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Filling Children  作者: 笹座 昴
1章 家族
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6話 愛(下)



 休憩の時間に入ったらしく、下を向いた俺の耳に、何人かが部屋を離れるような足音が聞こえた。


「春、聞こえていますか? こちらからは判断できないので、聞こえていたら軽く咳をしてもらえませんか?」

再びそっとささやくルーの声。まだ何人かすぐ近くに残っている気配を感じるので、不自然に思われない程度にこほこほと軽く咳をする。

「よかった。ちゃんと聞こえていますね」

ほっとしたような声。

「春。私は今、春の制服のボタンの中にいます。上から2つ目です。触れてもらうと、もう少しこちらからの声がはっきり聞こえると思います」

初めて知った事実にかなり驚いた。ACSRの奴らに見えないように前に倒れ込むように下を向いたまま、手首が縛られているので祈りのようなポーズで、制服のボタンを頑張って両手でつかんだ。

「春、聞こえますか?」

今度は、ルーの声が先ほどよりもクリアに聞こえた。はっきりと聞こえるルーの声に、いつものように返事をしたかったけど我慢する。

 ルーは俺の制服に何を仕込んでいるんだよと、俺はそのことにやっと苦笑した。

「すみません……首のCOMNを壊された直後からここに移っていたのですが、この部屋は電波暗室になっていて、今まで外界とアクセスするのに苦戦していました。もう、外とパスを通せて救助の連絡は送ったので、いずれ助けが来るはずです」

ん? ルーは外部からこのボタンを経由して俺に話しかけてきているのだと思っていたが、このボタン自体が小さなCOMNで、ルーは今この中にいるのか。首輪型以外に腕輪型など、COMNに他の形があるのは知っていたけど、こんな大きさのものもあるなんて初めて知った。

「春、私はまた外との連絡にかかり切りになりますが、もう少し待っていてください。必ず助けますから」

俺を心配するルーの声に、こっちこそ心配させてごめんと言いたくなった。



「私たちACSRはロボットが管理している現代社会に危機感を抱いている」

部屋を出て行った数人はまだ帰ってきていなかったけれど、尋問が再会されたようだ。のろのろと顔を上げると、席に着いているのは2人。先ほど声を発したリーダーと思われる50代の男性の方に顔を向けた。

「君は、そうではないようだね」

まるで危機感を抱かない俺が『悪い』と決めつけるような口調だ。


 ルーが呼んでくれた助けが来るまで、あまり余計なことを言って、この人たちを刺激しない方がいい。けれども、話しかけられているのに全く返事をしないのは不自然だろう。

 しばらく考えて、怒られない程度の内容で返事をすることに決めた。

「人は、正しいんでしょうか?」

「人が誤った選択をするから、ロボットに管理されるべきだと言いたいのかね? 人が犯す過ちは許されないと」

さっそく意図せず怒らせてしまったようだ。だけど、何というかこの人たちは話の極端な部分に、自分で話題を持って行こうとする感じがする。

「いや、そういうことを言いたい訳ではなくて――ロボットって元々人が楽をしたいから作ったものですよね? じゃあ、ロボットが今していることも、元はと言えば人間が望んだことではないでしょうか? そのことについてロボットを責めるのはお門違いというか……」

「春義君。君が言いたいこともわかる。けれど、過去に決まったことを、ただ受け入れ続けるままでは何も変わらない。私たちはそれを変えようと集まっているんだ。君にもそれをわかってほしい」

リーダーの男性は、強い信念が感じられる様子でそう言った。


 この人たちは自分たちが正しいと、正義だと思っているんだろう。このまま自分たちが何もしないと、ロボットに人が支配されるようなそんな社会がやってくると信じているのだろう。

 そう信じるのは勝手だし、実際そうなる可能性もゼロではないが、それを俺に押しつけないでほしい。過去の選択が正しかったか――Fチルが失敗だったかどうかなんて、後の世代のやつが適当に決める。これまでの歴史はそうだったし、もうそれでいいじゃないか。


