騎士団長の追憶
俺が倒したはずの空の騎士鎧たちが、次々と復活し起き上がった。どうやら胸を中心に復活する仕組みらしい。粉々に砕くと再生できなくなり、元は人であったであろう彼らを俺は全滅させた。
我々はもはや、騎士団としての機能を失いつつあった。
王族や貴族からの命令は途切れ途切れだが、それでも遂行すべき任務は分かっている。魔物や魔族どもと戦い、無事な人間を保護する。無辜の民を守る盾となり剣となる事は、この国の騎士として何ら恥じる行いではあるまい。
しかし荒れた環境と、日を増すごとに増殖する魔物たち、さらに戒律を破る騎士の出現に、時折騎士の中からも魔物化する者まで増え始めた。
どうしても、対応は後手後手に回らざるを得ない。保護対象さえも時には魔物と化し、我々の精神と肉体は擦り切れていった。
終わりのない……いや、終わりの見えない戦いに身を投じていた我々。恐らく各所の兵士や騎士たちも、近い環境に身を置いたのだろう。交信や連絡も次々と途絶えていったが、渓谷の砦の騎士団は統率を保っていた。
我……騎士団長リオネッタを頼りに、集う同胞たちを無下には出来ない。目減りしていく人の数に、心を折りそうになりながら……一日一日を超えていった。
そんなある日の事、我々に希望の光が差しこんだ。
連絡を入れたのは、王国の瘴気研究者……魔族の領域一歩手間で、研究所を構えるマーヴェル。ロクでなしと噂だが、藁にでも縋りたい我々には朗報をもたらした。
内容は……『瘴気を受け付けない人物の存在の示唆』そして『その人物は、伝説に予見された光の塔の中で眠っている』という。遠い昔のおとぎ話だが、護塔の騎士は八代に渡り守護しているとか。
古い伝説の中にも、厄災は予見されているらしい。確かにこの国中で引き起こされた『瘴気災害』は、伝説と当てはめても遜色はない。こじつけと見る騎士団員もいたが、マーヴェルは実益のある一品を付属させていた。
『瘴気の影響を抑制し、魔物化を遅らせる薬』
治療薬、特効薬こそ作れていないが……抑制する薬の実物は我々の心を大きく動かした。完全な薬はまだでも、薬品の効果は確かなようで……体調の悪い団員に飲ませると、体が楽になったと言う。
その薬を作った人物が……治療薬の手がかりとして、塔の中で眠る存在を求めている。今まで耐えるだけだった我々に、初めて現状を打破する行動が見えた。王城近くの塔が無事かどうかは怪しく、道中も容易な道のりではないが……このクソッタレな世界を救う鍵が眠っているのなら、我は命など惜しくはない。
同じような馬鹿どもが五十人近く集まり、残った騎士たちに砦の防衛を命じる。二度と戻れない覚悟も済ませ、我々騎士団は王城そばの塔を目指した。
――道中は酷い物だった。
一人、また一人と削られていく仲間達。塔を目にした人数は三十人まで減ってしまったが、我々に後悔はない。何故なら『塔』はかつてと同じ姿を保っていたからだ。
荒廃していく世界の中で奇跡に等しい。興奮冷めやらぬ我々が目にしたのは、塔の前で虚ろに佇む一人の騎士だった。
信じられん。こんなクソッタレな状況で……たった一人でこの塔を守り抜いたと言うのか? みすぼらしい姿の彼に対し、我々は『塔の姫君を渡せ』と迫った。
……我々にとって、それが最後の希望だ。
マーヴェルが何をするかは想像したくないが……有益な検体があれば、瘴気に対する特効薬を生成できる可能性が高い。護塔の騎士の役目は、今まさにこの瞬間にあったのだと、我は護塔の騎士を説得した。
しかし――あの騎士は我々の交渉を蹴った。
たった一人で、三十人の騎士相手に抵抗すると言う。残念だか仕方ない。我々は騎士を倒し、塔へ足を踏み入れようとしたが……次の瞬間、騎士は消えた。
どんな魔法かは未だに分からぬ。何の突拍子もなく全身が消失し、戸惑う我らの最後尾にいた騎士の首が飛んだ。
ただ視認を防ぐ魔法ではない。しかし瞬間移動の魔法でもない。正体不明の魔法に翻弄され、団長の私を除いて部下たちは全滅した。
我は何とか逃げ出せた。恐れたのも本音だが、砦で待っている者のために、我は死ぬわけにはいかなかった。道中も何度も死にかけたが……我は一人で渓谷の砦へ帰還した。
だがしかし……我を出迎える団員はいなかった。
大規模な魔物の襲撃を受けたのか、それとも内部から壊れたのかは分からぬ。生き延びていた者も、仲間の騎士団員も、全てが骸と化していた。
希望を求めて遠出して、連れて出た仲間は全滅して、そして残してきた者たちも全滅か。全く笑えてくる。
孤独は容易に正気を蝕む。瘴気が漂えば、さらに我の意識は危うくなっていく。疲弊していく我は……絶望的な近況を、マーヴェルに報告するのが心苦しかった。
てっきり罵倒されると思っていたが、奴は労いの言葉と……一つの外法を我に託す。
『傀儡魔法』――自らの意識と思考を自動化し、人形の兵隊として使役する魔法。自分の精神を別の物質に転写し、永らえさせる魔法……の不完全品。
マーヴェルが最後の手段として、強い警告と共に残した術式の一つ。何せこの術式は、魂を捧げて発動しても術者の精神は残らない。あくまで劣化した物が、近い言動を淡々と実行するだけとの事。マーヴェルは魔物化から逃れる手段として、生命の肉体を捨てる方法を考えていたらしい。遺物魔法の応用らしいが、完成はしなかったようだ。
我は……その未熟な術式に手を伸ばす。
自ら愛用の鎧には強く付与し、残りの鎧には団員の亡骸を添えて魔法陣に起動する。
どんな結果を産むか知らないが……このまま魔物となり、国を守る騎士でいられなくなるなど、死んでも御免だ。
どちらを選んでも、我が我でなくなるのなら……少しでもマシな方が良い。獣のように醜悪に生きるぐらいなら……我は国を守る装置で良い。一本の剣であり、盾になれれば良い。
この方法なら――まだ、誰かを救える可能性が、少しだけでも残るのだから。




