初めての野営
『純白の塔』を出た俺達は、魔物だらけになってしまったこの世界を歩き始めた。目標は研究者のいる場所。けれど直接は遠いので、いくつかある拠点を経由しながら進む予定だ。
長い事安全な空間に隠れられる彼女と、パワーと防御に振ったチート転生者の力を持つ俺。今この世界はひっどい環境だけど、どうにか俺達はやっていけそうと感じていた。
敵を殲滅しながら、俺たちはその日中進み続けた。
普通に進むより何倍も遅くなったけど、うようよ魔物が蔓延っているのだから仕方ない。夕日が差して来たころに進むのを止め、休める場所をカーネリアに探してもらった。
「こっちに倒れた馬車があります。それを片付ければ休めそうです。ただ……少し魔物がうろついています」
「今から戦っても大丈夫そう?」
「はい。今まで見てきた魔物ですし……クジョウさんの敵ではないです」
「オーケーオーケー、ちゃっちゃと倒しますか」
「お願いします」
方角を指さした後に、彼女が消えて隠れる。疲れの溜まった肩を回して、俺は今日最後の戦闘に取り掛かった。……見どころがないので、詳細はバッサリカットで。
さっくり魔物どもを倒した後はお片付けの時間だ。車輪が外れ、骨組みが大破した馬車と、魔物の屍の山を一緒にして脇へと除ける。細々としたのが多くて面倒だけど、快適な休息には必要な事だ。途中からはカーネリアも現れたので、俺に預けた彼女用のアイテムボックスを渡しておく。
「用意しておきますね」
「頼んだ」
彼女が眠っていた塔には、まるで俺たちの旅路を予測していたかのような……そうとしか考えられない道具が、いくつも保管されていた。カーネリア用のアイテムボックスでさえ、その序章に過ぎなかった。
彼女が真っ黒な箱へ手を突っ込み、アイテムボックスに似た材質のキューブを四つ取り出した。俺が片付けた空間を囲むように、四角形を作るようにキューブを配置する。最後の一個は、すべての整理が終わってから設置された。
「じゃあ、起動しますね」
「……これって俺でも出来るのかな」
「やってみます?」
「一応ね」
キューブの上にあるスイッチを押すと、起動できるらしいが……俺が軽く押しても全然反応しない。チートパワーで押し込めば、強引に押せるだろうけど……それは押すんじゃなくて壊すだよなぁ。「どうです?」と近寄る彼女に「お手上げだ」とキューブを返した。お互い予想出来ていたので、そんなにガッカリはしない。カーネリアが最後のスイッチに触れると、全てのキューブの上半分が、同じ高さまで一斉に浮き上がった。
一体どんな仕組みなのやら……空中でピタリと停止したキューブと、地面に残ったキューブが空間を形成。最初に光の糸が伸びて、俺たちのいる空間を囲う。光の壁が一瞬見えたけど、すぐに透明になって見えなくなる。釈然としないままの俺たちは、ぼんやりとした感想を述べた。
「これで結界が発動出来た……そうです」
「何か全然実感湧かないけど……しかも随分簡単だ」
カーネリアしか使えない道具。塔に保管されていた道具の一つ……これは『結界生成装置』と言うらしい。空間を内と外で隔離し、侵入を防ぎつつ存在を認知させなくする……そうだ。効果はすぐに実感できないけど……装置の動きを見るに、なんか凄そうっぽいし効果もあるだろうなぁ、程度の認識だ。
万が一効果が無くても、今回は念入りに周囲の敵を掃討している。今日一日は安全に過ごせるだろう。それだと効果は実感できないが、余裕があるときにしっかり試しておきたい。
塔の中に眠る道具は、これだけにとどまらない。
なんだかよくわからない方法で、圧縮凍結された食材に
各種調理器具はもちろん、薪材に触れさせただけで火を起こせるロット
寝具は普通のベットだけど、それを収納して持ち運べる彼女用のアイテムボックス……こんな超便利かつ反則な道具が、全くのノーコストで運用できるってどういうこっちゃ? 正直俺のチートスキルが霞んでいるんですがそれは……
一応俺も騎士サンの寝具を持ち運んでいるが、彼女との差は拭えない。ちょっと気になった俺は尋ねてみた。
「塔の中では、その道具は使えたの?」
「いえ……これは私が、塔に今の状況を話したら渡してくれたんです」
「????? ごめん。わかるように説明してほしい」
物質に質問して、答えが返ってくるわけがない。突然の発言に混乱する俺。カーネリアも失言に気が付いたのか、目を細めて答えた。
「エイト様にも内緒でしたけど……塔のある部分に話しかけると、色々と答えてくれるのです。人と話すのとは勝手が違って……時々『自分で考えろ』って、促してくる時もありましたけど」
「ほえー……」
「……信じられませんよね」
「あー……まぁ、驚くけど……でも今までは質問に答えるだけだった訳だろ?」
「そうですね……中から道具を出したのは初めてでした。エイト様たちの一族……護塔の騎士様が差し入れてくれた物を、私のところまで運んでくれましたけど……」
「……考えるほど、分からなくなるな」
「はい……」
明らかにあの塔だけ、レベルが違い過ぎる。しかも話を聞く限り、何代にも渡ってカーネリアと塔は守られていたらしい。
……って事はだ。それだけ前から厄災は予見されていた事になり、このイかれた技術も保存されていた事になる。騎士団が中身を差し出せって迫った理由は、本当に彼女だけが狙いだったのか?
黙り込む俺に、カーネリアは恥じるように言った。
「よく考えたら、おかしなことだらけですけど……ごめんなさい。私全然、疑問に思ったことが無くて」
「あー……いや、仕方ないよ。慣れてると分からなくなるものさ。塔の中での生活が、君にとっては当たり前で、日常だった訳だし」
「……やっぱり、クジョウさんって優しいですよね?」
「弱いだけだって。そこは間違えないでくれ」
こうして他愛のない事を話しながら、俺たちは反則的な収納物と道具を使って、野営を済ませることが出来る。
今日一日はそんなに進めなかったけど、それでも進んでいけば、いつか必ず目標にたどり着けるはずだ。
そう信じて……俺とカーネリアは長い旅を続ける。
――渓谷の砦に付いたのは、寝泊まりを十回ほど済ませた後だった。




