綺麗な砦と兵士たち
長い長い上り坂を進み『渓谷の砦』へ向かって進む俺達。この先にあるだろう砦の様子を不安に思いつつ、対応をあらかじめ決めておく。どうか生き残りがいてくれと願った先に見えたのは、補強が成され、騎士がうろつく砦の姿だった。
『渓谷の砦』は、名前の通り渓谷に建築されている要塞だ。
真ん中にドデカい砦か建造され、谷が堀のように広がっている。俺たちが来た側とこれから向う側に、馬車が七台は通れそうな幅の石橋がかかっていた。
デカい。マジで説明不要なレベルでデカい。砦の入り口はこれまた大きな門で閉ざされ、その周りには全身鎧の騎士が直立不動。門はボロボロだけど、補強された痕跡がある。俺はほっとした。
「良かった……」
少なくても荒れ放題な廃墟じゃない。今まで王城や村が荒廃した様子を目にしてきたからか、手入れがされていると一発でわかる。これなら生存者も期待できるのでは? 危うく駆けだしそうになる足を抑えて、軽い歩調で俺は門の方に歩く。姿は見えないけど、亜空間にいる彼女も同じ気持ちだろう。
俺を見つけた騎士が、緊張したように槍を立てる。そりゃあこんな情勢だ。警戒するよな。務めて明るく、俺は砦の騎士に話しかけた。
「あー……良かった。無事な人がいたんですね。ちょっとここを通りたいのですが……大丈夫ですか?」
最低限マナーは守っていると思う。思うのだが、妙な事に砦の騎士は何も返さない。無言で固まったままで、なんだか不気味な感じがする。
もしかして何かマズイ事言ったかな。でも魔物じゃない事も確かだよ。あいつらは何の容赦もなしに、生き残った奴に襲い掛かって来る。最初から話が通じない事が、もう目を合わせた時点でわかる。
そういや……もう一つ妙に思った。
なんて言えばいいのかな……騎士と目が合っている感じがしない。視線と言うか生気というか……中身の人の息遣いを感じられない。俺は疲れ果てているんだろうと考えた。色々と不安や悩みが山積みなんだろう。
無言の騎士と二人きりでいる事数分。随分長い事待たされたが、遂に砦の門が開かれた。騎士が構え直して、そっと手を中で示すも、やはり何も言ってはくれない。初めて発言を聞いたのは、門の中で待ち構える別の騎士だった。
「ようこそ『渓谷の砦』へ。私は騎士団長リオネッタ。あなたを歓迎する」
何故か騎士槍を素振りして、固苦しい声が俺を出迎えた。儀礼か何かか? 鎧の意匠も豪華なもので、地位が高い事が伺える。厳格な空気の漂わせる騎士団長は、規律に厳しい人感じのする、義務感に満ちた固い声だ。
機嫌を損ねないように、俺は丁寧な言葉で質問する。
「ありがとうございます。ここを通りたいのですが……」
「我々は、無事な人の保護を目的に活動しています。砦から出ることは、おすすめ出来ません」
「それでも行かないと……俺やあなた方の他に生存者は?」
「現在保護中の人は0人です」
「そうですか……残念です」
思わず目を閉じ立ち止まる俺。でも騎士団長は何も言わず、そそくさと砦の中に歩いていく。俺と距離が開くとぴたりと止まり、無言でじっと待っていた。
なんだろう、この違和感。
おかしな事は言っていないし、俺に攻撃してこないから魔物でもない。でも……見張りの騎士もそうだけど、感情が酷く欠けているような、変な印象を覚えた。
彼女には聞こえていると信じて、俺は小さな独り言風に話す。
「何かがおかしい……気のせいかな」
この感触が俺だけならいいけど、カーネリアがどう思っているだろうか? もし彼女も疑問に思っているのなら、これで偵察してくれるはずだ。俺もちょっと警戒心を持って、騎士団長についていく事にする。
止めた足を進め、騎士団長さんに追いつく。「お待たせしました」と声を掛けたけど、無反応で歩みを再開するだけだ。
……態度が悪いだけか? それとも何かの罠か? チキショウ、最初は砦が綺麗なままだと喜んだのに、ぬか喜びになっちまうのか? 徐々に嫌な予感が胸に広がる中で、騎士団長が一室の扉を開いた。
「こちらの部屋をお使い下さい」
「あ、どうも……」
空いた一室は……ちょっと家具はボロくなっているけど、使えない事もない。二段ベットが左右に配置され、床置きテーブルやカーペットも置かれている。なるほど四人一部屋で暮らす寮みたいな感じか。壁材が石で窓が一つと殺風景だけど、元々は兵士用の空間なのかもしれない。ここ、砦だしな。
罠……にしては手が込んでないだろうか? どう判断すべきか迷う俺に、騎士団長さんは去り際に告げる。
「食事や何かご用命とあらば、近場の騎士にお声掛けを」
「……わかりました」
改めて、全身を鎧に包んだ騎士団長を観察する。
今までの全部の声といい、特別な抑揚を感じない。今思ったのだけれど、生存者が誰もいないって言ってたよな? その割に……いやまぁ、これを俺が面と向かって言うと嫌味なんだけどさ、生存者が砦を訪れたのに、この淡々とした反応は……もっと言うなら、事務的な応対は変じゃないか?
この世界に投げ込まれた俺だって、この砦を見て……無事な拠点が、生きた人の気配があった時こう……ちょっと嬉しかったとか、安心したとか、ほっとするというか……ともかくそういう、マトモな人がいるんだと思ったんだぜ? この状況なら、普通もうチョイ感情が見え隠れしないか?
首を傾げ、二段ベットの下に座る俺の耳に――物騒な気配の足音がうろつき始めた。




