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Filling Children  作者: 笹座 昴
1章 家族
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5話 約束


「春、今週の日曜空いてるか?」

晃久のその声に、COMNから俺の視界の左端にスケジュールが自動展開される。今週の日曜のマスにはちょうど赤丸がついていた。

「あー、その日はルーと博物館だ。ちょうど特別展がやっているんだが、晃久も行くか?」

晃久は俺をじっと見てから「いや、いい」と軽く首を振って、俺たちの隣にいた友人の耕助(こうすけ)の方を向いた。

「耕助。春は、また、ルーとデートだってさ」

「またかよ」

自分の携帯端末を見ながら、慣れた様子で「また」と言う耕助を見て焦る。いや、俺はそんなにしょっちゅうルーと出かけているわけじゃない。それに――

「ルーと博物館に行くと、気になったところとかすぐに調べてくれたり、家に帰ってから3Dモデルで再現してくれたり、色々と楽しいんだぜ? 説明者いらずと言うか……」

俺が慌ててそう説明すると、耕助は携帯端末から顔を上げた。

「春は真面目だなぁ」

『真面目』。その言葉に反応して、俺の視線が自然に晃久の方を向く。まぁ、こいつと比べたら、確かに俺は真面目だと思う。


 俺と一緒に晃久を見ていた耕助が何か遠くを思い出すような目で、話を始めた。

「俺さぁ、高校入るまでFチルとか会ったことなくて、入学式の日に金髪美女連れてFチルすげぇって度肝を抜かれて、ある意味感動したんだけどさ……まぁでも、春って至って普通だよな……」

耕助の期待を裏切ってしまったらしく、反射的に「ごめん」と謝ってから、真面目な補足が口から出た。

これ(晃久)と同じくくりにするとか、俺たち全国のFチルに失礼だ」

「そうだよな……」

再び俺たちの視線が、今日も金髪美女を肩にしなだれかからせている晃久の方を向いた。


 哀れみの視線を向けられた晃久は、不本意だと言うかのように少し眉を上げたあと、突然何かを思いついたようににやにやと俺の顔を見た。

「ヒューマノイドに、わざわざ自分と似たような顔をさせている春君に言われたくはないなぁ」

「えっ、あれってそういうこと!?」

『そういうこと』ってどういうことだよ。

「待て! ルーのあの姿は昔からだぞ? 俺が頼んだわけではないからな?」

俺は急いで真剣にそう説明をしたが――二人は俺の説明など聞いてはいない。


「性癖……」「うわぁ、すげえ高度」

二人はちらちらとこちらを見ながら、ひそひそと会話している。『高度』って何だよ。


 鳴り止まないひそひそに

「何なんだよ! お前ら!」

俺がついにキレると、二人は喜んでいた。




「はぁ……」

「春。疲れているようですが、何かありましたか?」

晩ご飯を食べている途中で、急に今日の話を思い出してしまってため息が出たらしい。そのルーは、今日も俺の姉のような顔で俺の向かいの席に座っていた。

「今日……」

『ルーにそんな格好をさせているのは、俺の性癖なのかと友人に聞かれた』が正しい説明だけど、ルー相手に性癖云々の話をするのはまずいというか、俺がしたくない。

「あー、今日。学校でルーがどうしてその姿なのかと聞かれた」

ここで止めよう。

 俺が顔を上げると、ルーはキョトンとした顔で自分の姿を見回していた。

「変ですか?」

「そうじゃなくて……何で俺に似ているのかって」

ルーが自分の姿を確認するのをやめた。

「春の遺伝子情報は所有していますので、そこから計算しました」

「いやまぁ……そうなんだろうけど……」

聞きたかったのは、『どうやって』ではなくて『どうして』だったけれど、『どうして』と真面目に聞くには、ルーにべったりで泣き虫だった小さい頃のことが思い出されて、俺は何だか気恥ずかしくなってしまった。

 ルーは歯切れの悪い俺の様子を見て、首を傾けている。

「変えた方がいいですか?」

「いや……いい。そのままで」

若干気恥ずかしく思いながら俺がそう答えると、ルーはにっこりと笑った。


 あれ? 結局これって、俺がルーにそういう格好させていることになるのだろうかと、後日気がついた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「結構混んでるなぁ」

「日曜日ですから」

特別展の入り口に十数人以上の人が並んでいるのが見える。その最後尾に足を進めて、ルーと一緒に並んで待つ。入場制限がかかっているらしく、出た人の数しか入れないので、進みはゆっくりだ。

 俺たちの前にいる大人と子どもの二人連れの男性の方が、興奮した様子の子どもに腕を引かれて中腰になっているのが見えた。


 こういう人の多い場所に来るといつも思う――一体何人の人が、ルーのことをヒューマノイドだと気づいているのだろうか。

「春。入りましょう」

笑顔のルーにそう声を掛けられて、携帯端末をかざして俺たちは中に入った。


 案内用の端末は俺たちには必要ないので、素通りしてさっそく展示場に入る。ここの展示は豪華なので、展示が変わるたびにチェックして、面白そうだったらルーと来るのがいつの間にか俺とルーの習慣になっていた。


