっ!!」
それは気持ちの良い異世界転生が出来なかったからか、それとももっと昔から続き、溜め込み続けた俺の怒りと絶望が、胸の中で腐ってドロドロに溢れ出した叫びか。
ともかく何でもいい。
気に入らないものに噛みついて、グチャグチャに壊してやらないと気が済まない。
完全にキレちまった俺へ――魔物たちが次々と飛びかかった。




