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Filling Children  作者: 笹座 昴
1章 家族
6/56

0x04: Sorry


 2073年8月2日


「ルー! まだぁ?」

早く遊びに行きたい様子の春の腕をつかんで、しっかりと日焼け止めを塗り込んでから、青い帽子を被らせる。

「日差しがまぶしいので被ってくださいね」

春が帽子のつばを自分で後ろに向けてから、私を見上げた。

「ルー! 行こう」

「はい」



 最近、春は私と手を繋ぐのを嫌がるようになったので、公園までの道のりを周囲の車の動向を警戒しながら進む。公園に到着して、やっと警戒レベルを下げた。

「あっ、タカちゃんだ!」

最近春と友だちになった男の子が公園にいるのを見つけて、春が駆けだした。

「春、怪我をしないように気をつけてくださいね!」

「わかった!」

春が大きく返事をしてから、高揚した様子で友だちに話しかけていた。


 公園には危険のものがたくさんある。遊具など安全率が規定値を下回っているし、砂場など雑菌の塊だ。だけどそんな場所で遊んで、怪我をして風邪を引くのも、ゆくゆくは春の抵抗力を上げ、春の成長のためになるのだと、カーラには何度も言われている。

 将来の春のためにそれが良いことなのは理解している。けれども怪我をしたり風邪を引いたりして苦しむのは、『今』の春なのだ。


 人はどうして苦しまないと伸びない部分があるのだろう。どうして苦しみを切り離すことができないのだろう。

 ベッドの中から苦しそうな顔で私に手を伸ばす春の顔を思い出しながら、私は一人静かにベンチに座った。

 ベンチに座って、春が友だちと笑顔で遊ぶのを今日も見守っていた。



 仲良く遊んでいたと思っていたのに、いつの間にか春が友だちと何か言い争いをしているのが見える。春はもう5歳になった。過保護はいけないと散々カーラには注意をされていたので、はらはら思いながら見守っていると、春が突然両手でその子を押した。

 その男の子が尻もちをつくのが見えて、急いで春のもとに駆け出す。春が本気で押したわけではないのはわかったけれど、尻もちをついた男の子は驚いたのか泣き始めてしまった。

「春!」

やっと到着して、男の子と春の間に割って入る。春の方を向いてしゃがんで春と目線を合わすと、春は「だって……」と私から目をそらすように言い訳を始めた。春の話を聞くと、友だちが私のことを悪く言ったそうだ。

「春」

優しく呼びかけたが、春は私と目線を合わせようとしない。

「春。こちらを見てください」

少しきつい口調で言うと、春は驚きながらも、ゆっくりと私の目を見た。

「だめです。人に暴力を振るってはだめです」

「だって、ルーのこと!」

「春、ありがとう。でもだめです。謝ってください」

私がそう伝えると、春は納得のいかない様子で俯いて泣き始めた。しばらくしてから、春の口から小さな「ごめん」の言葉が出た。


 泣いている春のことが気になるけれど、尻もちを着いたまま泣いている男の子を起こそうと、手を差し伸べる。

「春がごめんなさい。怪我はありませんか?」

私の言葉に、男の子は私を見上げて強く睨んだ。

「何なんだよ。こっち来んなよ、ロボットが!」

男の子は私の手を大きく振り払って一人で立ち上がり、そのまま後ろを向いて走って公園を出て行ってしまった。



 私の対応が何か間違っていたのだろうか。それが何なのかは気になるけれど、まずは泣いている春を慰めようと後ろを向こうとした瞬間――


『L-04725動くな』

上位指令が私に届いた。それだけで私は指一本動かせなくなる。


 誰か周囲の人が、公安に通報したのだろうか――私が子どもたちに、何か悪いことをしたように見えてしまったのだろう。

 5分後、到着した警備ロボットに私は回収された。


 幸いにも近くの監視カメラが音声まで拾っていたので、この件は査問会にかけられずに済み、私は3人の人間の管理官との面談の後に解放された。

 ただ、すべての調査が終わるのに2日もの日数が経過していた。その間、一人児童養護施設に預けられていた春を迎えに、私は急いで春が待機している施設に向かった。


 自動運転車のコントロールを一時的に乗っ取り、法的に許される最短経路、最高速度で春のもとへ進む。児童養護施設に着き、あらかじめ監視カメラで調べておいた春がいるとわかっている部屋に直接向かって、扉を開いた。

 春は部屋の隅で、一人地面に座り込んでいた。

「春? 大丈夫ですか? 帰りましょう」

そう声をかけると、下を向いていた春は一瞬びくっと肩を反応させた後、ゆっくりと顔を上げた。

「ルー……?」

虚ろな目をした春と、目が合う。

「はい。ルーですよ」

春を安心させるために笑顔を向けると、春はくしゃっと顔をゆがめてから、大声で泣き始めた。

「ごめんなさい。もうあんなことしないから。ルーは悪くないから。連れて行かないで!」


 春は大泣きしながら、何度も私に向かってごめんなさいと言った。

 春が泣き止むまで、春を抱きしめて、その背中をゆっくりと叩いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「春、今日は何が食べたいですか?」

手を繋いで並んで歩く春にそう聞くと、春は赤い目で私の顔をじっと見上げてから顔を下に向けた。

「オムライス……」

その小さな声に、春の手をぎゅっと握る。

「わかりました。卵を買って帰りましょう」

うきうきとした声を作ってそう答えてから、今日は卵の上にケチャップでどんな盛大な絵を描こうかと検索していると、春に手を引かれた。

「ルー、あのさ。あの日、お昼に何か作ってたよね」

「チャーシューです。お昼はラーメンにしようと思っていたので」

春好きですよねと春に聞くと、春は私に笑顔を向けた。

「あのさ、まだ、食べられる? チャーシュー食べたい」

家の冷蔵庫に直接アクセスして、雑菌状況等、健康面や味に問題がないことを確認する。

「大丈夫ですよ。晩ご飯はラーメンでいいですか?」

「ラーメン? えっと、オムライスとチャーシューが食べたい!」

どっちも! と春はキラキラとした目で私を見上げていた。

 その顔を見て、くすりと笑う。

「春は、欲張りですね。では、両方です」

「やった! ルー、早く家に帰ろう!」

「はい。帰りましょう」

大きく手を振り始めた春と呼吸を合わせるように、私も腕を振った。




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