移転
カーネリアの心象は……普通に流れている世界への、申し訳なさが滲んでいていた。彼女は塔の中で養われているだけで、何にも干渉できない自分に対し、価値が低いと罪悪感を抱いていたらしい。そんな自分が役に立つのなら使ってほしい……彼女が自分の生命に、あまり執着が薄いのはそういう心理だそうだ。
他にも、頭に生えた角を気にして、自分は化け物かもしれないと迷うカーネリア。俺は……自分の望みは自分で掘り起こさないとと伝えて、君が誰であろうと守ると伝える。すぐに考えを変えてはくれなかったけど、意味はあったと信じたい。
翌日――広い砦を使わせてもらった俺たちは、次の目標地点を考えていた。
というのも、王城の地図と砦の地図を比べると、いくつか違いがある事をカーネリアが見つけたんだ。
「砦に残された地図の方が、新しい地図だと思います」
「そう……なのか?」
「王城は早い段階で、王様が魔物になってしまったとありますし……並べますから、比べてみてください」
床に広げた地図は、縮尺が同じ地図だった。色使いも似ているし、書いた人が同じなのかもしれない。左右に並べて比べてみると、砦の方で見つかった地図には、色々と書き込まれているし、それに――
「魔族の領域が、ごっそり削れてる」
「魔王を倒したから……でしょうね。宣伝のために、こういう地図を作ったのかも」
なるほど、古い地図には禍々しい城やら、黒くねじ曲がった塔が描かれている。いかにも悪者の住むお城って感じだけど……新しい地図は綺麗に光が差している。魔王は死んだ! もういない! と民衆に示すために、新しく作り直したのか。
だがその新しい地図には、所々汚れや書き込まれた跡がある。集落に書かれたバツ印が、騎士団たちの努力と哀愁を滲ませていた。情報の散らばる地図の中から、カーネリアが一か所を指し示す。研究所と書かれた一点は、古い地図と場所が変わっていた。
「研究所の場所は……奥の方に移っている?」
魔族の領域と王国の領域、その境界線にある事は同じだけど……魔王討伐前と後では、魔族領域側にラインが押し込まれている。敗戦の後で領土をゴッソリ持って行ったっぽいな。瘴気研究所も奥に引っ越してるじゃないか……
「危なかった。古い地図のまま進んでいたら、昔の研究所に行くところだったな……」
「残された物もありそうですが……研究者のマーヴェルさんは、いないでしょうね」
「しっかしどうして……」
「魔族の領域に調べたい物があったとか……ですかね?」
黒い気配はあるけれど、真剣な研究者ではあるんだろうな……わざわざ研究所移すなんて、真面目じゃなきゃ絶対にやらない。
……参ったな。これで嫌な予感が無ければ、俺も気兼ねなく目指せるのに。
けれどカーネリアが気持ちを変えていない以上、俺は彼女を守る責務がある。俺自身が孤独になりたくないし、エイトさんから託されたからな……
しかし参った。俺たちは地図の前で唸る。
「昔の研究所の場所ならともかく、今の研究所の場所は……ちょっと直接行ける距離じゃないな」
「無理すれば行けるでしょうけど……うーん……」
そう。俺たちの能力なら、行けない事もない。カーネリアは隠れられるし、俺は無敵のチート転生者だ。地形は無視できないけど、野を超え山を越えて、直進距離で進むことも……塔に残された便利アイテムのお蔭で、やろうと思えばできる。
ただ、間違いなく長旅になるんだよなぁ……魔物が次々襲ってくるだろうし、腰を据えて休めるのは研究所に着いてからになる。カーネリアも嫌がっているし、ここは一回中継点を探す方がいい。
となると、次の目的地は変わらない……のか。
「これ、研究所があった『旧境界線の町』に向かうのが良さそうか?」
「私もそう思います。道中の村も回れますけど……」
「バッテンが付いてる所も多い。期待はしない方がいいだろうな」
俺たちが来る前に、騎士団の面々が巡ったのだろう。その時に生存者を拾ったのか、見つけられなかったのかは知らないけど……今から向かっても、生き残りの期待は薄いだろう。けれど、カーネリアの顔色は少し明るかった。
「でも騎士団の皆さんが、一度足を運んだのでしたら……多分魔物の数は少ないと思います。間違いなく戦いになって、魔物を討伐したでしょうから」
「それは……そうかも」
期間がどれぐらい空いているかは、分からないけれど……全く手つかずの領域よりはマシそうだ。よりにもよって『旧境界線の町』は、何の印もない事が不気味だけど……彼女が示したルートが、一番楽に進めそうだ。
「よし……じゃあその道順で進もうか。場合によっては、研究所跡を探してもいいかもしれない」
「そうですね。町の荒れ方を見て決めましょう」
あまりにも荒れているようなら、そんなに長く居座らずに進めばいい。最終目標が奥にずれただけだ。俺たちが旅を続ける理由は変わらない。
でも最後……俺は、一つ胸に引っかかった事を、やり残したことを終わらせておこうと思った。
「出る前に、ちょっといいか?」
「?」
カーネリアに断りを入れてから、俺は砦の中……散らかっちまった廊下の中で、騎士団長さんの鎧に歩み寄る。胸部を粉々に砕かれた残骸から、俺は騎士団長さんのマントを手に取った。
「偽善だってわかってるけど……やっぱりこのまま置いていくのは、やるせないよな」
羨ましい。もっと言うなら妬ましい思いでこの鎧を砕いたけど……後から騎士団長さんの行動を見つめると、俺はより感情が揺らいだ。今もこのマントを破り捨ててやりたい自分がいるけど……でも、一つ言える。
騎士団長リオネッタ……彼も彼なりに悩んで、この世界で生きていこうとした。結果は空っぽの鎧になって、機械みたいになったけど……正直言うと今も少し、羨ましく感じるけれど……でもやっぱりこれ以上は、彼を貶める気にはなれない。
彼も必死だったんだ。エイトさんともすれ違ってしまったけど……彼も彼で必死だったんだ。
生きてその名残を見つけた俺は、彼の思いを持って行きたい。風化して無価値に薄れていって、誰にも見つけられないまま朽ちてしまうのは、あまりに悲しい。
現実を変えられなかったのだから、確かに無価値なのかもしれないけど……俺は必死に生きた人の思いを、軽んじたくないんだ。
幸い、無限の収納もあるのだから、連れて行く事も難しくない。
俺は騎士団長さんのマントをしまってから、カーネリアと共に渓谷の砦を後にした。




