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Filling Children  作者: 笹座 昴
最終章 Filling Children
41/56

7話 決意



「晃久。悪い、俺は何て言えばいいのかわからない。何を言っても、失礼になりそうなんだ」

ずっと黙って聞いていた俺が、色々と考えた上に正直にそう謝ると、晃久は笑った。

「俺こそ悪い。急に変な話だったな」

「変な話じゃないだろ」

「そうか?」

「そうだ。変な話じゃない」

敢えて何でもないように、軽く表現しようとする晃久を俺は止めたかった。


 再びしばらく無言になって、神社の境内を流れる風を肌に感じる。

「晃久。さっき警察に連れて行かれたのは、もう大丈夫なのか?」

「相手が一応父親だから家庭内問題で厳重注意だ。俺に関することだから、あいつの方が大事にはしない」

本当のことのようでほっとした。

「その……何があったのかを聞いていいか?」


 晃久は考えるように前を向いている。一度俺の顔をちらりと見てから、また視線を前に戻した。

「あいつの中では……あいつのもとにやってくる不幸は全部俺が悪いことになっている。俺がいるからこんなに迷惑しているのだと、あいつはいつも俺に懇切丁寧に説明してくる。俺も慣れているから話半分に聞いていたけど、でもいい加減うんざりして、挑発してやったら平手打ちされた」

晃久はどう猛に笑った。

「その瞬間、もう本気で殺そうと思った。こいつさえ居なくなれば、レミーネが連れて行かれずに済むし、大学の授業料で悩むこともなくなる。つぎに何かあったらもう殺そうと、俺はずっとずっとそう考えていたはずのに、なのにどうして……」

晃久は顔を隠すように額に手を当てた。


「なんで俺はあんなことを思い出すんだよ。あいつにとってあれはただの気まぐれだ。あんなくだらない記憶、いい加減忘れればいいのに――あのまま振り下ろせば、全部終わったはずなのに。どうして俺は……」

はき出すようにそう言った晃久の声は震えていた。



 殺そうと思ったけど、殺せなかった。まとめるとそういうことなんだと思う。

 俺は自分でも驚くほど晃久のお父さんのことはどうでも良かったし、正義感を振りかざすつもりはなかった。晃久も俺に肯定してほしいわけじゃないのはわかる。


 だからしばらく黙っていたけれど、聞き逃せない言葉を、小さく確認する。

「レミーネを連れて行くってどういうことだ?」

無視してくれても構わないと俺は思っていたけど、晃久は(うず)めていた手から顔を上げて、こちらを見た。

「俺たちは今年で18歳で、成人だろ? だから大学に行きたければ金は自分で工面しろ、レミーネは置いていけだとよ」

晃久は、当たり前のことを話す口ぶりだった。


 俺たちは確かに今年で成人だ。だけど、それはあくまで法律的なものであって、俺たちにはまだ学ぶべきことがある。それに、レミーネを置いていけ?

「晃久。それは――」

「ずっと昔から決まっていた。始めからだ」


 レミーネを置いていく。大学の費用を自分で稼ぐ。考えたこともなかった話に、すぐには言葉はでない。

「晃久。ひとまず、今住んでいる家を出ることになったら俺の家に住めばいい。余分な部屋はないんだが、ルーに頼めば大きな家に引っ越すこともできるかもしれない」

「春。迷惑は掛けられないから、俺は高校を出たら働く」

「せっかくここまで勉強してきたんだ。そんなの勿体ないだろ」

もっとなにかいい手はないかと必死に頭を動かしている俺の横で、晃久は困ったように笑っていた。

「春。いいんだ」

「遠慮するなよ、俺は別に――」

俺は本当にそう思っていた。


「春、ありがとう。だけど俺は、人に頼ることに慣れていないんだ。俺はきっと迷惑をかけ続けることに耐えられない。だから……悪い」

驚いた顔をした俺を見て、晃久は「悪い」とその言葉を繰り返した。


「全然悪いことじゃない。俺の方こそごめん」

何で春が謝るんだよと、晃久は軽く笑って俺を慰めようとしていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺は別に迷惑だと思っていない。だけど晃久はそうじゃない。

 お調子者で人懐っこく見えて、だけど人と明確な一線を引いている晃久。

 人に心を開くことができるか、人を本当に頼ることができるかどうかは、幼い頃に母親との間に正常な愛着を形成できたかによって決まるらしい。だから俺たちFチルには例外なく『母親』が作られた。


