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Filling Children  作者: 笹座 昴
最終章 Filling Children
43/56

9話 アポイントメント



 カーラさんに会う約束をしたのは、俺が何度か行ったことのあるカーラさんの働いている官公庁の建物だ。晃久は初めてらしいので、俺は駅で晃久と待ち合わせをしていた。

「おーい、春!」

待ち合わせ時間の少し前だけれど、晃久は俺より先に来ていた。そして駅の柱にもたれかかる晃久は俺の姿を見て、眉をひそめた。

「春。お前なんで学ランなんだよ」

呆れたその声に自分の姿を見下ろした。俺だって休日だし少しは悩んだけど、でもこういうときにどんな服を着ていくべきかがよくわからなくて制服にした。少なくとも制服がダメということはないだろう。

「公の施設だから……」

小さい声で俺がそう言い訳すると、ただの白いシャツのはずなのに、俺から見てもおしゃれに着こなしているように見える晃久はため息をついた。

「今日は女性に会いに行くんだぞ」

「晃久。カーラさんは俺が小さいころからよく知っている」

「あのな、春。何があるか分からないのに、絶対に何もないだろうって適当な服着て外出歩く、そういう気の抜き方がだめなんだぞ」

俺の本質を突くその言葉に、ぐさりとダメージを受けていると、晃久はルーの方を向いた。

「ルー。春にちゃんと教えてやれよ」

「晃久君。実は、私もよくわかりません。私の服装は、いつも上下一式で、ファッションAIに選んでもらっています」

「だめだなお前ら」

そう言った晃久の後ろには、今日もレミーネの姿はなかった。

「無駄話はこれくらいにして、そろそろ行こう。今日は……ありがとう」

晃久のその声で、俺たちはカーラさんとの待ち合わせ場所に向かった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 入り口に特に何も書かれていない背の高いビル。その直立姿を晃久と並んで見上げてから、ルーに続いてエントランスをくぐった。

「2012会議室で待っているとのことなので、高層階に繋がるエレベーターに乗りましょう。こっちです」

日曜なので、仕事はお休みらしく人の姿はない。すぐにやってきたエレベーターに乗り込んで、俺たちは20階に向かった。


 エレベーターを降りてから、ルーは弧を描いて左右に別れる通路の右側に進んだ。通路に広がる窓から、東京の町並みが一望できる。

「春」

その声に引き戻されて顔を前に向けると、扉の右上に『2012会議室』の文字が見えた。

「では、開けますね。カーラ。ルーミスティです」

その声で扉が自動的に開かれた。扉は開いたけど、ルーはその扉の前で立ちつくして中に入ろうとしない。

「ルーミスティ。こんにちは」

部屋の中から響いたのはカーラさんのものではない、少女の声だ。入り口にはルーが立っているから、その声の持ち主の姿は見えない。

 入り口で立ち止まるルーに「入らないのか?」と声をかけるとルーがゆっくりとこちらを振り返った。ルーの顔に張り付くような笑顔が浮かんでいる。

「ただいま、カーラに問い合わせをしています」

どうしたのだろう。不思議に思ってルーの体の横から中を覗くと、長い黒髪の驚くほどかわいい顔をした女の子と目があって、笑顔で手を振られた。頭が一瞬白くなったけど、俺の手は勝手に手を振り返していた。

「まさか連絡しなかったんですか?」

今度は男の人の声だ。

「ええ。していないわ」

「驚いているじゃないですか」

「驚かせたかったの」

「何が驚かせたかったのですか……」

男の人の呆れたその声のあと、「ルーミスティさん。入ってください」と声がかかる。

「ルーミスティ。入り口で突っ立っていないで、入ってくださいな」

続いた少女の声と共にルーが足を踏み入れたので、俺たちも後ろに続いた。奥のテーブルの中央に淡いピンクのワンピースを着た少女が、その左隣に黒のスーツを着た男性が座っているのが見える。少女の顔を見た晃久は、予想通り目を輝かせていた。

