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Filling Children  作者: 笹座 昴
1章 家族
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2話 Filling Children


 2083年12月


(はる)ー! 朝ですよ! 起きてください!」

ピピピと鳴り響く電子音と、ルーの声に、枕に突っ込んでいた顔をむくりと上げる。重いまぶたをこじ開けて、かすむ目のピントを頑張って時計に合わせた。

『6時25分』

まだ、6時25分じゃないか。俺は再び枕に突っ伏した。


『春ー』

夢の向こうの世界で、何度かルーが俺を呼ぶ声が聞こえる。だけど、それを無視していると――

「ウイーン」

突如右横から聞こえたのは、豪快な吸気音。慌てて顔を横に向けて目を開くと、お掃除ロボットが右手に装着された掃除機のノズルを、俺の顔に向けてゆっくりと伸ばしているところだった。

「わかった! 起きる、起きるから!」

あれで顔を吸われると、頬に円形の痕が付いた間抜けな顔で登校する羽目になる。それはもうごめんだとベッドの上で両手を挙げて降参のポーズを取りながら、しばらくお掃除ロボットと見つめ合った。

 これでルーも分かってくれただろうと、俺が大きなあくびをした瞬間、電源をカチカチとオンオフする音と、「ウイ、ウイーン」と間欠的に吸気音を響かせながら、再びこちらに伸びてきたノズルに、俺は慌ててベッドから飛び退いた。

 しぶしぶと着替えを始めてから横を見ると、お掃除ロボットはやっと元の定位置に戻っていくところだった。



「おはよう……」

ぼさぼさの頭を少し整えながら、リビングへの扉を開く。

「おはようございます。春」

髪を後ろで軽く縛ったルーが、エプロン姿でご飯をよそいながら、笑顔をこちらに向けた。テーブルの上を見ると、今日は鮭の塩焼きと、大根と人参の味噌汁だ。俺が席に着くと同時に、ご飯が味噌汁の左隣に置かれた。

 ルーが俺の向かいに座るのを見届けてから、礼をする。

「いただきます」

まずは味噌汁のお椀を持って、箸で軽くかき混ぜてから口を付けた。

「春。美味しいですか?」

朝の味噌汁は体に染みる。

「うまいよ」

朝のニュースを見ながら朝ご飯を食べる俺を、今日もルーはニコニコとしながら向かいの席から見守っていた。


「ごちそうさまでした」

手を合わせて、ごちそうさまをしてから、食べ終わった後の食器を流しに持って行く。そのまま、冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに入れてごくごくと飲み干してからルーに聞く。

「ルー。今日の天気は?」

「一日中晴れですよー。傘はいりません」

12月になって一気に寒くなってしまったが、今日は雪も雨も降らないらしい。ルーの天気予報が外れることはないから、折りたたみ傘を鞄から抜いて、学校に行く支度をした。



 玄関で座って靴を履いてから、立ち上がると、白いマフラーが目の前に現れた。

「寒いですから、マフラーを巻いてください。風邪を引かないようにしてくださいね」

「あぁ」

そのまま俺の首にマフラーを巻こうとするルーに気恥ずかしくなって、ルーからマフラーを取り上げて、自分で自分の首に巻く。

「じゃあ行ってきます」

「はい。行ってらっしゃい」

いつも通り笑顔のルーに見送られて家を出た。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 エレベータで一階まで降りて、マンションのエントランスを出ると、いつものようにルーが呼んでくれていた自動運転車がマンションの前に待機していた。

「寒い」

冷たい風に身を縮めながら、急いで車に乗り込む。俺が扉を閉めると同時に、何も言わずに車は目的地まで走り出した。


 目をつぶって、車内の温度にまどろみながら眠りに落ちようとするころ、無慈悲にも車が止まって降ろされた。俺の通う高校はまだまだ先。ここは、ちょうど1キロ手前の地点だ。

 こんな場所で降ろされるのは、きっと俺の健康のためだろう。今日もため息をつきながら、しぶしぶ学校までの道を歩く。

「春!」

その声に顔を上げると、通りの車から俺の友人の晃久(あきひさ)が顔を出してこちらに手を振っていた。今日も歩かされている俺の様子を見て、苦笑しながら車から降りる。


「春、おはよう」

「おはよう。晃久」

「あら、今日もずいぶん手前で降ろされたのね。それに今日もいないし」

その声と共に、晃久が首に付けたCOMN――Communication and connection device。外出時にヒューマノイドと会話や意思伝達を行うためのポータブル機械――から、金髪の美女のホログラムが姿を現した。この金髪美女は晃久の世話役のヒューマノイドだ。そして今日もその金髪美女は、恋人のように晃久の肩にしなだれかかった。


 ヒューマノイドの外観は、ホログラムなどに使われる電子的な姿だけではなく、日常生活に使用するボディの方も、ヒューマノイド本人が自由にカスタマイズすることができる。レミーネは晃久の夢がいっぱい詰まったような、ボリュームのある金髪美女の姿を取っている。露出の多い服装も毎日違う。

