幽霊ちゃん
この物語はタイトルの割にはシリアス、ホラーというにはほのぼのとしています。
題に惹かれて童話を期待した方、絶叫級のホラーを期待した方はご注意を。
夏になると思い出すのは、蝉の声、暑い日差し、生ぬるい汗の伝うくすぐったさ、蜃気楼。
けれど私にはもう一つ。普通では思い出さないような、思い出せないような夏の思い出。
聞いて欲しい。私が体験した、夏の思い出、幽霊ちゃんの話を。
―――ある小学校の裏の共同墓地には、一人の少女の霊が出るらしい―――・・・
その子はまだ夏の初め、蝉がまだ耳に新しいような雨の香りが残る頃にやってきた。
「白木侑鈴」その子は黒板にそう書くと、淡々とこう言った。
「しらきゆうりです、よろしくお願いします」
ゆうり、と名乗った彼女は薄い声でそう言って、席と向かった。
薄い声。そう言うと想像もつかないかもしれないが確かに彼女の声は薄かった。
かすれるのとも違い、蚊の鳴くようでもない、存在の希薄な声。
それはとても美しく聞えた。
彼女は蜻蛉のようだった。
転校してきて数日たっても、彼女はクラスから浮いていた。
いつも薄い布の薄い色をした服を着て、色素の薄い瞳で日陰を見つめていた。
歩き方も頼りなくふらふらとして、ぎこちなかった。
クラスの皆はそんな彼女を根暗だ、陰気だと馬鹿にした。
ある日少し頭のいい女子が彼女の名前「侑鈴」がゆうれいとも読めることを発見した。
その日から彼女のあだ名は幽霊、になった。
私もその様子を傍観してはいたが、本心では彼女の事が気になっていた。
私はこっそりと彼女の事を幽霊ちゃん、と呼ぶようになった。
子供というのは時に残酷な生き物である、というのは実体験としてご存知だと思う。
ある日の事だった。
学校のプールに白い蛇が現れ、大騒ぎになった事があった。
白い蛇というのは不気味な物で、わたしはいまでも白子の生き物なんかを見ると背筋が冷たくなってしまう。
そんなものだから子供心にも皆恐ろしいと感じたのだろう。もしかしたら神聖な気配を感じ取ったのかもしれないが、とにかく皆近寄ろうとはせず、遠巻きに見つめるのみであった。
そんな中、ある女子が「幽霊が追い払ってよ」と言い出した。
そもそも週に一、二度しかないプールの時間だったから、皆入りたくてうずうずしていた。
すぐに矛先は幽霊ちゃんへと向かい、皆「そうだ、それがいいよ」「もしかしてこの蛇も幽霊がよんだんじゃねーの」「気持ち悪い」などと口々に言い出した。
私は幽霊ちゃんはどうするのだろう、泣いてしまうんじゃないかとはらはらしていたが、本人の口から、
「いいよ」という言葉が出たので拍子抜けしてしまった。
幽霊ちゃんはつかつかと白い蛇に近寄るとおもむろに手を伸ばした。
頭に触れると白い蛇は幽霊ちゃんの方を向き、真っ赤な舌をチロチロと見せた。
幽霊ちゃんはそのままプールのフェンスの奥、茂みを手で示した。
「お行き」
それは仲の良い友人に話しかけるような、それでいて畏まったような、不思議な響きを持っていた。勿論、あの薄い声で。
白い蛇は静かに茂みへと這っていき、やがて姿を消した。
暫くの無言が続き、幽霊ちゃんも茂みを見つめたままだった。
何も知らぬ担任が集合をかけ、授業が始まった。
不思議は続いた。
給食の時間に、それは起こった。
一部の小学校では、給食当番という物が存在する。
皆の代わりに配膳を行なったり、食材をよそったりする係りだ。確か私の学校では週単位で交代していた記憶がある。
その給食係に、幽霊ちゃんを敵のように虐めているグループの少女がなった週があった。
勿論その週の幽霊ちゃんの給食は虫入りだったり、床によそわれていたり、デザートどころか食事が存在しない事もあった。
流石にそんな時は担任が気づいて注意していたようだが。
先生に怒られた事によって、少女の怒りは更に増してしまったらしい。子供とはそういうものだ。
ついに金曜日、事件は起こった。
クラスの給食は大きなバケツのような鍋に纏めて入れられている事が多いのだが、その熱い汁物が入ったバケ・・・いや、鍋を運んでいる時だった。
「あぁーっ!」
白々しい叫び声とともに、少女は狙い済ましたように、いや、実際狙っていたのだろう
鍋の中身を幽霊ちゃんにぶちまけた。
周囲の物は皆目をつむった。
教室は騒然となった。担任が慌てて幽霊ちゃんに駆け寄り、「大丈夫か」と問うた。いや、大丈夫な筈が無いだろう・・・
だが皆の予想に反し、幽霊ちゃんは平然とこう言った。
「大丈夫。なんともありません」
皆絶句した。言葉通り、幽霊ちゃんはなんともなっていなかった。
それどころか飛沫の一つも、汁物に入っていた胡麻の欠片すら、幽霊ちゃんにはかかっていなかった。
そして幽霊ちゃんの足元にはなおも湯気を立てるスープが広がっていた。
幽霊ちゃんの後ろにある筈のカーテンが透けて見えたような気がして、私は何度も目をこすった。
その日以来、彼女に手出しする物はいなくなった。
皆は幽霊ちゃんを存在しない物として扱った。おそらく、いや、確実に皆は幽霊ちゃんのことを恐れていた。
それは未知への本能的な恐怖だったのかもしれない。
そして誰もが口にはしないが気づいていた事。それは。
幽霊ちゃんは日に日に薄くなっていくようだった。
透き通った白蝋の肌は更に透き通り、今にも後ろの物が見えてしまいそうだった。
そんな考えは馬鹿馬鹿しい、と思うかもしれない。だが、皆は本当に恐れていた。
そして空がくすんだようなある冬の日、彼女は唐突に転校した。
クラスには安堵したような、そんな空気が流れ、いつしか幽霊ちゃんのことは話題にならなくなっていった。
だが、私はかすかに寂しさを感じていた。
それは、仲間を失ったような喪失感。
そんな虚無感を抱えたまま、季節は少しづつ巡った。
そして、ある日。夏の初め、蝉がまだ耳に新しいような雨の香りが残る頃。
私は幽霊ちゃんと再会したのだ。
学校の裏手にある共同墓地、そこの墓石の前に、彼女は座りこんでいて―――・・・
彼女を透かして、後ろの墓石の文字が読めた。
だから、わたしは・・・
「あれ?貴方はこの学校の・・・ずっと私を見てたね、仲間だとは思ったのだけれど・・・
一緒にここにいる?居心地良いよ」
そう言って幽霊ちゃんは、私に微笑みかけた。
―――ある小学校の裏の共同墓地には、二人の少女の霊がでるようになったらしい―――・・・
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
この作品は、三角飴の処女作となります。
実はこの作品は、私が小学生の時に書いたものを脳内補完しつつ書いたものです。
最初の設定では、彼女達は中学生でした。
そういえばやけに大人びて…大人び過ぎてますよね。
まあ幽霊だから仕方ないということで。
なにぶん初心者ゆえ、至らぬ点などたくさんあると思います。
アドバイス、ご指摘などありましたら是非ともお書き下さい。
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ブログにて、この小説の解説と番外編を書いております。
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