 そのことを俺たちFチルは教わったからよく知っている。だけど、知っているからと言って何になるというんだろう。だから晃久はああなのかと、今日話を聞いて腑に落ちただけで、今更俺は何もできはしない。

「何だかな……」

晃久と別れてから、色々と考えて見たけれど、椅子にもたれ掛かって頭の中で浮かぶのは『わかる』ということだけで、それに対してできることは何も浮かんでこなかった。


 せめて俺が、返さないでいいから使えよとポンと晃久にお金を渡せたらいいのに。金なんてあるときは気にならない大した存在じゃないのに、ないときはどうしてこうも人を苦しめるのだろう。


「だめだ。一人で考えるのはやめだ」

だらしなく机の上に置いていた足を降ろして、自分の部屋を出てリビングに向かう。日が傾いてきて少し暗くなったリビングで、ルーが洗濯物を畳んでいた。

 ルーの手が止まって、こちらを見上げる。

「ルー」

「なんでしょう?」

「何か手はないか? 全部聞いていただろう」

ルーは一度手元を見てから顔を上げた。

「春が提案した引っ越すという件ですが、それは可能です。ただし、少し建家が古くなって、駅から遠い可能性はありますが」

その方法は採れるのか。そのくらい俺は構わないと思ったけど、ただでさえ俺たちに迷惑をかけまいとしている晃久が、今よりもランクが下がる家に住むことになると、余計に俺たちに遠慮するだろう。

「あの……春」

ルーの呼びかけに、思考を現実に戻す。

「何?」

「晃久君の一番の望みは何なのでしょうか」

晃久の望み――晃久は進路の話を何度もしていたから大学には行きたいのだろう。

「大学に行きたいということ」

そして、優しく俺の言葉を待っているルーを見て、俺は肝心なことに気がついた。

「レミーネと離れたくないということ」

今日の晃久の話はほとんどそれだったのに、どうして俺は一人でぐるぐる考えているときにそれには気がつかなかったのだろう。

「恐らくその2点だと思います。大学に行きたいという点に関しては私でもいくつか案を提案できます。ですが後者――レミーネの所有権であれば話は難しくなります。春は晃久君にとって、どちらが優先されると思いますか?」

どちらが……

「いや、ちょっとわからないけど、やっぱりどっちもっていうのは難しいのか?」

「相反する問題ではないのですが、レミーネの所有権に関して、晃久君のお父様が交渉を拒否された場合、その代案を今の私には提案できません」

ルーはすみませんと謝った。

「わかった。俺の方で一度晃久に聞いてみる」

「はい。私の方でも他に解がないか探ってみます」


 晃久はもう諦めている様子だったけど、俺はまだ諦めきれない。

 そんな俺の存在は、晃久にとって迷惑なのかもしれない。でも、完全に嫌だったら今日晃久は俺に何も話さなかったはずだ。晃久がやめてくれと言うまでは、俺にできるだけやってみようと、俺は決意した。


「春。私は晃久君がFチルでないことに早くから気づいていました」

「そうなのか?」

「はい。でも、晃久君に春には言わないようにと頼まれました。春に晃久君がFチルなのかと正直に話せと言われたら、私は正直に答えたでしょうが春は今日まで聞かなかった」

恥ずかしいが、俺はまったく気づいていなかった。

「晃久君がどうしてそんな嘘をついたのか私には理解できないですが、その嘘で、晃久君は春と仲良くなった。そして、今日晃久君は春に色々な話をした。それはきっと言いたくなかったことや、誰かに言いたかったけれど今まで誰にも言えなかった話もあると思います」

「……うん」

ルーが俺の前に突然びしっと人差し指を上げた。その人差し指に視線が寄る。

「春。晃久君はきっとそんなつもりはないと言うと思いますが、春は頼られたのです!」

俺は人差し指から目離して、人差し指の向こうにあるルーの目を見て頷いた。

「うん」

「春は、最後まで諦めないでください。大切なお友だちの味方でいてあげてください」

「わかった」

俺が頷くと、ルーは昔と変わらない顔で笑っていた。



 人である俺にしか、できないことがある。

 ルーたちヒューマノイドにしか、できないことがある。


 まだできることはたくさんあるはずなのに、あれほど透き通った気持ちですべてを諦める晃久に、俺は良い度胸だと開き直る気持ちで決心した。




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