名前
女性が見つけた騎士サンの手帳のおかげで、今の現状が雑に理解できた。まだまだ考えるべき事や謎は残っているけど、互いに急すぎて受け入れられない。とりあえずショックから休むように女性に言い、俺は墓を掘り続けた。
穴を掘り終えた俺は、骨粉と騎士鎧を穴の中に静かに入れる。本当は粉状の骨だけでいいんだろうけど、あまりに少なくなっちまった騎士サンの証は、鎧ごと入れてやらないと空白が悲しい。俺も防御は万全だし、別に使わなくても大丈夫だ。しばらく見つめた後に、俺はせっせと埋めていく。
ここの埋葬の形式は分からないけど……適当に石を積んで、後ろに木で十字を作って刺してやる。結ぶロープは騎士サンの小屋から拝借した。他にもいろいろと使えそうなものは、俺のアイテムボックスに格納してある。
「……安らかに眠ってくれ。エイトさん」
名前を呼べるような、親しい関係じゃないが……でも俺は彼の名前に、運命を感じずにはいられない。ここまでくると俺の名前は、呪いみたいで嫌いだけど。
俺はそっと、彼が使っていた騎士剣を手に取る。血の汚れが浮き出ているが、刃のところや握り手はしっかりしている。何とか手入れしてたんだろうな……素人だけど、実感せずにはいられない。
俺は……彼の剣を、騎士エイトの剣を使っていく事にした。
本当は防具と同じで、別に使わなくてもいい。最大パワーを貰った俺なら、素手で殴ろうが剣で切りつけようが、敵に与えるダメージは同じだ。少しリーチが有利になるぐらいで、あんまり大きな利点とは言えない。
それでも……俺は感情で、この剣を持っていく事にする。効率や利点、損得だけで決めていくのは、寂しい事だと思うんだ。
これから何をするかも決めていた。
俺は……彼女を守っていく事にする。あの騎士サンが最後まで、意地になって守り続けたんだ。その上で俺に託したんだ。だったら役目を引き継ぐしかないだろう?
一人感傷に耽っていると、塔の中から彼女が現れた。俺は初めて、真正面から彼女を見つめる。
水色の長い髪が、腰まですらりと伸びている。身長は俺より少し低い。地球基準なら160~165の間ぐらいかな。全身も出っ張った所がなく、腰も手足もすらりと細くて、ちょっと病的なぐらいに白い。目の色は黒い瞳孔を除いて、やや明るめの灰色の瞳。特徴は山盛りだけど、一番は右側に生えた赤黒くねじれた角だろう。明らかに人じゃない部位だけど、彼女は間違いなく、人の心を持っていた。
瞳は充血して、涙の跡がある。手帳を読み返したり、気持ちの整理をつけていたのだろう。塔の中に籠っていたけど、いったいこの塔は何なんだ?
俺の目線に気が付いた彼女が、ぺこりと腰を折って頭を下げる。話したい気持ちをそっと抑え込んで、俺は脇によける。エイトの墓を見つめた彼女は、無言で歩み、膝を折って祈った。
「エイト様……ありがとう……」
しばらく無言で、彼女は墓前で祈っていた。
俺ももう一度、目を閉じて黙祷を捧げる。騎士サンと話せなかったのは残念だけど、希望は繋がったと信じたい。そっと組んだ腕をほどいて、彼女が立ち上がり俺を見た。
「これから……これから私は、町に行って真実を確かめます。あなたやエイト様を、疑う訳じゃないですけど……」
そりゃそうだ。まだ何も彼女は現実を確かめていない。確認したくなるのは当然だった。俺は頷く。
「わかった。俺は君を守るよ。騎士サンに頼まれちまったからな……ところで、君は自分の身は守れる? もちろん俺も全力を出すけど……」
無敵も最強も俺だけだ。彼女まで適応されていない。今までは……自分だけで良いから気楽だけど、彼女を守るとなれば、彼女自身の能力も重要だ。
するとクスリと彼女が笑って、「見ててください」と告げた後――
彼女は、世界から「消失」した。
青白い光を残して、跡形もなく消えてしまう。
これには見覚えがある。確か騎士サンが使った技……? 呆然とする俺の肩に、少しの間をおいてから、彼女の手が二回触れた。ゆっくり振り返ると、イタズラに成功した彼女はクスクス笑っている。
「いつの間に……?」
「びっくりしました?」
「あ、あぁ……今のは一体?」
全く仕掛けが分からない。瞬間移動にしては時間差があり、いつ後ろに現れたのかも分からない。ちょっと考えてから、彼女は今の魔法の説明を始めた。
「私はちょっと、別の空間に入り込めるんです。その間は誰にも触られないし、誰にも見つけられない。壁とかもすり抜けられますから、幽霊になれる魔法……ですかね? エイト様にも教えていました」
「どれぐらい……その、別の空間に潜り込めるの?」
「一時間ぐらいまでなら大丈夫です。だから、私の事は気にしなくて大丈夫。安全な場所で少し休めるなら、私はどこにでも行けますから」
「わーお……」
多分彼女の魔法は『亜空間潜行』って種類だろう。別の空間に移動して、一切の干渉を受けなくなる技だ。SFやサイキック系で見たことあるけど……彼女のは持続が恐ろしく長い。でもこれなら、荒廃した世界でも活動していけるだろう。
俺は大まかにアイデアを纏めて、彼女に提案してみる。
「じゃあ……危なそうになったら、君には別の空間に逃げて貰って、俺が魔物を殲滅する。それで敵を排除出来たら、元に戻って繰り返せば……安全にいけそうかな?」
「そうですね。それで行けると思います。あ……それと今更ですけど、名前を聞いてもいいですか? 私はカーネリア。あなたは?」
――異世界では、姓や名で揉める事がある。俺は日本人だから両方あるけど、名乗り方は決めていた。
「俺は……九条って名前だ」
……本当にすごい偶然だよ。八の次が名前だなんて。彼女も軽く息を呑んでから、優しい笑みで俺の名を呼んだ。
「クジョウ様」
「様はいらない。呼び捨てにしてくれ」
「そういう訳には……じゃあ、クジョウさんで」
「じゃあ俺も、カーネリアさんで」
「はい。よろしくお願いしますね」
「……あぁ」
まだ会ったばっかだ。これぐらいの距離でいい。弔った相手の前で、あんまり親しくするのもな……
そして俺たちは準備を済ませ……彼女の望み通り、もう一度町を見に行くことにした。




