失われた世界
墓に遺品を副葬しつつ、俺達は騎士エイトを弔う。彼から剣を譲り受け、これからどうするかを話し合う俺達。女性の名はカーネリア。俺は九条と名乗り、彼女に現実を確かめてもらうべく、もう一度壊れた城下町に向かった。
塔の根元から離れて、俺たちは森の中を進んでいた。
少し進んだところで、俺は彼女に消えておくように指示する。縄張りがどれぐらいかは知らないけど、不意打ち一発で倒されてしまうかもしれない。不信感は残っているけれど、ひとまずカーネリアは言う事を聞いてくれた。
青白い光を発して消失し、俺からも認識できなくなる。説明を聞く限りだけど、彼女側からはこちらが見えているらしい。前に進んでいれば、安全な場所から彼女も現状を知れるはずだ。
城下町の方に進んでいくと、さっそくクソッタレな現実がおいでなすった。ウネウネと木の根を鞭に様にしならせる、化け物植物の群れがご登場。すっと俺は騎士剣を引き抜き、上から真っすぐに振り下ろした。
俺のパワーか、剣の切れ味がいいのかは分からない。ただ初めて使ったにしては上出来だろう。最初の一体は、一撃で縦に真っ二つ! 薪を斧で綺麗に割ったような、なかなかの爽快感だ。
これでビビって引いてくれないのが、化け物……魔物どもの厄介な所だ。奴らには恐怖が欠けている感じがする。仲間が死のうが自分か傷つこうが、相手への殺意が減らない。減らないどころが、増幅している感じさえある。切っても切ってもビビらない化け物相手に、俺は剣を振り続けた。
時々森のカワイイ動物も、醜くなって襲ってくる。殺意の塊になっているおかげで、いくら切っても罪悪感が少ない事が幸いかな。
一通り敵を片付けた所で、俺は周辺に目を配らせた。ギラギラとした敵の感触はない。彼女も安全と思ったのか、青白い光を放って俺の前に背を向けて現れる。倒した死体の方に目を向けて、肩を細かく震わせていた。
「森が……森がこんなことに……?」
「城下町もこうなってる。引き返したいなら今の内だけど……」
「……いえ。待っていても仕方ないですから。ちゃんと現実を見ます」
「そっか……でも辛くなったら言ってくれ」
「ありがとう。優しいんですね」
「……いいや。弱いだけだよ」
ちょっと棘があったかもしれない。つい反射で俺は彼女に言ってしまった。
俺は別に、優しい訳じゃない。そんなものは……なんの役にも立たないことを知っている。だから……優しいって言われると、ちょっと気分が悪くなる。
でも一般論で言えば、この対応はまずかったよなぁ。現に彼女戸惑ってるし。それに今の俺は決して弱いとは言えない。嫌味になっちまったかもな。
心のモヤを隠すように、俺は前に進んでいく。遠巻きに住居が見えた所で、俺はもう一度念を押した。
「キツい光景だろうけど……俺が安全を確保するまで、絶対に出てこないでくれ。心の整理は、後でつけて欲しい」
「……わかりました」
歯切れの悪い声で、彼女は再び亜空へ消えた。
俺は緊張した面持ちで、地獄と化した城下町へ足を踏み入れる。彼女が何を感じているかは分からないけど……まずは一通り、魔物になった人たちを蹴散らそう。
わらわらと元人間と、元家畜の魔物たちが俺を出迎える。
今までは理由もわからず、自衛のために戦ってきたけど――今の俺には理由がある。元に戻す方法もないなら……やるしかないんだ。
「……悪いな」
騎士剣を握りしめて、襲い来る化け物を切り捨てる。全然構えとか振り方とかなってない、素人丸出しのひっどい剣術でも、チートのお蔭で当たれば一撃必殺だ。
哀れな怪物と化した者たちを、へなちょこ剣技て切り捨て、適当キックで壁まで吹っ飛ばす。幸い奴らは積極的に襲ってくるお蔭で、自分で探して殲滅しなくていいのは楽だけどな。
そうして……化け物どもが静かになるまで、俺は戦い続けた。残ったのは骨だけになった死骸と、壊れちまった静かな城下町。虚しい勝利に、とてもじゃないが酔えなかった。
悲しみに暮れる俺の正面に、カーネリアが亜空間からこの世界に戻る。俺の前で口元を覆い、必死に現実を拒むように首を振る。
「嘘……嘘です。こんな……!」
長い眠りについた後に、目覚めてみれば世界が壊れている。
ひっどい悪夢に違いないけど、残念なことに、これが俺たちのいる現実だ。心の底じゃ諦めているけど、俺は彼女にいくつか尋ねる。
カーネリアに縁のある場所……気に入った店とか、公園とか……場所を聞いて巡ってみる。また彼女に隠れて貰って、目的地に向かう度に俺は魔物に絡まれた。
でもダメだ。どこもかしくも荒れ果てていて、辛うじて名残りがわずかに残っているだけ。生き残りの人間も探しちゃいたが、見つかったのは死にたがりぐらいだった。
俺はそいつらを、楽にしてやる事しか出来ない。
重箱の隅をつつくように、希望の欠片を必死に見出そうとする。
でも足掻けば足掻くほど、何もない。もう終わった後だと言う事を、俺たちは思い知らされていった。
……一番最後に回った店の安全を確保する。店の奥は割と綺麗なままで、椅子やテーブルも残っていた。二人分の席を用意した所で、彼女は突っ伏して泣き始めてしまった。
「本当に……みんな、死んでしまったの……?」
彼女がどんな思いで、生きてきたのかは詳しく知らない。
けれど深く悲しみ、嗚咽を漏らすカーネリアの事を……俺はそれとなく同情の目で、見つめるしかなかったんだ。




