第二話、漆原部活辞めたってよ
第二話、漆原、部活辞めたってよ
「辞めるな! 辞めるならったら辞めるな!」
「だから、もう辞めたっての! 退部届だって提出済みだわ!」
退部届を出してから都合三度目の親子喧嘩が、今朝も勃発していた。
「なーにが、退部届だ、馬鹿野郎! 俺のケツ拭く紙にしてやるから、いますぐ退部届もってこい!」
「顧問がもってるよ。じゃあ、もう、親父が学校に行けよ! 学校に行って、息子の退部届でお尻をふきたいのですが、お借りしてもよろしいですか? って言ってこい! しまいには学校ごと辞めてやるからな!」
「ああ、やってやろうか、やってやろうじゃねえかよ! ああ、そうだな、ついでに学校も辞めちまえ! 男手一つでお前を育てたあげたお父様に向かって、そんな口聞くクソガキに高等教育は勿体ねえ!」
「それが実の父親の言う台詞かよ! ああ、もう、ほんとお前んとこに生まれるんじゃなかったわ! 失敗したわ! 大失敗だ! もっとましな人間の精子になればよかった!」
「仕方ねえだろ、俺だって別に仏壇の前で手合わせて、お前が母さんのマンコから顔を出しますようになんて祈ってなかったわ! 母さんと愛し合ってたら、お前が勝手に顔出してきただけだろうが! 天国の母さんも悲しんでいるわ! ゴムつけとけばよかったわ!」
「ああ、悲しんでるだろうよ! 子供の前で母さんのマンコなんてパワーワードだす親父の無神経さに! もう、アンタとは金輪際縁を切る! 縁を切って、ぼくはぼくで暖かい家庭を育んでやる! 教会でとり行うぼくと愛する奥さんの結婚式にも絶対参列させないからな!」
「おい、ちょっと待って、流石に今のは、聞き捨てならねえぞ!」
「なにがだよ」
「うちは仏教だ。式は寺でやれ!」
「そっちかよ!」
「あと、あんまり辛気臭い顔すんな。これでも食って元気出せ」
言って親父は、包みを投げてよこす。
「試作品だ」
そして自信ありげににやりと笑う。
「なんだよこれ」
包みを開けると、さくさくしたパン生地のなかから、革靴で蒸れきった靴下のような臭いが立ち込めた。
「納豆キムチ酢だこパンだ」
「食えるか、こんなもん!」
「……そうか、食えないか」
「……なんだよ」
「はは、口に合わねえならしょうがねえよな。……くそ、自信作だったんだけどな。……店頭に並べて、飛ぶように売りさばこうと考えていたんだがな」
「お前、こんなもの店頭に並べようと思ってたのか」
本気かよ。
景観を損ねるぞ。
自営業だからってなにしてもいいわけじゃないんだ。
「…………。」
あからさまに悄然とする親父だった。
「……いいよ、わかったよ。もってくよ。もってくから素で落ち込むのだけは勘弁してくれ」
ぼくは嘆息し、包みを小脇に抱えた。
腕時計を見ると、すでに短針は八時をまわっている。
「そろそろ、学校行ってくる。夕飯一応用意しておいて」
「ああ、夕飯ももちろん、納豆キムチ酢だこパンだ」
(飛ぶように売りさばくんじゃねえのかよ。売れ残るの想定してんじゃねえかよ……)
親指を立てる父親にこころのなかでツッコミを入れつつ、ぼくは玄関の戸を肩で押し開けた。