旅立ち
翌日、宿屋を出ると、令二が待ち構えていた。
「待ってくれ、玲香。もう俺とは、その、別れるってことなのか?」
令二とは、異世界に転移してくる前から交際していた。
「そうなるでしょ。この文明の遅れた世界で、遠距離恋愛ってわけにもいかないしね。それに、」
私は振り返って続ける。
「あの時私の味方してくれなかったよね?」
「いや、俺は単に、玲香に考えを改めて欲しかっただけで……」
「私の考えは変わらない! 私は魔族を殺したくない」
「なら、冒険者なんてやめればいい。俺が養うからさ。玲香は好きなことをすればいい。それじゃダメなのか?」
「ダメなのは、令二が一番よく知ってるでしょ?」
「うっ」
私が『大きな力を持った者には、それに見合った責任がある』という考えの持ち主であることは、令二が一番よく知っているはず。
「でも、俺は行ってほしくない!」
「ありがとう。でもね、私は私の理想を実現しないといけないから」
「ダメだ、力づくでも引き留めてみせる! 【ヒュプノ……
令二が昏睡魔法を放とうとしてきたので、私は無詠唱の麻痺魔法を放った。令二はそのまま地面に倒れこむ。
「魔法の早撃ちでは、私に敵わないことくらい分かってるでしょ」
「あぁ、分かってたさ。だからとびきりの大魔法を仕込んでおいた」
「え?」
上空には既に、最強の極大魔法、【聖星一閃】の魔法陣が展開されていた。直径は1kmほどあるだろうか。極大魔法は通常、数人がかりで一時間ほどかけて発動する儀式魔法だ。
「正気? あんなもの発動したら、ここら一帯灰になるよ?」
「そのくらい本気でお前を止めたいってことだ」
あれほどの極大魔法、一人で防げるわけがない。ならば、本人に解除させるしかないか。
「あーもう、【解除】」
麻痺魔法を解除すると、令二は立ち上がり、空に手をかざした。すると、靄が風にかき消されるように、一瞬にして魔法陣は消え去った。
「チッ、光魔法による幻術だったのね。いつの間にそんな小賢しい真似を覚えたの?」
「俺がこの五年間、何もしてこなかったと思うか?」
令二は剣を抜き斬りかかってくる。本気のようだ。
だが横薙ぎの一閃を放つと、もう令二の手から剣は離れてしまった。
全く。
剣でも魔法でも私に敵わないということが分からないの?
「じゃあね、令二。私はもう、理想に生きると決めたから。あんたとの関係はもう終わり。魔王討伐、頑張ってね。まぁ私が阻止するけど」
「待て玲香。行かないでくれ!」
「水魔法【瀑奔流】」
私の詠唱とともに、小さめの川でも作れそうな量の水流が街路を走る。令二は防護結界を張っていたようだが、結界ごと押し流されていった。
「もう行くのかい? 気が早いことだな」
振り返ると、ギルドマスターのウトナピシュティムが立っていた。勇者ダルクを筆頭とする私たち勇者パーティは、一応【プライマリースターズ】という冒険者ギルドの所属ということになっている。
「【転移者】の私を雇って頂いて、本当に感謝しています。この五年間、本当にお世話になりました」
「ハハハッ、君のような優秀な冒険者が国外に流出したと知れば、数々の組織が君を狙うだろう。オレイン皇国、ルーライ教会、魔王軍……それらの勢力を退けながら、理想郷づくりとやらに邁進する気なのかい?」
「はい。決めたのは昨日ですが、ずっと、魔族を殺すことに違和感を覚えていたんです。だから、私は、自分の力に見合うだけの責任を果たすため、まずは魔王領を目指そうと思います」
「そうか、残念だ」
そう呟いたと思うと、ウトナピシュティムの姿は消えていた。相変わらず、謎の多い人だ。
ともあれ、決意を新たに、玲香は旅の一歩を踏み出した。