とある行商人
どうか読んでくだされ
「やあ、兄ちゃん。起きたかい?」
目が覚めたのは、荷馬車の上だった。
「ここは…?」
辺りを見渡すとそこは薄暗い森ではなく、なだらかな草原だった。雨もすっかり止み、頬に当たる陽射しが暖かい。
ホッとしたのも束の間、背負っていたものが無くなっている事に気付いた。
「俺のハープは何処だ…⁈」
「なんだい兄ちゃん、あんた詩人かい?ハープなんて持ってたのか…。そいつはいけねえ。値打ちものだからな。誰かに持ってかれたんだろう。まあ、命があるだけ幸運だったと思いな。あの恐ろしい狼がいる森の出口で倒れてたんだからな」
大柄でガタイが良く、でかい声で話す男が、元気だしなとばかりにワインと干し肉を手渡してきた。
「ああ、ありがとう。」
ここ数日ろくな物を口にしてなかったので、ついがっついてしまった。あっという間に平らげワインで流し込むと、男が笑いながら話しかけてきた。
「よっぽど腹が減ってたんだな。無理もねえ。俺はダビってんだ。ここいらで行商をやっている。あと半日程でかなり栄えた街に着くだろう。兄ちゃんもそこを目指してたんだろう?着くまでは乗せてやるから、その荷台でゆっくりしてると良い。」
「何から何までありがとう、ダビ。俺はロビンだ。見ての通り貧乏な吟遊詩人でね。唯一の財産の楽器も失ったばかりだ。大した礼もできない事を詫びさせてくれ。」
ロビンは荷台であぐらをかいたまま、深く頭を下げた。
「なーに言ってんだい。俺は商会や教会の人間を助けたつもりはないんだがね。」
そう言ってダビはニヤリと笑ってみせた。
商人は礼として貨幣や積み荷を渡し、修道士は旅の安全を祈る。ならば吟遊詩人はどうするか。
「それとも、楽器がなければ歌えないかい?」
煽る様に言ってくるのは、それが出来なければ三流だからだ。
「そうだな……今日は気持ちの良い天気だ。そよ風と馬の蹄の音を音色と思って聴いてくれ。」
ロビンはゆっくりと旅人の唄を歌い始めた。