命の使い方
騎士団長さんは一度、カーネリアの住む塔にやってきていた……エイトさんの方にも残っていたけど、彼らは彼女をめぐって戦ったらしい。この砦に残された言葉を見ると、騎士団長さん側の心象もわかっちまう。かといって、騎士団長の思い通りになっていたら……俺とカーネリアは出会えていない。割り切れない中、俺はこのまま研究所に進んでよいものかと迷う。
すっかり日が落ちた砦の中で、俺たちは食堂でメシを済ませた後……改めて俺はカーネリアの正面に座った。
片付けも終わっているから、この後寝るまで手持ち沙汰だ。ゆっくり休んでもいいけれど、俺はこれからの行動を、彼女や俺の思いを共有しておきたいと思ったんだ。
俺がカーネリアに伝えると、彼女は困ったような顔を見せる。水色の髪を揺らすカーネリアだけど、最後は灰色の瞳を据えて姿勢を直した。
「やっぱり……研究所に行くのは、不安ですか?」
「それはそうなんだけど……俺、一つ確かめておきたい事がある」
もちろん研究所への不安はあるけど、俺が確かめておきたいのは、俺たちの心情だ。特に俺の心理は……頭の良いカーネリアでも、言葉を交わさずに理解できるとは思えないから。
「例えば……例えばだけど、マーヴェルがまだ生きていて、君を……君を、実験体として使いたいと言ったら、どうする?」
「……」
彼女は、完全に黙ってしまった。初手で話すには重い話だけど、エイトさんと騎士団長の話を見るに、こう言い出す可能性は極めて高い。
カーネリアの言い分も……研究所に希望が残っているから進むべきって意見もわかる。わかるけど……同時にこの事も考えておかなきゃいけない。その時が来てから慌てふためくんじゃ、絶対に遅い。
口をつぐむ彼女に対して、俺は正直な気持ちを吐き出した。
「俺は嫌だよ。君を差し出すような事は、したくない」
「……え?」
「意外か?」
「えぇと……うーん……私とは違うなぁって」
「聞かせて欲しい」
感情のすれ違いがあったと知り、俺の肝が少し冷えた。俺の気持ちは伝えたし、今度は彼女の意思を聞きたい。唇に手を添えて考えてから、おずおずと彼女は声に出した。
「私は……この世界が壊れる前の姿を知っています。私が……その、犠牲になる事で救えるなら、嫌な気はしません。クジョウさんは……そうは、思わないのですか?」
「俺は……異邦人だからさ。その壊れる前の世界の事に、深い思い入れがないんだ」
「あ……」
やっぱり、ここの差は気が付いていなかったか。多分だけど彼女は、パン屋の一件を思い出していると思う。
俺はそれとなくしか寄り添えなかったけど……あれは俺が、こちらに来てすぐの出来事だからだ。彼女のようにこの世界が、平和だった頃を俺は知らない。王城に転送されてからが俺のスタートで、それより以前の事は想像するしかない。
全く感傷を覚えない、思いを馳せないような冷たい人間じゃないつもりだけど……五年前の景色とはいえ、現地で生きてきたカーネリアと俺の間に溝はある。残酷な事を承知の上で、俺の今の思いを打ち明けた。
「もちろん……この世界を復興出来るなら、それはいい事だと思う。でも俺としては、エイトさんの思い……君が生きていく事の方が大事に思えるんだ」
想像でしか埋めれない過去、そこにあった平和な光景か……ほんの少しだけど触れて、俺に託した騎士さんと思いと、今も直に接して生きている人かの選択。
どちらが重いかは人次第だと思う。彼女を犠牲にして世界を救う選択も、多分間違っちゃいないんだろう。
でも……より良い結果だけを求めすぎる哀しさを、一人一人の人間に目を向けれなくなる哀しさを、俺は知っている。俺の周りはそんな人間ばかりだった。だから俺は……心が無くなってしまえばいいなんて思うようになったんだ。あの不死身の騎士団が、心を亡くして、信念と規律だけで動く騎士たちを……羨ましいなんて思ったように。
俺が自分の感情に襲われる中、カーネリアも目線を落とし迷いを見せていた。
「私は……わかりません」
「……俺の考え方が?」
「ううん……感覚はクジョウさんに近いと思います」
「そうなの?」
「はい……私もこの世界で、幽霊でしたから」
そっと彼女も、胸の内を明かし始めた。
「クジョウさんほど私は、この世界と距離は空いていません。でも今の言葉を聞くまで……私が一番、この世界で浮いていると思っていました」
「何?」
「だって……私は幽霊になる魔法で、世界を徘徊するだけでした。眺める事は出来ても、触れる事も話すこともない。それどころか……塔の中で養われているだけでしたから。それがずっと、心苦しくて。だから」
何にも深く関われず、世界を遠巻きに眺める事しか出来ないけど、目に映る所に日常の苦労や困難が、普通の生活が流れる光景を彼女は目にしたのだろう。亜空間に出入りできるカーネリアなら、どんな人間の場面だって目に出来る。
そうした普通の生活でさえ、地道な困難が……じっと降り積もるようなつまらない日常に耐える困難を見つめる中で、自分だけが塔の中で養われている。そのことにカーネリアは罪悪感を思えていた……か。
……全く、嫌になるな。色々と俺も思い出しちまうよ。それは。
「そんな私が世界の役に立てるなら……それもいいのかなって、思います」
「どうだろうな。取り戻しても……復活した人が、君に感謝するかどうかも分からない。君が命を捧げる価値があるのかも、俺には分からないよ。君は……生きたくないのか?」
「あ……それはあるかも。生きる事に実感が湧かないんです」
「もうちょっと聞かせて欲しいな……大丈夫?」
「むしろ聞いて欲しいです」
今までの笑顔と違って、その時のカーネリアの笑みは
少しだけ影の差した……でも生身の人を思わせる、血の通った笑みに見えた。