 でも、そんなことを目の前の人に言っても絶対に伝わらない。

 どうしようかと、意味のない議論に、ぼんやりとどう答えるかを考えていると、足音がこちらに近づくのが聞こえた。その中に先ほどの女の人の姿が見えた。

「すみません。頭がぼんやりとするので、しばらく寝ててもいいですか」

「あぁ、休みたまえ」

部屋に残っていた2人が入れ替わるように立ち上がる。女性が席に着く前に、首を傾けて寝たふりをした。

 誰かが尋問席に座った気配を感じる。だけどACSRの奴らも目をつぶった俺を放っておいてくれた。



 寒い。

 何もせずに目を閉じていると寒さが身に染みる。30分ぐらい寒さに耐えながら寝たふりを続けて、せめてマフラーだけは返してほしいとそう言おうかと迷っていたときに、ルーから連絡が来た。

「春。聞こえますか?」

通信用のボタンを握っていないので、ルーの声が聞こえにくいが、微動だにしていなかった俺が急に動くのも不自然なので仕方ない。

「あと5分で救出隊がそちらに到着します。その部屋までの侵入経路は問題ないのですが、出入り口が一つしかないので、突入の際に今部屋の中にいる人たちに春が人質に取られる可能性があります」


 あと5分! その連絡に喜ぶが、ルーの指摘通り、両手・両足を縛られている今の俺では確かに人質になりかねない。けれども、はじめに力いっぱい頑張っても外せなかったこれを、今更簡単に外せるとは思えない。

「――そこで、私がここから音波で部屋の中の人を攻撃をします。この端末の出力では全員を気絶させることはできませんが、10秒くらいは稼げるでしょう。幸い電波暗室なので、反響音も通常よりは小さく済みますので、少しキーンとするかもしれませんが、春には実害はありません」

ちょっと待て! 今言葉を発してはいけないのに思わずそう声に出そうだった。


 ヒューマノイドは人に害を与える行動を著しく制限されている。そのルーが緊急時とはいえ人を攻撃――人に怪我をさせるようなことをして本当に大丈夫なのだろうか。

 そんなことを考える俺の声が聞こえているかのように、ルーの言葉が続く。

「はい。人に攻撃した私に対して、どのような処分が下されるかはわかりません」

処分。その言葉の意味を心が拒否する。


「それに、攻撃の際にこの端末は確実に壊れますので、バックアップをまだ送っていないここ3日間のデータは高確率で消えます。でも春。仕方ないんですよ。それ以外の解は、最善からはほど遠いので」


 何で俺はこんなところで縛られているんだろう。何で俺は、今ルーに話しかけてはいけないのだろう。


「えっと――今だから言っちゃいますが、たまにこの端末から学校での春の様子を覗いていました。春に隠していたのは、その……言ってしまったら、今日何があったかを家に帰ってきてから私に報告してくれないでしょう?」

夕飯を食べながら、今日の出来事を話す俺を、いつもニコニコしながら見守っていたルー。


「来ました。あと30秒です。春は巻き込まれないように気を付けてください」

ゆっくりと数を数えて、徐々にテンポが速くなってしまい、俺は途中で諦めた。心臓の鼓動が聞こえる中、ルーに何かあるんだったらもう助けなんていらないと、そう言おうと口を開きかけたときに声が届いた。


「春、大丈夫です――『愛して』いますよ」


 その言葉が合図だったかのように、部屋の照明が一気に消えた。高い耳鳴りのような音が現れては消えたあと、真っ暗になった部屋に人のうめき声が響く。

 縛られた足で少しずつ椅子を引きずって、出入り口の方にじりじりと移動しているときに、部屋の扉が突然バンッと開かれた。


 警備ロボットの光る目がやけにはっきりと見えたあと、突入してきた公安部隊に俺は保護された。




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