金属バット
グロテスクな描写があります.
太陽が肌を刺すように照る夏, 庭に出したビニールプールの中で笹野純一は涼んでいた. 駆け回る飼い犬と素振りをする父, それらを見て笑う母.
特別何かある訳でもないが不自由はしない穏やかな生活をしていた.
ある日の夜, 純一は知らない男の叫喚で目を覚ました.
息を荒げる父の手には金属バット. 足元には強盗が死んでいた.
警察が来て色々騒ぎになったが, なんとか落ち着いた日々を取り戻したように思えた.
騒動もおさまった頃, 台所に立つ父が魚を捌きながら, 「ここにもいない.」と呟いていた.
晩ご飯はその魚の開きだった.
幾日かして, どこかで買ってきたのか父は鶏を捌いていた. そしてまた「ここにもいない.」と呟く. そんなことが何度かあった.
そんな父に純一は言い様の無い恐れを感じた.
夏休みも明けた頃, 純一が学校から帰ると, 庭で飼い犬が死んでいた. 首を切断され, 腹を開かれ, 臓物が辺りに散らばっている.
「純一, この家のどこかにまだ強盗が隠れているんだ. 気をつけて探さないとな.」
父は台所で包丁と腕に付いた血液を洗い流しながら, 純一を見て微笑んだ.
今まで魚や鶏を捌くたび何か悪い冗談を言っているだけだと自分に言い聞かせていた純一も, 飼い犬に手をかけた父親に恐怖を抱いた.
純一に怯えた目を向けられた途端, 父の顔からすっと笑みが消え, 包丁を掴み純一に突き立てた.
「まさか一番身近なところに潜めばバレないと思ったのか. 粗が出たな. 俺の息子は俺に向かってそんな顔しないんだよ!」
顔は赤く染まり, 目は血走り, 口角が少しばかり上がっている父.
その剣幕に押されて, 純一は腰を抜かし逃げる力も失ってしまった.
父が包丁を振り上げたその時, 父の頭蓋は砕け散った. 血液と脳漿が純一の顔に飛び散り口の中で混ざる. 母は「危なかったね.」と泣いて純一を抱きしめた.
強盗を殺した時と同じ金属バットで父は死んだ.
警察が来たが, いくらか検証をしたのちに正当防衛として母は無罪となった.
その日の食卓には3人分のご飯が運ばれてきた. 主菜はアジの開きだった.
「純一, お父さんはどこに隠れてるのかしら. 見つけたら呼んできてね.」
母はご飯を頬張り笑った.