何か奇妙な砦
大きな砦は全身鎧の騎士たちが巡回し、所どころ補修されている。旅の中荒れた村とか見たことのある俺達は、その様子を見てほっとした。話しかけても攻撃されないし、騎士団長さんとも話が通じる。が……うまく言えないが、なんか違和感があったんだよな……
やっぱり罠だったのか? 砦の一室に座る俺が身構える。扉を挟んで、俺が焦って飛び出した所を串刺しにするつもりだろうか? エイトの騎士剣を握りしめ、部屋の隅で構えて待つ。
カーネリアも大丈夫かな……今は彼女がどこにいるか分からない。俺の傍に隠れているのか、それとも城内を見て回っているのか……彼女側がアクションを起こさないと、俺側からは一切分からない。そういう魔法だから仕方ないけどさ……
身構えた俺だけど、騎士たちが扉を壊して雪崩れ込んでくる事は無かった。扉の外が物々しいだけで、俺とは関わってこない。息を潜めてる感じもなく、いったい何がどうなっているのやら。慎重に扉を開けるが、待ち伏せや不意打ちを食らわずに済んだ。
せわしなく動き回る騎士たちは、部屋から出た俺の事を全く気にしない。ちょっと悪く思ったけど、一人の肩に手を伸ばし説明を求めた。
「何かあったんですか?」
返事がない。じっと全身鎧の頭を向けた後、無言で俺を見るだけだ。なんだよ気味悪いな。一言何か返してくれてもいいじゃんか。
流石に不安と疑問が大きくなってくる。待っていると騎士団長が俺のところにやってきて、淡々と伝えた。
「現在、砦に魔物が接近しています。必要が無ければ、室内で待機していてください」
「……俺も手伝いましょうか?」
「我々は、無事な人の保護を目的に活動しています。おすすめ出来ません」
最初砦に入った時も、似たような発言をしていたけど……俺の中にあった違和感が強くなる。完全に抑揚が同じで、侵入者がいる割には全然焦っていないような……
一体何なのだろう、この砦の騎士たちは。団長さん以外は誰も喋らないし、人らしさを感じられない。魔物じゃなきゃ大丈夫と思っていたけど、ちょっとこれは考え物だな。
「わかりました。俺は部屋で大人しくしています」
いい口実が出来た所で、俺は四人分の部屋に籠る。しばらく待っていると、カーネリアが現れた。
顔色が優れない。やっぱり彼女も不安なようだ。再会を喜びつつも、俺は彼女に話しかける。
「やっぱりおかしいよな? ここ……」
「はい……魔物とは違うみたいですけど……」
そう。魔物との違いは確かに感じる。そこが俺たちの判断を迷わせている点だ。
あいつらは見つかった瞬間に、こっちに襲い掛かってきやがる。でも騎士たちは俺を襲わないし、何なら部屋まで用意してくれた。今でこそ慌ただしいが、俺に対する態度は悪くない。
悪くないが……良いとも言えないのだ。どうにも言葉に感情が籠っていない気がする。いや言葉だけじゃなくて、態度からも人間らしい情感が感じられない……俺が思っていた不安や疑念を、カーネリアが裏付けてくれた。
「色々と見てきましたけど……何か変です」
「具体的には?」
「なんて言えばいいんでしょう……騎士の方々は数がいるのですけど、生活の匂いがしないんです。食堂も見ましたけど、綺麗過ぎて使われた感じがしないし……全員が常に働いていて、休んでいる人が一人もいない」
「普通なら……見張りと休憩役でローテーション組むよな? この規模と人数なら……」
変だ変だと思っていたけど、ちょっとこの答えは予想外だ。生存者を一人も匿っていなくても、騎士の人の食い扶持は必要なはず。
それにこの極限化した異世界で、休みなしで働いたら精神がすぐ参っちまう。それを無視してブラック労働させたら、あっさり反逆されそうなもんだが……
この砦は、長居すべきではなさそうだ。さらに彼女が声を潜めて言う。
「実はついさっき、わざと騎士の方に見つかってみたのですが……警告なしに攻撃されました」
「……なんだって?」
それは……穏やかじゃないな。眉を怒らせる俺は、詳しくその状況を尋ねる。が……カーネリア側に落ち度があったとは思えなかった。
「すぐに逃げれる準備はした上で、正面の門に向かったんです。クジョウさんみたいに、普通に声を掛けたのですけど……無言で槍を向けて襲ってきました。何度か説得しようと話しかけても容赦なしです」
「砦の中が慌ただしくなってるけど……君を発見したからか。魔物が出たって言ってたけど、どうしてそういう結論になるんだ?」
魔物と対峙した事があるなら、すぐにわかる筈だ。あいつらは完全に理性を失っているから、人の言葉なんて喋らない。話そうとする事さえない。確かに彼女の衣服は変わってるし、頭の片方に角も生えてるけど……魔物と誤解するのはあり得ない。
しかも説得に応じないのはどうなんだ? 最初こそ平和に見えたけど、本当は騎士団長が武力を用いて、強硬的にここを率いているかもしれない。
そうと分かれば、長居する理由はないな。
「色々と不穏だよな……早いとこ抜けちまおう」
「ですね。急ぎましょう」
お互いに頷いたその時、話し声が聞こえちまったのかな……うろついていた騎士の一人が、俺たちのいる部屋の扉を開けた。
最初は気を遣うような動作だったけど、カーネリアを見た途端に槍を構えて臨戦態勢。咄嗟に俺は右手を繰り出し、砦の騎士を押し倒しちまった。
やべぇ、考えなしに動いてしまった。後悔した俺たちが目にしたのは――
中身のない空っぽの甲冑の頭が、石材の砦を転がる光景だった。