 今回の特別展のテーマは『宇宙』だ。

「うわ、すげー。今回も凝ってるなぁ」

一歩中に入ると、展示場全体が宇宙空間のようになっていた。足元を見ると、まるで星の中を歩くような感じで――思わず立ち止まって虚空にいるように見える地面の感触を確かめてから、顔を上げて空に輝く星を眺めた。

 しばらくしてから顔を下ろすと、俺もきっとこんな顔をしていたんだろうなと思うような顔で上を見上げている子どもたちの姿が見えた。邪魔しないように通路の真ん中から端まで引いて、周囲に飾ってある展示物に移る。


 真っ先に目に入ったのは、巨大な青と緑の球体――そう地球だ。

 ぼんやりと宇宙空間に浮かぶ地球の巨大模型に近づくと、俺の顔の斜め下に説明文が自動的に現れて、ガイド音声が耳に届いた。

 宇宙から見る地球の姿。本物はこれよりも遙かに大きくて、真っ暗闇の中ぼんやりと青く輝くその姿は、きっと想像を絶するくらい美しいものなのだろう。


 記録映像を使ったバーチャル体験はいくらでもできるけど――碧い星に手を伸ばして、指先に小さなノイズが発生するのが見えたときに手を引いた。

 そろそろ行こう。まだ入り口から5歩も進んでいない。


 進路に沿って、暗い通路の間に浮かぶ恒星の立体映像や、本物隕石の模型を順番に見ていく。説明文までじっくりと読んで、この辺りのものは大体見終わったなと思ってから周りを見渡すと、いつの間にか俺一人だった。展示物に夢中になっているうちに、ルーとはぐれてしまったらしい。

 通路沿いにルーの姿を探す。キョロキョロ視線を動かしても見つからないその姿に、COMNを使ってルーの位置を検索するが、人が多いからか今日は正確な位置がわからない。

「春。左手の壁です」

突然COMNから届いた小さな声に顔を上げると、俺から見て左の壁の近くで、ルーがこちらに向かって小さく手を振っていた。

「ルー、ごめん」

ルーが首を振ってから、俺の顔をのぞき込んで笑った。

「いえ、楽しいですか?」

「あぁ」

心からそう答えてから、ルーにも聞く。

「ルーの方はどうだ?」

「展示場の元のデータを受け取っているのですが、データ量が多いですね……まだ3割ほどです」

ルーはそう言ってから、俺を見つめて申し訳なさそうに笑った。

 データを受け取る? その言葉が引っかかりながら、展示場を見回す。ルーはいつもは自分で見て、自分で展示物の3Dデータを集めている。データを真剣に集めるその姿に、ルーも楽しんでいるのかなと思っていたけど、今日の展示でそうしていないのは――

「俺には、周りがきれいな星空に見えるけど、ルーから見ればそうじゃないのか」


 ルーたちヒューマノイドは俺たちよりも遙かに多くの情報を瞬時に処理できるけど、視覚や触覚、嗅覚など一部のセンサは、俺たち人よりも現状では遙かに精度が落ちる。

 それを補うために複数のセンサが取り付けられて相互補完しているそうだが、それは俺たち人が感じるものとは最早別物だ。


「はい。この星空は、人の目から見たときに美しく見えるように最適化されているようです。私たちの目は、人の目とは構造が異なりますから」

ルーはそう言って、少し寂しそうな顔で笑った。

 ルーの横まで移動して、ルーがデータをすべてダウンロードするまで壁にもたれ掛かりながらゆっくりと星空を眺める。

「あの、春がよければ行きましょう。次の展示会場は明るいようなので、私でも見えます」

「いいのか?」

顔を横に向けると、ルーが頷いた。

「はい」

ルーの笑顔に、わかった行こうと壁から離れて明るい次のエリアに向かった。



 次のエリアに移動すると、ルーが言ったように先ほどは一転して明るい空間で、『人間と宇宙の歴史』に関する展示が行われていた。その中央に、大きさの違ういくつかの機械が並んでいる。

「これは、宇宙探査機か……」

いくつかレプリカではなく、本物もある。その隣に、それぞれの探査機の成果が3D動画で紹介されていた。ルーと一緒に古いものから順に見ていく。


 さきがけ、はやぶさ、あかつき――そして端まで来た。最後の一番新しい探査機の前に立ち、その探査機の帰還した年が書いてあるプレートに手を伸ばす。

「2067年。一番新しいもので、今から『20年前』か……」


 その日本最後の宇宙探査機の隣に、20年前に締結された『国際宇宙開発停止条約』の説明文が主張するように掲げられていた。


 2067年、日本の人口が急減する一方で、世界人口が100億人を突破し、食糧と、特に水不足が世界中で深刻な問題となっていた。世界人口は少なくとも2100年までは増え続け、ピークは120億人程度になる。それを越えれば、世界人口は減少するが、少なくとも60年間は世界人口が100億人を超えた状態が続くと予想された。

