ようやく見えた『渓谷の砦』
敵を倒し続けた俺は、日が落ちて来た事に気が付く。適当に開けた場所を片付け、魔物も蹴散らした俺の前に、カーネリアのアイテムボックスから、便利……を通り越して明らかに技術レベルが違う道具が、いくつも出てくる。何故が疑問を持っていなかったカーネリアの事はとりあえず置いといて、俺達は往くべき先へと進んでいった。
ここ最近、ずっと上り坂が続いていた。
ずっとの期間がどれぐらいかって言うと、二日か三日ぐらい前からかな。詳しくは知らないからはっきり言えないけど、生えてる普通の植物も種類が変わった気がする。空気は涼しくなったし、天気が急に変わる事も増えたんじゃないかな。偶然や気のせいの可能性も否定しないけど……
そうして雑草が生え始めた道を進むと、長くて頑丈な石の橋が姿を現すようになった。相変わらず魔物たちが我が物顔で、そこら中うろついていてうんざりするぜ。
橋の下は霧が濃くて見えない。落ちたらただじゃ済まないだろう。橋の上での戦闘は、俺も気を使わないといけないから困る。
何せ今の俺は馬鹿力だ。うっかり加減を間違えたら、石橋だろうと叩き割りかねない。そこで俺が取った戦法は……
「そぉい!」
魔物どもを千切っては投げ、千切っては投げる。揶揄でもなんでもなく、本当に俺はこれで石橋の上から魔物をどかしていった。今は魔物のクマと取っ組み合って、肩から後ろへ投げ飛ばした所だ。ショルダースルー……って言っても分からないか。ちょっとマイナーなプロレス技だし。投げ飛ばされた魔物クマが橋の外へ落下し、悲鳴は遠く消えていった。
剣を使ったり、変に魔物を切り飛ばしたりすれば橋にダメージが入っちまう。一回それで崩しちまって、俺はカーネリアに申し訳なかったからな。
そこで彼女が提案した方法がこれだ。橋が架かってるところは、渓谷か川とか……ともかく間違いなく高さがある。だったら橋の外に投げてしまえば、安全に通れるって寸法だ。崖に叩き落としたり、水の中に落とせば敵を無力化できるしな。
「フハハハハハ! 次はどいつだ!?」
恐れを知らない魔物たちは、真正面から突入してくる。チートで手にした力なら、片手で敵を持ち上げる事も簡単だ。掴んだ敵を投げればボーリング出来るけど、ぐっとこらえて橋の外へリリース! 今日の俺は紳士的だ。いやそうでもないな。直接殺してないだけで、結果として魔物が死ぬことに変わりない。
魔物百人組手は、当然の如く俺の勝利で終わる。橋も無事だしこれで先に進めそうだ。すっきりした道筋を進み、対岸へ渡り切ると彼女が出現して告げた。
「クジョウさん。もうすぐ渓谷の砦が見えてくるはずです」
「え、本当か?」
「はい、ようやくです。生き残った人がいるといいですけど……」
朗報だけれど、彼女の声色は冴えなかった。仕方ない事だと俺は思う。道なりに進んでいれば、小さな町や村に何回かぶつかったけど……出迎えたのは元村人ばかりだった。残念だけど生存者は見つかっていない。不安な気持ちは俺も一緒だった。
どう答えようか悩んだ挙句、俺は現実的な希望を述べた。
「確かに今までは、生存者はいなかったけど……安全な『渓谷の砦』に逃げ切れたかもしれない。地図に載る程の要塞だし、ワンチャンスあると信じたいが」
「……砦の様子次第ですね」
「あぁ。ひどく荒れているようなら……覚悟した方がいいだろう」
王城で衛兵が魔物となってしまったように……砦の兵士が全員化け物となって、渓谷の砦を占拠している可能性もあり得る。できれば想像したくないがな。
「もし兵士たちが魔物化していたら……強行突破するしかない。念のため、砦が見えてきたら亜空間に隠れていて欲しい」
「そうですね……」
最悪は想像したくないけど、全く考えず突撃は出来ない。警戒して進んで、取り越し苦労で済めば良いのだ。環境と状況ならば、俺一人で交渉しても平気だろう。カーネリアの不安に寄り添うように、俺はそっと呟いた。
「もし生き残りがいて、話すことになっても大丈夫。俺は口下手だけど……この環境だ。警戒する様子を見せていたとしても、そんなに不自然じゃないと思う。もし無事な人が残っていて……でも、何か揉めそうな気配があったら、俺は一旦引き下がるよ」
「争いを避ける、という事ですね」
「あぁ。せっかくの生き残りを傷つけたくない。最悪砦を通れさえすればいいから、一旦戻って二人で対応を考えればいいさ」
無難も無難に過ぎる提案だけど、彼女は賛同してくれた。
「そうですね……クジョウさんが力を使ったら、砦が傷ついてしまうかもしれません。私たちが進む事も重要ですけど……」
「だからって、生存者を傷つけるのは良くない。歩みは遅くなるけど……カーネリアさんも納得してくれるか?」
「はい。それでいいと思いますよ」
「……良かった」
犠牲を厭わず、突き進む選択肢もあるけれど……
既に国としては、壊れてしまった世界だけど
それでも俺は、人らしさを失いたくない。
散々魔物になった人を殺してきたし、偽善だ自己満足だと言えば、多分その通りだけど……でも超えちゃいけない一線は、あると思うんだ。
幸運な事に、カーネリアも近い考え方らしい。今回は揉めずに済みそうだ。
「では……行きましょう、渓谷の砦に」
「そうだな」
いよいよ運命の時だ。もし砦が魔物だらけになっていたら、今の話は全部無駄になっちまうけど……必要な話し合いだったと信じたい。
緊張した俺たち二人が目にしたのは……所々補強が成され、今も騎士が巡回する砦の姿だった。




