謎を解き明かすために
≪残された遺留品と資料から、この国の王に起きたことを推察した≫
城を巡り、資料を漁り終えた俺たちは、再び塔の下に戻っていた。
着いた頃には、すっかり日が落ちてしまった。ランプを掲げ騎士サンの小屋で、アイテムボックスを使い集めた情報を纏めていく。俺の鈍い頭でもわかるように、カーネリアが話を固めてくれた。
――彼女の予想通り、決して王は諦めた訳ではなかった。
娘さんが魔物化したことを契機に、魔王とか魔族やらへ宣戦布告。ここで討伐隊が出発したらしい。しかし魔王を倒しても魔物化は止まらず、さらに瘴気による魔物化が民衆にまで広がったそうだ。
王まで汚染を受け、有効な解決策もなく正気が削られていく。研究者が送った無茶な召喚術式は、それだけ静かに世界が追い詰められていた……という事か。
疲れた頭を上げて、俺と彼女は顔を合わせた。
「クジョウさん……あなたの召喚は……」
「無数の犠牲の上で成り立っていた……のか。瘴気が平気なのも……」
……俺のチートは攻撃、防御、体力、自動回復にアイテムボックス。瘴気に対する耐性は全くなかった。てっきり転生女神サマが気を利かせてくれたと思ってたが……召喚周りは王様が残した、最後の希望のお蔭だったのか。
苦く唇を結んで、俺は正直な思いを述べる。
「せめてもう少し早く発動してほしかったが……君の言う通り、やむを得ない事情があったんだな」
「……疑ってごめんなさい」
「事情が特殊過ぎるし仕方ないって。もう、これについて言い合うのはやめにしよう」
出会った頃からカーネリアは、俺に不信感を抱いていたけど……これで誤解が解けたならそれでいい。俺がチートスキル周りを隠すためにした言い訳が、その実何割か当たっていた所は運が良かったな。
でも……解けた疑問があれば、新しく生まれた疑問もある。
「瘴気も魔物化も……魔王が討伐される前から有ったのですね……」
「けれど魔王を倒した途端、城下町でも魔物化が起こり始めた……王様は娘の魔物化が、魔王の仕業と考えていたみたいだけど……あ、ちょっと話それるけど、ここで聞いてもいいかな?」
当たり前のように話しているけど、俺はこの世界の事を詳しく知らない。召喚周りも納得してくれた……要は俺が別の場所からやってきたと証明できた所で、俺は彼女に説明を求めた。
「五年前の知識ですけど……」
彼女が眠る前の世界について聞く。平和なころを思い出させるようで苦しいが、これを確認しないと、俺とカーネリアで前提が違ってしまう。今回は主に魔族や魔王について尋ねた。
「魔族はここからずっと東……荒れた大地に住まう存在と言われています。人よりずっと長く生きていて、龍や悪魔のような姿だとか……そしてそれを統べる存在が魔王だと」
「戦争は起きてたの?」
「いいえ……確か敵対はしていましたけど、国境の小競り合いぐらいで……本格的に戦いになったのは、私が寝ている間の、魔王討伐隊だけだと思います」
「……じゃあ実際のところは、大きな問題は起きていなかった?」
「そう……ですね。恐れられていましたけど……」
かなりフワフワした説明が不満だけど、頭のいい彼女でコレなのだから……そんなに詳しく、魔族や魔王について知られていないのか。王様の情報を見るに、何らかの『密約』が仄めかされている。密かに不可侵条約か何か、締結されていたのかもしれない。魔物化を隠したように……魔族や魔王についても、隠された何かがあったっぽいな。
申し訳なさそうなカーネリアだけど、ひとまず聞けただけでも十分だ。世界の謎については脇に置いて、これからの事を考えよう。
この世界が壊れた理由は、世界が瘴気に包まれたから。原因は詳しく分からないけど、そこまでは間違いない。人間を魔物に変えてしまう未知の何か……瘴気について話す。
「誰もこの瘴気についてわかってないみたいだけど……研究していた人がいるんだな」
「マーヴェルさん……エイト様の手帳にも書かれていた方ですね」
「クソ野郎呼ばわりされていたけど……召喚術式と魔物化を抑える薬作ってるっぽいし、実は有能じゃないか? この人」
術を展開したのは王様だけど、基礎理論組み立てたのはマーヴェルさんっぽい。もしかしたら新しい薬も作れていないだろうか? 水色の髪の彼女も同じ思いなのか、王城から拝借した地図を俺の前に広げた。
「私もそう思います。地図の一つに、研究所の場所が書かれていました。ここです」
「……結構遠いな」
縮尺が分からないけど、一目で遠いとわかる距離だ。
はるか遠くに描かれた魔王や魔族の領域は禍々しく、その少し手前に研究所がある。位置は……王国と魔族の領土境界線にあるじゃないか。
たどり着くには大きな砦を超えていかなくちゃいけない。向かうなら何週間もかかるだろう。道中で魔物と戦う事も考えたら、もっと時間を食うだろうな。
一苦労かかるけど……向かう価値はあると思う。確かめるように灰色の瞳をのぞき込むと、決意を固めた彼女がいた。
「……ついて来てくれますか?」
「当たり前だろ」
一人になるのは嫌だし、彼女を一人にするのも嫌だ。何より、騎士サマとの約束も違えたくない。握った手を胸に当てて、俺はカーネリアに笑みを見せる。
「一人では行かせない。敵は全部俺が倒してみせる」
「……ありがとう」
ほっとしたようにカーネリアが息を吐く。断られる不安もあったに違いない。……ったく、見くびらないで欲しいもんさ。こんな世界で、女を一人でおいていけるかよ。
世界はもう救えなくとも……カーネリアを守る事なら、今の俺にも出来ることだからな。




