王の追憶
突然戦闘中に割り込んできたカーネリアに、俺は本気で肝が冷えたが……彼女は骸骨の弱点を俺に教えてくれた。肋骨飛ばしを誘発した所で、隠されていた心臓を貫く。絶命し、一番の脅威を排除した俺達は、協力して王城に残された情報を漁った。
日を追うごとに、我の娘は化け物へと変わっていった。
体が一日ごとに石の肌へ変わり、人としての理性を失っていく。だがなぜか関節は柔軟に動き、禍々しく怪物へと変質していく。奇病としか思えないそれは、魔王の仕業に思えてならなかった。
表向きは重い病と偽り、城深くに幽閉する形で娘を匿う。
最後は実の父親、この国の王たる我の事さえ、娘は分からなくなり……牙をむくようになってしまった。罪人をなぶり殺しにする悪癖があったとはいえ、身内には深い情を持った娘だったのに……
のちに魔物化と呼ばれる症状……国民を、国家を脅かす瘴気汚染。我が娘が最初の発症者だった。
激怒した我は魔王討伐を決意。密約をこちらから反故にする形だが構うものか。国家元首の娘を、このような呪詛で呪うのならば……それは宣戦布告も同一である。
誤算があるとすれば……我が愚息までもが討伐隊に加わった事か。親の贔屓目や威光があるにしても、現場の戦士から強い支持を得るには、実力が伴っていなければならない。
幸い評判が良い所を見るに、決して足を引っ張る腕ではないのだろう。姉を救おうとする意思は尊いし、民衆の士気や支持も高まった。国家戦略としても、決して間違ってはいないが……親心としては複雑だ。
娘が日に日に化け物に変わっていく上、愚息まで魔族の領土に送らねばならぬとは。少しは我の心情も察してほしいものだ。我が愚息よ。
しかし――魔王を討伐し、魔族どもを散り散りにしたのだが、娘は治るどころかますます酷くなっていく。全身は完全に石と化し、力は大の男五人で、ようやく抑え込める怪力と化していた。拘束具の数も三倍に増やし、そしてさらに悪い事に……領民たちが凶暴な化け物と化し、人を襲う事件が耳に入るようになった。
……一体、何が原因なのか。討伐に赴いた愚息は、我と顔を合わせなくなった。姉を救えなかった後悔か、それとも討伐の途中で何かを知ってしまったのか……もう我にそれを知るすべはなかろう。
詳しい条件はわからぬ。人が怪物と化す事件を、どうにか国家ぐるみで隠蔽しつつも、以前から魔族の研究を続ける者に急ぎ解明を依頼した。研究者曰くこの症状は『魔物化』と呼ばれ、以前から存在していたらしい。瘴気と呼ばれる汚染物質が原因とされ、魔族の領土に充満していたものだそうだ。
我は絶望した。愚息は魔族の領土に踏み入った。討伐隊の面々も瘴気を浴びたはずだ。落ち込んでいる理由は、いつ自分が魔物化するかどうかを恐れているからだろう。魔物化が民の間で騒がれ始めたころに、討伐隊が姿を消したことから推測できる。自分が恐ろしい魔物と化す前に、そっと行方を消したのか。
そして……魔物化の脅威は、我の肉体も蝕み始めた。
本当は愚息が返ってきたころから、我の体調は悪化し始めていた。最初は心労が祟ったと思い込んでいたが、どうやら瘴気に汚染されていたようだ。
どういう事だ? この王城は魔族の領土と遠く離れている。娘にしても我にしても……もっと言えば領民たちが『魔物化』する地域も、全てが魔族の領土と密接していると言えない。瘴気とは? 魔物化とは? 狂った娘も検体として提供してまで、研究者マーヴェルに尋ねても、解明を急いでいると答えるばかり。成果は出しているが……恐らく、我の意識が途切れる方が早い。
我の左手は……骨がむき出しになっていた。肉を失った手が、どういう原理か知らないが平然と動く。手袋で隠し公務をこなしていたが……娘と同様に、徐々に我の言動は荒くなっていった。日に日に正気が削れ、さらに市民の魔物化の頻度が増えていく。貴族の中からも発症者が生まれ、我は崩壊の足音を確かに聞いていた。
研究者マーヴェルの薬でも、抑える事が難しくなっていく。あの研究者の怪しげな薬はともかく、効果は確かなので常用せざるを得ない。そんな中あの研究者は、最後にある術式を我に託した。
『瘴気から身を守る結界を、召喚者に付与して異界から呼び出す魔法』
……研究にしか興味のなさそうな男だったが、現状に恐怖を覚えたのだろう。術式に必要な魔力は膨大でとても賄えない、現実的ではない術式の写しを送られた。
しかしこれを発動できれば、世界が瘴気に覆われても希望を残せる。完全な治療薬の目処もない今、残された手はこれだけか。
我は信用のおける魔術師たちを呼び出し、どうにか召喚術を発動させよと命じたが……返って来る答えは芳しくない。しかし一つだけ方法があると言う。恐ろしく後ろ向きで、不安定な方法だ。
魔術師が提案した方法は『生贄』を用いた召喚術。
生命を犠牲に魔力を捻出する外法……だが、これを用いても発動は難しいと言う。捧げる生命が一人分だけならば。
それは本当に、どうしようもない術式。
――これから王国は、瘴気による魔物化の多大な被害を受けるだろう。
その際に多大な混乱と、多くの生命が失われるに違いない。
そこで魔術師たちは考えた。
「混乱の最中で犠牲になった生命を代償に、魔力を溜めて召喚を行う」
――後ろ向きに過ぎる方法だが、他に打つ手はない。
もし我らのすべての抵抗が無駄に終わり、多数の犠牲が生まれた時……
死んでいった者たちの生命を使って、汚染を受け付けない人物を召喚する。
魔法陣さえ生きていれば、いつか必ず召喚が果たされるように調整した。
使わずに済めばそれで良いが、あらゆる希望が途絶えた時……無数の絶望を苗床にして、この術式は起動する。
その際、どれほどの生き残りがいるかは、我にも分からぬが……これが我々に出来る精一杯だ。
不甲斐ない王を、許してくれ。