 少女は俺たちの顔を見て、順番に微笑んでからルーに視線を戻した。

「ルーミスティ、ごめんなさい。今日カーラには、急遽子守の仕事が入ったの」

「国のトップの会合を子守と表現しないでください」

国のトップ? 男の人の言葉を無視して、笑顔の少女の言葉は続く。

「だから私が対応することにしたわ。でもあなたの要求には、私が応じるのがきっと一番早いでしょう? それに今日は日曜日で、少し暇なの」

そう笑顔で言ってから、俺たちの顔を見て順番に微笑んだ。

「紅茶とコーヒー、どちらがお好みかしら」

この少女と会ってから様子のおかしいルーを心配していると、俺の隣で晃久が

「紅茶で」

と即答していた。



『ルー? こちらの方は?』

COMNを通じて、頭の中からルーに話しかける。話の流れでは、この少女はカーラさんの代理だ。ルーはまだ落ち着きがない様子で俺の顔をちらりと見てから、少女に視線を戻した。悩むように俺の方に再び視線が戻る。

『春――』

「私はアテナ。A-0000。通称アテナよ」

「ヒューマノイド?」

晃久の言葉に「ええ」と少女が微笑んだ。

「失礼」

晃久が俺の後ろを通り過ぎて、ぐるりと会議室の反対側に向かってから、座っている少女の真後ろに立った。

「近づいてもいい?」

「ええ。いいわよ」

晃久は少女の後頭部に向かって軽くしゃがみ込んだあと、首の後ろに鼻を近づけた。


 晃久は立ち上がって少女に一言「ありがとう」と告げてからこちらに戻って来た。

「本当にヒューマノイドだ」

「俺は、山崎奏吾(そうご)。こいつの監視役といったところだ。それで――えっと、臭いで分かるの?」

俺が疑問に思ったことを代わりに聞いてくれて内心喜んでいると、晃久が山崎と名乗った男の人の方を向いた。

「臭いではなく、皮膚の薄い首筋の皺です。ここが一番目で見てわかりやすい。臭いを嗅いだのは、近づいてみると何か甘い香りがしたので、何の香水を付けているのかと気になって」

