もう一つの
長い一日を終えた俺は、これからの事を考える。騎士サンの用意していた物のおかげで、これからの旅もどうにかなりそうと考えた。罪悪感や不安は残っているけど、完全には詰んでいないと前向きに考える。
夜が明けて目覚め、朝飯をお互いに済ませた所で、俺とカーネリアが塔の下で落ち合う。
彼女は相変わらずの手術服もどきで現れる。尋ねてみたんだが、彼女はいつもこの服で塔の中を過ごすらしい。同じ服がいくつもあって、見た目分からないけど昨日とは変えたそうだ。どーにも俺には不穏な物にも見えるんだよな……気のせいか?
「着替えの服も全部同じですよ。あの、何か?」
「あー……いや、俺の変えはどうするかなーと」
「エイト様のを使えば良いのでは?」
「う、うーん……ちょっと気が引けてたんだけど、無いものは仕方ないか」
不審に思われたので、咄嗟に自分の話題に変えてすり替える。実際ちょっと罪悪感が抜けないのは、最後の最後に騎士サンと話したからだよなぁ。
ついでに俺は、彼の残した衣服について伝えておく。
「空いた時間に、入念に小屋を調べていたんだけど……女物の服もいくつかあったぞ」
「? それが?」
えぇ? いや察して欲しいんだが……軽く目を細めて俺は言う。
「……騎士サンが、君に用意した物だと思うけど」
「あー……」
ちょっと気まずい。彼女、ファッションに疎いのだろうか? 白い頬を少し染めて、目をそらしてカーネリアは言った。
「ご、ごめんなさい。私……騎士様以外に姿を見せた事がないんです。衣服もこれ以外は……」
「なるほど。外に出るの禁止されてたの?」
「はい……幽霊になる魔法も、こっそり抜け出すために我流で。エイト様には見つかっちゃったんですけどね」
そもそも他人と交流を断っていたのか……そりゃ外面を気にしなくなるわな。
幽霊になる魔法、亜空間に飛ぶ魔法を使えば、相手からは見えない触れない状態になる。言動を他人に突っ込まれなくなると、人間ってのはどんどん雑になるんだよなぁ……よくわかるよ。
となるとコレ、どう扱ったものか困るな。
「じゃあ……この服は着ない?」
「う、うーん……捨てるのもちょっと……」
「……でも俺が持ち運んでいいのか?」
「あっ」
そう。実は俺は、もう一つ問題がある事に気が付いてしまった。
俺のアイテムボックスに容量限界はない。だからいくらでも物を持ち運ぶ事が出来るけど……男の俺に触られたくない彼女の私物は、どう管理すればいいのやら。
一応言っておくぞ。やましい気を起こすつもりはない。ないけどさ、出会って一日の男を、カーネリアが信用するかは別の話じゃん。
大っぴらに言葉にするのも恥ずかしいので、かなり回りくどく俺は伝えるしかなかった。幸いすぐ通じたから、お互い恥をかかずに済んだけど……間を計る微妙な空気の中で、先に発言したのはカーネリアだった。
「実は……いい方法がありまして」
「本当か?」
方法がある、といった割には彼女の歯切れが悪いな。カーネリアが気を使わなくていいんだから、素直に喜べばいいのに。浅はかな俺の考えは、彼女が塔へ消えた後、持ってきた奇妙な箱に打ち砕かれた。
なんだこりゃ? 塔の建材に似ている気がするけど……上側の蓋に、丸い赤の金属質のガラス玉っぽいのがある。白い箱は所々、直角に曲がった深い青色の筋が通っていた。そのすべてがガラス玉に集中していて……まるで血管と心臓を思わせる。
カーネリアがガラス玉に手をかざすと、箱の上部が外れた。なるほど彼女にしか開けられないらしい。玉手箱のようにも見える箱の中身は、底が見えない暗黒が広がっていた。
「何だこれ……?」
「性能は多分……あなたのアイテムボックスと、変わりがないと思います」
「……は?」
「実はこの中に……」
箱の中に手を突っ込む彼女。しなやかな手が掴むのは、酷く小さなミニチュアの家具、さらに食器や食材、果ては寝具まで出てきた。
そして彼女がテーブルを地面に置くと……小さかった物がぐぐぐっと拡大、巨大化していく。最終的には一般的な、四人ぐらいで囲めるサイズに変わった。
真空パックで圧縮された布団が、大きくなるのを見ているようだった。あれの何倍も進んだ技術バージョンに思えてならない。逆にしまう時は、蓋の水晶を物にかざすと小さくなる。口をパクパクさせて固まる俺に、彼女の表情もさえなかった。
「この箱……道具を小さくして収納できるみたいなんです。中には食べ物飲み物もたくさん入っていて……中身を戻しますから、その後箱を持ってみてください」
指示に従って箱を持つと、俺はその軽さに驚愕した。
家具とか沢山入っている筈なのに、空っぽの箱を持っているような軽さだ。箱そのものも金属質なのに、これじゃあ同じサイズのプラスチック箱より軽いのでは……? ともかく、それぐらい軽い。
確かにこれは、俺のアイテムボックスを彷彿とさせる性能だ。物を圧縮して運べるうえに、重量制限もほとんど無視できる。呆気に取られる俺は、喜んでいいのか悩めばいいのか分からない。
「この中に君の私物をしまっておけば、俺に開けられる心配はないし……いくつ持って行っても平気って事か。ちょっと出来過ぎじゃないか、これ」
「そう。そうなんです。あなたの事は偶然でしょうけど……これじゃあまるで、私が旅する事も予想していたような……」
「確かに……でもそれだけ予想出来るのに、なんで肝心の厄災そのものは防げなかったんだ?」
「わかりません。何か事情があった……としか」
彼女も悩んだに違いない。けれど答えは出せない……か。
なら、悩んで考えるのは、この辺りでやめた方がいいだろう。
「その辺の事も……旅の中で見つけられるといいな。今は前に進むしかない」
「そう……ですね」
釈然としない思いはあるけど、今の俺たちが考えてもしょうがない。瘴気を研究していた人の所なら、あるいは何かわかるかも……
そのためにはまず、この塔を出て……道中にある『渓谷の砦』を目指すとしよう。