 そんな中2067年当時、国際河川を共有する国間での緊張が高まっており、水や食糧の不安を解消することが、世界平和のために急務となっていた。その対策のための資金源として、矛先を向けられたのが宇宙開発だ。


 状況を一言でまとめると、宇宙開発なんてことを悠長にしている場合ではなかった。

 水・食糧不足が解決しなかった場合、暴動が起こった国々で何が起こるかはわからない。そして世界各国は地球を破壊するには、十分過ぎる火力をそれぞれ保持していた。その一方で宇宙開発が水や食糧問題の解決につながるには、まだまだ時間がかかる。

 そこで宇宙開発を一旦打ち切って、そこに使われていた資金や労力を水や食糧問題に回すという考えが提案された。細々だが脈々と続いていた宇宙開発を止めることによる損失は計り知れないけれども、異常とも言えるほどの人口を抱える世界は、本当にそんなことをしている場合ではなかった。


 こうして『国際宇宙開発停止条約』は2067年に締結され、現在では天気予報等に使われる一部の人工衛星を除き、ロケットの開発や射出は完全に停止されている。

 この条約は人口が100億人を下回る2140年頃まで維持される予定だ。




 簡単な引き算をして計算する。

「2140年ってことは、俺は72歳……」

俺もそのころにはおじいちゃんだ。俺の力ではどうしようもない不条理に虚しさを感じながら、突っ立って条約文を眺めていると、ルーが俺の隣に並んだ。

「今は停止されていますが、宇宙旅行は再開されるかもしれません」

ルーが俺の顔を心配そうにのぞき込みながら、励ますようにそう言った。宇宙開発が停止される前の2060年代は、庶民が簡単に払える額ではなかったが、お金さえ払えば一般人でも宇宙に行くことができた。


 宇宙旅行か。

 暗闇に輝く青い星。それはきっと……

「そうだな、そうだといいな」

そう言うしかなくて、俺はそう言ってから再び条約文を見上げた。


「そういえば、ルーは今のボディでそのまま宇宙に行けるのか?」

俺がふと頭に上がったことを聞くと、ルーはしばらく考え込むように斜め下を向いた。ネットで検索しているのだろうか、それともそういうことに詳しい別のヒューマノイドに確認しているのだろうか。

「放射線で誤動作する可能性があるので、このままでは無理なようです」

「そのときは、宇宙探査ロボットでも乗っ取るか」

俺が笑ってそう言うと、ルーも「そうですね」と笑っていた。



 その後、少しお土産屋を覗いてから特別展を出た。

「楽しかったな」

建物から出て、冬でも圧倒的にまぶしい外の日差しに目を細める。

 俺が時代のせいで宇宙に行けないのは悔しいけど

「俺が生きている間に宇宙に行けなかったとしても、ルーが代わりに見に行ってくれよな」

ルーはいつか俺の代わりに見に行ってくれるだろう。そう考えると少し悔しさが紛れるような気がして、俺は軽い気持ちでそう発言した。


「春は……春が死んだ後、私がどうなると思いますか?」

突然ルーが足を止めた。振り返ると、ルーは真剣な顔で俺の返事を待っていた。

「どうなるって、政府で働くんじゃないのか?」

ルーの上司のカーラさんは、今は政府で働いているが、昔は養護施設で働いていたそうだ。ルーも俺から離れるときは、同じように政府で働くものだと思っていた。


「私もそうだと思ってはいますが……」

ルーはそう言って、下を向いて黙り込んでしまった。

 政府で働くのに何か問題があるのだろうか? ルーを待っていると、ルーは珍しくためらいがちに口を開いた。

「春。春のことが命令系統から消えたとき、私は『私』なんでしょうか?」

「えっと……」

ルーが何を言いたいのかが、俺には即座に理解できない。

「いえ、思考マップで言えば、私が私であることには変わりはない。ですが春がいなくなった場合、得られる解はきっと今とは異なるものになるでしょう。それは果たして今の『私』と同じ個体だと言えるのでしょうか?」

頭が追いついていないが、眉間に力を入れながら頑張って頭の中で話を整理する。

「ルーは俺が死んだら、自分が別物になるって思っているってこと?」

俺がそう聞くと、ルーは少し考え込んだあと、自分でも納得したようにこくんとうなずいた。

 そもそもこれは何の話だっただろうか。思い出してから口を開く。

「あー、わかった。じゃあ宇宙には一緒に行こう」

どうしてこういう流れになったのか、最後はよくわからなかったけど――


 ルーは嬉しそうに「約束です」と笑った。




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