カーネリアの身の上
もし、マーヴェルの研究所到着したとして、そして研究者が無事だったとして……カーネリアを実験体に使いたいと言い出したら、どうすべきかを話し合う。消極的だけど、肯定するカーネリアに、俺は嫌だと伝えた。互いにあった認識の溝も埋めつつ、カーネリアの心象を聞いていく。
砦に残された飲料水を一杯飲み欲し、カーネリアは一息つく。
話が長くなると、どうしても飲み物は欲しくなる。俺も左手側にコップを置いて、適当に水を注ぐ。彼女の分も注いだ所で、水色の髪の彼女は内面を語り始めた。
「私のサイクルは……知っていましたっけ?」
「エイトさんの手帳で一応は。確か五年間の眠りについて、一年だけ目を覚ます事……だよね」
「はい」
そういう話らしいけど、上辺だけしか俺は知らない。確かめようのない事柄だけど、彼女が混乱する様子から、多分真実なのだろうなと感じていただけだ。
だからこの後の話が、全部彼女の嘘だとしてもわからない。それでもひとまずは信じる心持ちで、カーネリアが心象を吐き出すのを待った。
「私は……塔の中で生きてきました。五年間の眠りと、一年の目覚めを繰り返しながら。でも……起きている一年も、ちょっと憂鬱に感じる事も多くて」
「……外と関われないから?」
「自分の生きている意味が、分からないからです」
突然の深い言葉を受け、俺は息を呑んだ。
生きている意味が分からない……言葉を聞いた後なら、なんとなく想像がついた。
「護塔の騎士の人たちも、世界の感触を教えてくれました。でも……私は守られるだけで、何も世界に影響は与えられない。私が生きていても死んでいても……きっと世界は困らなかった」
「……今は違うだろ?」
「はい。きっと私の意味は、このためにあったのだと思えます。思えますけど……私が目覚める前の生活は、世界が滅びてしまう前の生活は……あまり楽しくなかった。必死に生きていく人を尻目に、私は塔に籠っていることしか出来なかった」
あの謎の塔はカーネリアを守護し、生命を維持していたのだろう。瘴気による問題が起こるその日まで。
けれど……その時が来るまでは、カーネリアの心に積もっていく物があった。五年に一度の目覚めの中で、ただ養われているだけの自分に嫌気が差していた。
……わかるよ。その気持ち。
「時代が変わっていく中で、私だけが取り残されて……何もせず生かされるだけが嫌だった。そこまでして生き長らえる意味が分かりませんでした。そんな私に価値があるなら……使って欲しい、という気持ちはあります」
役に立たなかった自分が、初めて意味を見出せた。価値を見出されたのなら使って欲しい。それは多分、今まで何もせずに……ただ生かされていた事に対する、罪悪感がもたらした物に思えてならない。俺との微妙なすれ違いを悲しく思いつつも、俺はカーネリアに強めに言う。
「俺はさ。君に会えて嬉しかったよ。こんなクソッタレな世界で、正気の人が残っていて……それが君でなくても、良かったのかもしれないけど。でもそれでも……ここにいてくれて良かったと思える。こんな世界で一人で生きていたら、俺は生きて行けたかどうか」
「クジョウさんは無敵じゃないですか」
「体が無事でも、心がおかしくなるよ」
傷つかない体。一撃必殺の全身。実感は無くても、瘴気にだって俺の体は侵されない。俺が言うと嫌味になるけど、この世界で生きてきた人と比べれば、圧倒的に恵まれた立ち位置にいる。
でもさ……そんなものがあっても誰とも交流も出来ず、どこかを歩けばイかれた魔物に命を狙われ、町を歩けど廃墟ばかり。目的も方針もなく、終わっちまった世界を一人で歩いたら……多分、今頃自分の首を絞めていたんじゃないかな。俺は。
その理由は、彼女と俺の間でそう変わらない。
「何をすればいいのか分からない。何を目的とすればいいか分からない。自分が生きている意味とか価値とか……それを見失っちまう時は誰だってある。そしていつの間にか……自分自身を暗闇に埋めて、生きる意味を見失って彷徨う事だって……
君は……そこまでは思い詰めていないと思うよ。外に対して申し訳ない、何かをしたい、外と関わりたいって気持ちが残っているから……
でもその気持ちを利用して……付け込もうとする言葉に騙されちゃダメだ。自分が本当に何をしたいのか、見つからないのは不安だと思うけど……自分の本当の望みは、ちゃんと自分で掘り起こさないとダメなんだ」
「……」
「キツい言い方になるけど……俺は君が自己犠牲を選んで、逃げようとしているようにも見える。だって君は幽霊だったんだろ? それなら、世界と深く関わっていた訳じゃない。傍観者なのに自分の命まで使えるって、ちょっと俺は納得できないんだよ。エイトさんや護塔の騎士サンたちになら、情があるのかもしれないけどさ……」
一息に言葉をまくしたてた俺は、言い切ってから恥ずかしくなった。
勢いと感情に任せていったけど、本音は一人になりたくないだけ……かもしれない。少なくても俺はカーネリアを失いたくない。俺にとっては彼女だけが、この世界で唯一のまともな人なのだから。
口元が嫌な感じにねばついたので、コップに口をつける。一呼吸置いた所で、彼女は不安に揺れた眼差しで見つめてきた。
「私は……生きていていいのでしょうか? 私自身、私が何なのか分からないのに。もしかしたら私、魔族かもしれませんよ?」
「そりゃどういう……」
「騎士団長さんが言っていました。私を見つけて探す時『魔族が出た』って……エイト様や護塔の騎士様たちは気にしませんけど、この角は普通、人に生えていない事は知っています。私の正体が……化け物だったら、どうします?」
彼女が頭に生えた片角に触る。赤黒い角は、確かに人には存在しない部位だろう。
――今更、そんなことが何だってんだ。
「角が生えているだけだよ。こうして言葉だって交わせる。本当に人間じゃなくても……
カーネリアらしく生きているなら、俺は君を守るよ。それじゃダメか?」
「……やっぱり、クジョウさんって優しいですよね?」
「…………そうかもな」
俺は……一瞬顔が歪んだけど、何とも言えない笑みで笑った。
素直に笑えばいいのにって思うだろ?
俺さ……他人に優しいって言われるの、嫌で嫌でしょうがないんだ。
相手に悪意がないのが、分かっちゃいるけどさ。
ここで突っかからなかっただけ、褒めて欲しいと思うけど――
微妙な感触が伝わってしまったのか、カーネリアは首を傾げている。
ともかく、と強引に俺はまとめた。
「あんまり自分を低く見ないで欲しいんだ。そりゃ特殊な環境があったと思うけど……そういう事じゃなくて、俺は君に生きていて欲しい。簡単に命を使わないでくれ」
「そうですね……もう一度、考えてみます」
話に結論は出なかったけど、変にこじれなかっただけ良しとしよう。
この後俺たちは色々と――主にカーネリアが話題を出していたけど――この世界にあったとりとめもない事を、眠くなるまで話していた。
ただの雑談だけれども……意味はあったと信じたい。




