その四
はじめに、ぼくはカラオケ店に向かった。
二時間フリードリンク制だ。唄いまくりだった。
タブレット端末から曲選択をし、最近のお気に入りであるポルカドット・スティングレイやサチモスなんかを唄ってみる。
しかし、気分は今一つ盛り上がらなかった。マイクの音量やエコーのつまみをいじっても、思ったとおりの声がでないし、そうしているうちに次第に持ち唄も尽きてくる。
「…………。」
タブレット端末を置き、勝手に流れる安室奈美恵のライブ映像をぼんやり眺めていると、なんだかひどく気分が滅入っていった。
唄が上手く唄えたところでなんなんだ?
それでぼくの人生に何かしらの展望がひらけるというのか?
炭酸の抜けたメロンジュースを飲みかわし、90分の時間を残してカラオケ店から逃げるように退散した。
ぼくは間違いなく戸惑っていた。
さっきから世界が色あせてみえる。なんだか上手くピントが合わなくて、自分の存在だってどこかぶれているような気がする。
古着屋へ向かい、なにかすがるようなまなざしで、リーバイスのジーンズやフレッドペリーのジャージを見つめても気持ちはあがらなかった。むしろ食い入るように見つめすぎたせいで、胸の奥の倦怠感が増してしまったくらいだった。
やばい、やばい、やばい、やばい。
すっかり食欲もなくなってしまったぼくはラーメン屋に立ち寄らず、ゲーセンには目もくれず、人通りをぬけ、入り組んだ路地をぬけ、高架下をわたり、小走りで近所の公園に向かった。
拳銃でうたれた大根役者のように芝生へこてんと横になり、そのまま尺取虫のように身をよじる。
「意味がねえ」
ぼくはたまらずそう呟いた。
呟いて、あたまを抱えた。
──意味がない。そう、意味がないのだ。
たとえ、カラオケでいい点とったところで、
それか、タイトなジーンズ履きこなしたところで、
もしくは、ゲーセンでハイスコアをたたき出したところで、
あるいは、納豆キムチラーメンを腹いっぱい食べたところで、
全部、ぼくの生きる意味になんかならない。
──じゃあ、ぼくの生きる意味っていったいなんだ?
ちょっと前までは、バスケがあった。
でも、それはもう無理だ。
何日か前に、そいつはガラクタになってしまった。
努力では超えられない壁というものを知ってしまったせいで、あんなにキラキラしていたものたちが、いまでは鬱陶しく感じてしまう。
やけに目障りで、意味のないことに思えてしまう。
へらへら笑うチームメイトの顔や、途中交代を懇願する不甲斐ない自分、そして軽蔑のまなざしの彼女や、既読がついたのに一切返事のこないLINEのことを思い出してしまうと、あたまが爆発しそうになった。
「お母さん。あの人泣いてるよ?」
気づけばぼくはさめざめと泣いてしまっていた。
「つらいことがあったんだろうね」
砂場より送られる親子の生暖かい視線に背を向け、相変わらず返事のこないトークルームを見つめ、がらくたばかりになった世界を呪い、ぼくは、
ふと、部活を辞めようと思った。
以上がぼくの近況だ。
ひどい話かどうかは、もう各自で判断して決めてほしい。