「へー……」

淡々と説明する晃久に、なるほどとヒューマノイドの女性二人が感心している横で、俺たちの顔は少し引きつっていた。

「それで、アテナさんは何者なんだ」

晃久はルーにそう聞いて、当のアテナさんは

「アテナでいいわ」

と答えてから、にこにことルーを見上げてルーの反応を待っている。


 ルーは何かをためらうように、アテナと山崎さんの顔を順番に見たあと口を開いた。

「アテナは、日本政府のスーパーコンピュータの外部インターフェース――私たちすべてのヒューマノイドを設計した、最上位システムです」

「そうよ。私は、ヒューマノイド中では偉いの」

アテナはそう言ってから、よいしょと机に手を着いた。

「私は紅茶の準備をしてくるわ。座って待っていてくださいな」

「アテナ。私が――」

「ルーミスティも座っていて」

その一言でルーがすとんと席に着く。

「私も少しは成長したのよ? 見てなさい」

アテナが笑顔でそう言って部屋を出て行った。



「うちのボスがすみません。君たちも座って。どうぞどうぞ」

山崎さんにそう促されて、6人掛けのテーブルで俺たちは山崎さんたちと向かい合うように座る。

「さっき名乗ったけど、俺は山崎奏吾。君たちは?」

「俺は、春義。こっちは晃久です」

初めましてと頭を下げられたので、俺たちも頭を下げた。

「で、こういう質問を俺からするのは非常に申し訳ないんですけど、これって何の会議?」

俺と晃久が、無言で視線を向けると、山崎さんは困ったように頭を掻いた。

「ボスに今朝電話で『来い』とたたき起こされて、来たけど事情を聞いてないんです。すみません……」

疲れた様子で俺たちに謝っているその人を見て、ちゃんとした大人って大変なんだなと同情した。

「ボスは、誰か監視役がいないと人に会えない。だから、俺が呼ばれたのはわかるけど……」

俺は、俺が説明していいのかを悩んで晃久の顔を伺ったけれど、その晃久は黙っているから、山崎さんの視線はルーを向いた。でもルーも少し俯いたまま答えない。

 困っている山崎さんを見て、どうしようと焦っていると、背後でドアが開く音がした。

「お待たせしたわ」

急いで立ち上がって後ろを向くと、アテナが紅茶セット一式が乗った大きなトレイを持って立っていた。「持ちます」とトレイを受け取ってから、テーブルの上に置く。

「私が入れるから、春義君が入れてはだめよ」

アテナの言葉に、ポットに伸ばしていた俺の手が止まる。アテナは俺たちの後ろを回って自分の席に向かいながら、口を開いた。

「山崎。今日の議題は、晃久君最愛のレミーネの所有権を持つご両親の対処法についてよ。レミーネはヒューマノイドで、晃久君の親代わりだったの――Fチルみたいにね。それで、そのレミーネの所有権を晃久君のご両親がお持ちなのだけれど、そのご両親は一言で表現するとゴミなのよ」

途中までは良かったけれど、最後のその一言で空気が固まった。

「アテナ。人のご両親をそのようにおっしゃるのは――」

「あらだってそうでしょう?」

自分の席に座ったアテナは、ルーを見下ろしてから、向かいに座る晃久をまっすぐ見つめた。

「人間の子どもは、生存戦略の観点から、極力、親を慕おうとするものよ。どんな親でも頑張って好きだってって思い込もうとするの。でも、晃久君はそれを止めた。ご両親が嫌いなのでしょう? 殺したいと思うほど、はっきりとそう言えるのでしょう?」

アテナの迫力に押されるように晃久は顔をあげてから、「そうだ」と小さく答えた。

「未成年の子どもにそう思わせるような親は、親がおかしいのよ」

アテナはそう告げてから、ポットに手を伸ばした。

 なぜか緊張した様子で、カタカタと食器を揺らしながら紅茶を入れるその危なっかしさに、その場に居た全員が手を伸ばそうと中腰になった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ふー。終わったわ」

皆の緊張が解けてどさっと椅子に座る。俺の目の前に置かれた紅茶は、あれほど頑張って入れたのだから、きっとすごく価値があるのだろうとそう思えた。

 口を付けてから、「ありがとう。美味しいです」とそう伝えると、少女はふわっと笑った。頭ではヒューマノイドだとわかっている――でも本能はきっとわかっていない。そんな笑顔だった。

 俺の隣の晃久は、半分以上を一気に飲み干してから、カップを置いた。その視線が、俺たちの顔を観察しているアテナに向く。

「アテナ。俺がどうすればいいかを教えてくれ。何でもする」

晃久からこぼれたその言葉に、アテナが言葉を返す。

「あなたの取れる行動は無数にある。その中から私が最適な解を提案するには、あなたの要求が必要だわ。私に解を求める、あなたの望みは何かしら?」

「俺の望み……」

「そうあなたの望みよ」

晃久は考え込むように、一度視線を逸らした。

「春もそうだけど、そういうことを聞かれるのは、ほんと初めてなんだ」

「頑張ってちょうだい」

アテナは黙り込んでしまった子どもを見つめるように、優しい表情で晃久を待っていた。



「俺は、レミーネと一緒に居たい。いや、たぶんあんなクソ野郎にだけは取られたくないって気持ちが一番だ。それが俺の望みかな」

答えが見つかって少しすっきりとした様子の晃久に、アテナは自然と言葉を返した。

「他には」

「他?」

「そうよ、他には? あなたの望みはたったそれだけなの?」

晃久はアテナの言葉に動揺しているように見える。

「たくさん願っても叶わない」

「そんなことないわ」

「そうなんだ。たった一つの願いさえ、俺にはまともには叶わない」

本音を吐露するその言葉に、アテナは無表情だ。

「どうして?」

「どうしてって、この世界はそうと決まっている」

「決まってなんかいないわ。これまでの経験からあなたはそう判断するのかもしれないけど、日本社会を、あなたが嫌いなあなたのご家庭と混同しないで。もし仮に、今の余裕のない日本で、あなたのご両親のような人しか存在しないとしたら、社会が一瞬で崩壊するわ。でも見渡してみても、そんなことはないでしょう?」

