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言葉のない街

作者: 桧

 


 ある日、角が生えた。

 僕の角は鹿みたいで、お父さんの角は鬼みたいだった。

 友達には水牛みたいなの、街行く知らない人は羊のようなそれ。

 みんな少し困ったけど、すぐに慣れてしまった。たまにぶつける程度。気にならなかったといえば嘘だが、お気に入りの図書館で調べてもよくわからなかった。世の専門家も、お手上げだった。


 みんな時間に追われていたからそれどころじゃなかったんだと思う。その時、僕の国は金融危機がなんだとか、最低賃金がどうしたとか、戦争だとかで揉めていたから。神の御技と讃えて騒ぐ人もいた。


 不思議と切り落とそうとする人はいなかった。神からの賜物とか考えていたんじゃなく、単純にそんな余裕もなかったのかもしれない。それか、自分の手を切り落とすようなものだからかも。どちらかはわからなかったけど、余裕がないのは確かで、僕のお父さんもよく怒っていたし、よく僕はそのせいで殴られた。僕は本に逃げていた。


 そのまたある日、僕の角がお父さんの角に少しだけぶつかった。

 僕は引き攣る喉を絞ってお父さんに謝ろうとした。でもできなかった。殴られると思って身構えたけど、いつまで経っても衝撃はこなかった。むしろ真逆の感覚が僕を襲った。

 お父さんはポカンとした顔をしていた。僕もしていたと思う。

 だってその時、角を伝って何かが流れ込んできたからだ。

 暖かで穏やかな、懐かしい感覚。

 お父さんが唐突に泣き出してしまったので、僕はその感覚にゆっくり浸ることはできなかったけど、あれはお父さんの感覚だったんだろうか?


 程なくして、角に何かしらの伝達力があることがわかった。大人の人達は大騒ぎしていた。子供は気味悪がる子と、楽しそうに角を触れ合わせる子に分かれた。

 伝わる感覚は様々で、あたたかかったり、つめたかったりした。


 だんだん、僕らは言葉をもちいなくなった。


 うまく伝えられなかったら、角をそっと触れ合わせる。それで喧嘩も終わったし、悲しいことものりこえられた。

 でも、難しいことを考えるのがむずかしくなった。頭の中であいまいな感覚が渦巻いて、うず巻いて、きえてしまう。難しいことをつたえるのもむずかしくなりはじめた。そのことに気づいた言語学者が騒ぎ立てたが、誰も聞こうとはしなかった。僕ももう、本で調べようとは思わなかった。


 そのうち、時計を見ていても時間が流れている感覚がなくなりはじめて、僕は時計を棄てた。

 お父さんは別人みたいに大人しくなって、僕とよく角を触れ合わせたがった。伝わってくる感覚を見るに、どうもお母さんのことを思い出しているらしい。穏やかな顔は、僕を通してお母さんを見ていた。


 次第に、家の中と外の区別がつかなくなった。寝るときもいつの間にか寝ていて、いつの間にか起きている。うとうととして、また微睡みに落ちていた。





 それから、どれくらいたっただろう。


 時間という概念も、薄らいでいた。

 移り変わる景色を眺める。


 もうなにも、かんじない。


 そこにいるのは、だれ?


 意味を持っていた周囲から、概念が消え失せる。

 急速に意味を失う世界を見ても、心を覆う逼迫と怯懦にすら気付けなかった。


 つのにふれる。


 これがぼくだ。


 ぼく……?


 つのをなでた。


 あたたかかった。


 実存が消える。


 そして世界も、消え去った。

めでたし、めでたし。

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