風の四天王
「その話、乗った!」
「おぉ、それは幸いです」
「じゃあさっさとこの地下迷宮から出してほしいんだけど」
「それはできません。地下迷宮に潜む魔王軍四天王を倒し、自力で迷宮を脱出できたときのみ、谷川玲香と会わせろというのが魔王様からの命令です」
将来の嫁にそんな厳しい試練を与えるなんて、さすがは魔王だな。
「というわけなので、私こと、魔王軍四天王が一角、【地の王】テラルを、まずは倒してごらんなさい」
索敵魔法を発動させると、確かに四つの巨大な魔力反応があった。
でもこのうちどれがテラルなのか分からない。とりあえず近い奴から順番に倒していくか。
「聖魔法【聖雷】」
一番近くの四天王に向かって、聖属性中級魔法を放つ。魔族である以上、聖魔法をまともにくらえばなんらかの反応があるはず。
だが、何も音がしない。手応えも感じない。
「まさか、避けた?」
飛行魔法で反応源に向かうと、無数の竜巻を従える悪魔がいた。
「へぇ、あなたが魔王様の花嫁候補なの。なかなか、歯ごたえのありそうな女ね」
女の魔族か。さっきの遠距離攻撃を避けるとは、なかなか強そうだ。
「私は【風の王】アネモス。殺さないよう手加減はしてあげるけど、死ぬ気でこないと死ぬわよ?」
「ハッ、私も出し惜しみをするつもりはない。もっとも、あんたを殺しはしないけど」
迫りくるアネモスの竜巻を避け、急接近する。ここからなら、鞘の一撃で仕留められる。そう思い、腰の剣の柄に手をかけようとするが……
「あ、私の剣、取り上げられたままだった!」
仕方なく右ストレートを食らわせる。
アネモスは吹っ飛ばされたが、まだ気絶していないようだ。さすがは【風の王】と呼ばれるだけのことはある。
「痛っ」
見ると、右拳に無数の裂傷が刻まれていた。風の鎧でも常時纏っているのか? 素手で戦うには厄介な相手だな。
すかさず回復魔法で傷を癒すが、魔力が残り少ないのを感じた。
無理もない。
ここまでの道中、ずっと【浄華聖焔】を維持したままだったうえに、二度にわたる【尖塔旋穿】の発動をしたのだ。いくらチート級の魔力量を授かっているとしても、これではだいぶ消耗してしまう。
もう上級魔法は使えないな。
上級魔法と剣技が使えない今、頼れるのは徒手格闘の技術だけ。まぁこの世界に来てからそれなりに鍛えていたし、神様からチート級の身体能力も授かっているので、魔族と張り合えるくらいの腕はあるつもりだ。
だが、この相手には効かない。
ならば仕方ない。剣を造るか。
「土魔法【鉄鋼刃】
すると、魔力が鉄分に変換され、即席の剣を造り出した。
「ほう。器用ですね。まるで錬金術師のようです」
ふと、『元仲間』の錬金術師ミダスのことが思い出される。あいつの器用さには及ばないが、あいつの技術を見て盗んでおいた甲斐があったな。
「風魔法【真空刃】・十連」
風の刃が十も襲い来るが、問題ではない。それより私の技の方が速い。
「剣技【玄冬惨斬】」
極限まで温度を下げた水魔法を纏わせ、風の刃をすり抜けながらアネモスの腕に傷をつける。すると、氷の結晶が傷口から広がっていき、アネモスの身体を蝕み始めた。
「うわっ、ちょっ、待って。死んじゃう!」
さっきまでの余裕は消え失せ、アネモスは必死の形相で命乞いをする。
なので、氷が心臓に届く前に止めてやった。
「ハァ、もう負けか。大した技量ね。はい、このメダルをあげる」
「メダル?」
「四天王を倒した証として、魔王様に見せるためのものよ」
そんなイベントみたいなことを企画していたのか。あの魔王は。
「そ。じゃ、受け取っとくわ」
そう返すと、すかさず回復魔法をかける。
「な、別に傷の治療までは要求していない!」
「でも、これから私はあなたの上司の妻ということになる。これくらいするのは当たり前でしょ?」
「ハァ、話には聞いてたけど、ホント。見上げた博愛精神ね」
アネモスは呆れたように呟いた。