急襲
隠し扉の先にあったのは、研究者マーヴェルの研究所だった。冒涜的な内容にげんなりしつつも、確実に真実に迫っている事は想像がつく。素直にそれを肯定できないのは、やってる事が倫理観をブン投げているからだろう。特にカーネリアの怒りはすさまじく、俺はちょっと席を外そうかとも思ったんだけど……
突然の出来事に、俺達はぎょっとした。
一体全体何があったのやら。敵は当然魔物だけれど……あらかた制圧してしまえば、あとはこそこそと隠れて避けるか、さっさと距離を問って逃げ出すか。たまに曲がり角から奇襲してくる程度の動きしか、奴らはしてこなかったのに!
「隠れて! 物は適当に俺が!」
「は、はい!」
灰色の瞳を不安に揺らしつつも、青白い光を発して彼女は消える。俺はテーブルに手を伸ばし、触れた物品を片っ端からアイテムボックスの中へ突っ込んだ。クソが、二度と入れたくないって思った矢先なのに!
攻撃はかなり激しく飛んできている。一体の魔物が攻めてきた感じじゃない、今いる小屋を取り囲んで、数の暴力で潰しに来ている……!
しまい込んだ情報と、俺達の感覚が重なった。こいつらは魔物に違いないけど、ちゃんと群れて襲い掛かる知能が残ってやがるんだ。俺達がこの家に入ったところで仲間を集めて、じっくりと包囲を固めてたんだ! その証拠に……先端に炎が灯った矢が窓から次々と撃ち込まれていく。最初の襲撃で投げ込まれていた、油の瓶に瞬く間に広がり――燃え広がった。
「やっば……!」
古ぼけたカーテンや木の家具に燃え移り、まっ黒な煙がもうもうと上がる。軽く吸い込んでせき込んだ俺は、この期に及んで本当に命の危険を感じていた。
俺の貰ったチートは、物理防御と傷の自動回復だ。窒息死や煙を吸い込んだ中毒は、対象外かもしれない。大炎上の後に死ぬなんて、異世界なのに現代的だな! って、やかましいわ!
特に家に思い入れもない。ヘタレな俺だけど、何を優先すべきは分かっている! 俺は燃え盛る炎に包まれた、家の扉に向かって真っすぐ突っ走った。
「アチチチチチチッ!」
いやマジで熱い! 四十度後半のお湯でも人間にゃ熱湯なのに、炎って何百度もあるからな。そん中に突っ込めば普通はヤベェ。実際熱い通り越して、ひりひりと炙られた皮膚が痛みやがる。
でも火傷ダメージはチートの適応範囲内らしい。十秒以上火に当たったが、何とかその程度の痛みで済んだ。軽く指先が爛れたけど、その傷も自動回復のおかげで心配なし! 問題は身に着けた服の方で、俺は慌てて地面に転がって消そうとする。
ゴロンと転がった瞬間、俺の頭上を矢が掠めた。火消しを進めつつ周りを見ると、家を包囲していた魔物たちが、今度は俺の方を照準してやがる。複数の矢が殺到し、俺の身体に何本も当たった。
しかしソッチは効かないんだよねぇ! ちょっと刺さったりもしたけれど、俺の命を奪うには全然足りない。地面に転がった矢を適当にまとめて、いい具合に広がった魔物の群れに投げ返してやった。
倍返しどころではない暴威が、魔物の群れを次々と貫いていく。中にはカンがいいのか、当たる前によけやがった奴もいて……どっちにしろ一撃で倒せる相手だけど、やっぱり『違う』とここでも意識させられた。
「わりぃけど……それでも加減はしないぞ!」
エイトさんの騎士剣を取り出し、手ごわい魔物の群れに切りかかる俺。別に魔族だどうだとか考えはしないけど、魔物になって襲ってくるなら、誰であろうと倒すしかない。化け物の群れを一つ一つ潰していく最中、群れの奥の方に、変異の少ない女の姿が見えた。
――奇妙な恰好だった。あからさまに浮いている見た目をしていた。頭に捩れた角が両方生えているし、蝙蝠めいた羽が背中から生えている。ここまでは完全に魔物なんだが、顔色と着衣があまりに普通だった。
肌色はカーネリアほどじゃないが白くて、纏っているのはロープ? いや修道着だろうか? 胸に銀色の鎖とメダルを下げ、汚れも多少気にしている素振りがある。
が、その瞳は白目の所は黒く濁り、赤く血走った眼球が敵意を宿して見つめている。その瞳の奥に悲哀を宿しているような眼光が、俺の動きを鈍らせた。
「まさか……」
見つけた資料にあった、女魔族ってコイツの事だろうか? 今は完全に魔物化してしまっているけど、放っているのは魔物特有の殺意だけじゃない。
哀愁。子供を亡くした母親の。あるいは夫もなくしてしまったのだろうか? 他の魔物と戦っているけど、明らかに俺の動きは鈍くなっていた。
……チキショウ。こんな安っぽい同情をしたところで、何も救われる物なんてない。それを言い出したら今まで倒してきた魔物だって、それぞれ過去や背景があったかもしれないのに……今更何を躊躇っているんだよ、俺は。
歯を食いしばって、剣を握る指先に力を込め直す。そうだ。俺はエイトさんに託されたんだ。ここで逃げてどうするってんだ。今更逃げ道なんてないだろうに……!
「うおあああああぁぁあっ!」
俺は叫んだ。叫びながら魔物を切って捨てた。やりきれない思いはいくらでもある。そこから目を背けるように敵を倒していく。いっそ向こうから逃げ出してくれれば楽だけど、ちっとも戦いをやめる気配がない。憂鬱な気分で返り血を浴びる俺に、修道着の女魔族と視線が合う。
赤い眼光が怪しく輝くと、強烈な目眩と頭痛が俺を襲った。
咄嗟に目を閉じて、頭を二回振る俺。
もう一度目を開いた時には――『旧境界線の町』の光景が消えていた。代わりに視界に入って来たのは――
「俺の……部屋……?」




