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その二

ぼくはバスケが好きだった。

小学生のときからガードをやっていて、県の選抜にも選ばれたことがある。コート上でぼくよりクイックネスのある選手なんていないと思っていた。いるとしたらそれはきっとアレン・アイバーソンくらいのもので、ぼくは根っからのフィラデルフィア・セブンティシクサーズファンだった。2000─01シーズンのロサンゼルス・レイカーズとのファイナル第一戦は、両手の数じゃたりないくらい見返したし、バスケマガジンは毎月購読していた。部活だって一度もサボらなかったし、外周の日だって文句ひとついわず練習に参加していたんだ。

 ぼくはバスケが好きだった。

 昔から身体を動かすことが好きだったんだと思う。

ぼくがぼくなりに抱える思春期特有の青臭い煩悶や不安、それに恐怖だって、コートのなかではうまく置き去りにすることができていた。

 もちろん、何年もつづけていれば嫌な思い出だってあるさ。

とくに夏場の練習は地獄だった。

卓球部の連中に「外から風がはいると練習にならないから」と体育館を閉め切られたときなんて最悪で、室内はサウナ状態。顧問の檄が飛ぶなか、ぼくたちは濡れネズミになりながらコートを駆け回る。「足を止めるなよ、暑さでばてていたらこのさき話になんないぞ」

そう叫ぶ顧問をぼくは腹のなかで呪った。

PTAに訴えるぞ。

倒れるやつがいたらどうすんだってな、具合に。

抗議の意を込めて睨むと、しかしぶっ倒れていたのは顧問だった。

あとあと部員の間で笑い話になったのは、いうまでもないことだと思う。



ぼくはバスケが好きだった。

 驚くことに、バスケのおかげで他校に彼女だってできたんだ。

あれは、同地区の商業高校で試合をした日のことだった。

試合が終わり帰り支度をしていると、三人組の女の子に話しかけられ、そのうちの一人から手紙を渡された。漢字ってのはよくできているもんで、姦しい団体さんだったことを覚えている。

八重歯がチャームポイントの勝気な女の子、

そんな第一印象だったと思う。

手紙にはまるっこい字で、ぼくが一番試合で目立っていたことと、これからできればぼくと友達になりたいといった内容が書かれていて、恥ずかしいはなしぼくはすっかり観天喜地の有頂天になってしまった。

さっそく手紙に書いてあるINEのIDを検索し、彼女にコンタクトをとった。

それからとんとん拍子で、何度かデートをして付き合うことになり、次会うときにはもしかしたらキスとか、いやあるいはそれ以上のことができるかもしれないと、妄想を膨らませていた。

部活も恋愛も順風満帆。

そのころのぼくは自分に過度の自信をもっており、外法様もかくやの鼻の伸びようだったと思う。

そしてぼくのそんな自尊心は、たった一回の試合で木っ端みじんに打ち砕かれることになった。



ある日、インターハイの常連校とうちが試合をすることになったのである。

練習前のアップの段階で、チームメイトは敵チームの雰囲気にのまれどこか浮き足だっていた。一個上のキャプテンにおいては「ダブルスコアにならない程度には頑張ろう」と弱気な笑みを浮かべる体たらく。なに寝ぼけたこと言ってんだとぼくは思った。


観戦にきている彼女の手前、情けない姿を見せるわけにはいかず、もちろん負ける気もさらさらなかった。


そう意気込んでのぞんだ試合だったが、結論から言うと、ぼくは相手のガードにすっかり子供扱いされてしまった。

スキルや高さ、そしてスピードだって完全に負けていた。

やつはあざけるようなユーロステップで、ぼくに何度もしりもちをつかせた。回数なんて覚えていない。数取り器で数えていたやつがいたとしてもきっと途中でおっくうになって止めてしまったはずだ。

前半を終えるころには、ぼくたちはすっかり戦意喪失してしまい、観客席からは冷やかしめいたヤジが飛んだ。しまいにはチームメイトも情けない顔してへらへらしはじめる。余裕ぶった態度をとってみせるも、みんな一様に涙目だった。

 第三クォーターから、相手はメンバーを総入れ替え。

雰囲気でわかった。

全員下の毛もはえそろわない一年坊だった。

「かえてください」

ぼくは顧問にそういった。

もう、コートに立ちたくないと思ったんだ。一秒でも早く家に帰って布団にくるまり、シロップ16gとかアートスクールみたいなダウナー系の音楽を聴きながら、自分をなぐさめ眠りにつきたいと思った。

 ベンチに引き下がる間際、観客席の彼女と目が合ったことはいまでも鮮明に覚えている。

彼女は頬杖をつき、カビの生えたフレンチトーストを見るような目でぼくを眺めていた。そこにはじめて会ったときの尊敬の念はなく、あるのは乾いた軽蔑だった。

 ぼくはベンチに座り込み、ポカリスエットを飲みながら弁明の言葉を探した。

そうしているうちにふと、自分がまるで見世物小屋にいれられた動物であるかのような気持ちになった。


試合が終わると当然のように彼女はいなくなっており、携帯を見ると代わりにLINEにはこんなメッセージがはいっていた。


「ごめんね、弟のピアノの発表会があるから今日は先に帰る! ほんとうは、試合終わったあと会いたかったんだけど、お母さんに弟の晴れ舞台だからどうしても来なさいって言われて……(どんよりした顔の絵文字)ほんとうに今日はお疲れ様でした(なんかキラキラした絵文字)また今度応援にいかせていただきますので! (ガッツポーズの絵文字)それじゃあ、またねー!」

 

どこか開き直ったかのような嘘に、ぼくはしかたなく苦笑した。

 それ以外、なにもやりようはなかった。

 アレン・アイバーソンだって同じ立場なら、きっとそうせざるをえなかったと思う。


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