割り切れない心
≪残された遺品と資料から、騎士団長の身に何が起きたかを推察した≫
空洞の騎士団を全滅させた俺は、渓谷の砦を完全に掌握した。
酷く乱暴なやり方は、安全圏から出てきたカーネリアにも窘められたけど、俺は反省する気が起きなかった。
それは無意識に彼らの在り方を感じ取り、憎悪……いや違うな、憎悪に近くなるほど濃くなった、強い嫉妬心が起こさせたと思う。煮え切らない俺の言動に、それとなく距離を取るカーネリア。釈然としない空気の中でも、今日一日は砦を使って休息する点は合意できた。
魔物も全く寄り付かない砦は、彼らが防護していた証だろう。俺が残された物資を頂く最中に、彼女は色々と調べていたらしい。頭の良いカーネリアが纏めてくれた話は、俺たちとも無関係な内容じゃ無かった。
騎士団長さんの目線からすれば、もう国としての随分前に終わっていたっぽいな。
そんな中でも『渓谷の砦』は、最低限秩序が保たれていた。この騎士団長さんは、それなりに統率力もあったと見ていい。徐々に追い込まれていく描写は読んでてキツかったけど、その中で出てきた名前は俺たちも知っている。
マーヴェル……瘴気の研究者とされた人物は、この砦にも連絡を入れていた。瘴気による魔物化を抑制する薬を完成させ配布し、一つ指示を出していた。
「ここの騎士団……塔の前に来ていたのか」
「エイト様の手帳にもありましたね。『騎士団に剣を向けた』って……」
俺はてっきりエイトさんが、国に逆らったのかと思っていたけれど……騎士団長が塔に付いた時点で、もう彼ら独自の判断と行動を起こしていたようだ。マーヴェルの指示で、塔の中の人物……つまりカーネリアを連れ出そうとした。
しかしここで護塔の騎士……エイトさんが抵抗。三十人弱の騎士を壊滅させ、団長だけが生きて砦に帰ったと言う。
……参ったな。この辺りの記述や情報を聞いていると、非常に複雑な気分になってくる。
「騎士団長さんは、研究者に君を引き渡そうとしていた……口ぶりからしてロクでもない事になるのも、薄々察していたっぽいが……」
「彼にしてみれば、それが最後の希望だったのでしょうね。でも……エイト様がそれを拒んだ。見るにこれは……私の魔法を使いこなして……」
「実際、エイトさんはクソ強かった」
俺と戦った時と同じ戦法だ。亜空間に出たり入ったりを繰り返して、相手の背後から斬りかかる。塔を守るために誉れを捨てて、まだ生身だった騎士たちを壊滅させたんだ。
やられた側はたまったもんじゃないだろう。いきなり消えては出現して、死角から剣戟が襲い掛かって来る。逆に攻撃しようにも、亜空間に逃げられたら打つ手がない。
エイトさんが守ってくれなければ、俺はカーネリアと会えなかった。でも……
「君には悪いけどさ。俺……騎士団長さんの気持ちもわかる。何もかも荒れちまった世界の中で、あの塔は希望みたいに見えるよ。その中に、可能性が残っているって示されたら……焦っちまう気持ちは、よくわかる」
「……クジョウさん」
「ごめん。もし団長さんの望み通りになってたら、今君と一緒に旅が出来なかったし……君には最悪な事はわかる。わかるけど、これは」
そう……もしエイトさんが抵抗せずに、塔を明け渡していたら……俺とカーネリアは出会えていない。彼女は多分実験体にされて……ともかく、禄なことにはならない。
それを肯定するなんて、カーネリアにしてみれば最低だ。全部分かってる。わかってるけど……じゃあ俺は、騎士団長が希望に手を伸ばしたことが、悪い事だったって切り捨てていいのか?
俺の中で詰まっちまった感情を、そっとカーネリアが押してくれた。
「苦しいですね……心って」
「そうだな……あぁそうだな、本当に……でも、騎士団長さんたちは心を捧げてまで、自分の規範と信念は守ったんだ。そこまで突き通せるのなら――俺ももう少しだけ、恰好が付いたのかな……」
少しだけ漏れた本音は、悲しみを宿した灰色の瞳を見て止まった。
急に漂う不穏さに、彼女もちょっと首を傾げている。深く踏み込まれる前に、俺は別の事に話題を逸らした。
「そんな事より……俺たちさ、このまま進んでいいのかな?」
「瘴気研究所……マーヴェルさんの所に向かっていいのか……ですか」
「あぁ。エイトさんや騎士団長さんの言動を見るに、かなりきな臭い感じがする。この人はこの人で努力しているっぽいけど、君に何するか分かったもんじゃない」
これも少なからず俺の本音だ。王様や騎士団長さんに、不完全とはいえ対抗策は渡している。有能な空気は感じるけど、倫理観が欠けているようなイメージが……こんな環境で倫理もクソもないけれど、一線越えちまったマットな臭いがする。
重要人物とはわかっちゃいるが、今から向かったとしたら、カーネリアを実験体にしかねない。「わかりますけど……」と俺の心情を汲んだ上で、彼女は目を合わせて宣言する。
「他に出来る事も、やれることもないと思います。もちろん、私も酷い目に逢いたくないですから……危なくなったら、逃げる事は難しくありません」
「そう……かな」
確かに彼女の魔法なら安全だけど、やっぱり俺は不穏に思えてならない。幸いここは安全な場所だし、今は軽く流すけど――後でもう一度、俺はカーネリアと意思を確かめた方がいいだろう……