あまりに晃久の両親をこき下ろすその言葉に俺が驚いていると、晃久は感情を隠すように下を向いて頭を抱えた。そんな晃久に、アテナは母親のような、穏やかな表情を向けている。

「私は、日本の最高の演算能力を持つスーパーコンピュータ。さて、あなたの望みは何かしら。言ってみなさいな」


 額の前で手を組んで、晃久は顔を隠している。その張り詰めた空間から俺は逃げそうになった。

 

「俺は――」

晃久は一度そこで、言葉を切った。

「レミーネと一緒に居たい。たぶん全部ただの嫉妬だ。だけど、それでも、あんな奴には取られたくない……」

「他には?」

一瞬の間のあと、言葉は続いた。

「俺は大学に行きたい……俺だって、普通に大学に行ってみたい」

晃久から出てきた新たな望みに、アテナは大きく頷いた。

「わかったわ。じゃあ、次は」

「次……?」

「そう、次は? もう終わりなの?」

『次』と言う言葉に、深く考えるように間が空く。そして――


「俺は……俺はもう、あいつらに会いたくない」

自分の世界に閉じこもるように、下を向いて表情の見えない晃久を俺は横から見ていたが、そんな俺が心を落ち着けるために目を逸らして自分の手を見てしまうくらい、晃久の声は震えていた。

「俺は、あいつらのことが殺したいぐらい嫌いだ。だけど、俺は、人に対してそんなことをしたくない。俺はもうこれ以上、そんなことを考えたり、そのことで悩んだりしたくない」

「うん」


「あと、俺は、春と友だちでいたい」

思わず顔を上げて、隣を見た。

「俺が、春のことが嫌いになって、春にそう告げる日まで、春に俺と友だちでいて欲しい」

俺はいつか嫌われる前提なのかと困惑していると、アテナの視線を感じた。優しい笑顔の後にCOMNから音声が届く。

「『ずっと』ですって」

意味がやっとわかって――いや違うんじゃないかと、動揺してあたふたとしていると、晃久は手をほどいて顔を上げて、そのままどさっと椅子にもたれ掛かった。


「レミーネの一番は俺じゃない。レミーネの一番は、レミーネの担当したFチルのままだ。そして2番も俺じゃなくて、あのクソ野郎。ほんと何なんだろうな。気分的には彼女に忘れられない死んだ元彼がいる上に、親父の愛人をやられているような気分だ」

晃久は淡々と、いまいちピンとは来ないが、辛いことは伝わるたとえをした。


「俺は――ずっと誰かの一番になりたかったんだ」

晃久はそう言ってしばらく椅子に座り込んだあと、体を起こした。しばらく考え込んでからアテナに告げる。

「俺の願いは、これくらいだ」

「それで全部なのね?」

「ああ」

しっかりと頷いた晃久を見て、アテナは微笑んだ。

「あなたは、お金は欲しくないのね。私が人に欲しいものを聞くと、お金と健康が多いわ。あなたは今健康だから、健康が必要ないのはわかるのだけど、お金も出てはこないのね」

「えっ? ああ、忘れてた――」

「忘れてたってことは、あなたとって、少なくとも今は重要ではないってことよ」

晃久が何かを言う前に、そうアテナに先にまとめてしまった。


 アテナは俺たちの顔を順番に見て、にっこりと微笑んだ。

「うん、わかったわ。それではすべての望みを可能な限り満たす最適解の探索を始めましょう」




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