 一方で俺のとこのルーは、なぜか好き好んで俺と似たような系統の、晃久から言わせれば、俺の『姉』のような外観をしていた。好きに選べるのだから、もう少しかわいい姿で……と思わなくもないが、毎日ど派手なレミーネを見ていると別の意味で気が散りそうなので、ルーは小さいころから慣れているあの姿でいいかと思ってしまう。


「ルーは今日も仕事だよ」

「あの子はいつも仕事、仕事ね」

そう言ってレミーネは、ぷんぷんと怒っていた。

 外見とは逆に、レミーネは学校でも甲斐甲斐しく晃久の面倒を見ているが、ルーは基本的に放任主義だ。ルーは日中は政府のサポートの仕事で結構忙しいらしく、首に付けたCOMNを介してこちらから呼びかければ対応はしてくれるものの、ルーの本体(中身?)は基本的にはCOMNの中にはいない。

 そのまま晃久と、今日の授業の話と先生の愚痴について話しているうちに学校に着いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おはよう」

「おはよー、春」

俺たちの姿を見て、数人のクラスメイトが気軽に「おはよう」と返してくれる。だけど、今日も何人かの女子が、俺と晃久の姿を見て目線を逸らすように、そそくさと立ち去っていくのが見えた。

 俺も慣れているとはいえ、新学期から8ヶ月も経ってこれでは、さすがに少しへこむ。肩を落としながら、鞄を自分の席に置いて授業の準備をする。ぎりぎりに着いたからか、準備をしている間に先生がやってきて、早速授業が始まった。



 俺と晃久が一部の女子に避けられているのは、俺たちがこの学校で唯一のFilling Chirdren――略してFチルだからだ。他にも理由があるかもしれないが、それが主な理由だと俺はそう思っている。


 2060年、今から23年前に日本の人口が8千万人を割り込んだ。出産を『労働』としか捉えない女性の増加に伴い、人工母体システムが開発されたが、出生率は期待に反して全く上がらず、過去の予想よりもはるかに速いスピードで日本の人口は激減しつつあった。

 

 自ら滅ぼうとしている日本人に、政府と、政府中枢のスーパーコンピュータは危機感を覚えたらしい。経済規模を維持できる適切な人口――6千万人――が計算され、それを維持するために将来的に不足する子供を政府が『補填』する計画が発案された。


 人が人を人工的に生み出すその計画に、当初はもちろん反対意見が多かった。けれども日本を待ち受ける残酷な未来予想を映像化したセンセーショナルな動画が動画投稿サイトに投稿され、一気に拡散するうちに、反対意見は消え去った。


 誰も、自分が年寄りになって、今よりも貧しい生活をしたくはなかったからだ。


 そうして将来予測される『労働力』の不足を埋めるために、俺たちFilling Chirdrenが作られるようになった。


 ただ問題になったのは、人工的に子どもを作るのはいいとして、その生まれた子供を『誰が』育てるかだ。大型の育児施設で子どもを集団で育てるのは、子供の自我を形成するのに不適切であることは数々の文献や、過去の実験で明らかになっていた。

 そのため、必ず誰かが親として一対一で育てる必要があったのだが、それを誰にするのかに大いに揉めた。もちろん、一般の人に養子という形で引き取ることも提案されたが、政府主導の事前調査では、引き取り希望者は悲しいくらい必要な数には足りなかった。

 まぁ足りるような社会であれば、労働人口が足りないなどという、こんな問題はそもそも起きなかっただろうと思う。


 様々な意見が提案された中で、コストや実現性に最も優れた方法として、ヒューマノイドが子供たちの世話をすることに決まった。

 子育てが画一的にならないように、世話役のヒューマノイド自身に個性のようなものが生じるよう設計され、それぞれのヒューマノイドと相性のいい子どもが遺伝子情報を用いて機械的に結びつけられた。そうして俺にはルーミスティが、晃久にはレミーネが、世話役として付けられることになった。

 

 Fチル計画は2065年から本格始動して、俺たちは第3世代。

 下の年齢に行けば行くほどFチルの数は増えているが、俺たちの通う高校ではFチルは1年の俺と晃久の二人だけだった。

 ということで、まだまだ珍しくもあるし、これまでの人類の長い歴史の中で俺たちFチルの生まれや育ちが普通ではないことはわかっているけど、こんな猛獣のような扱いは、いい加減何とかならないかと思う。Fチルの犯罪率は一般人より低く、何より反社会的な行動をとろうものなら、人類の平和を行動基準の最優先に設定されている、世話役のヒューマノイドから公安に問答無用で通報が行く。



 そんなことを英語の授業を聞き流しながら、今日も頭の中でぼんやりと考えていた。

『メッセージを受信しました』

COMNから聞こえた電子音と、ディスプレイに現れたその表示に、意識を現実に戻す。誰からだと、軽くタップして『From 晃久』の文字に眉間に皺が寄った。無視したい。

 そう思いながらも、教室の中をゆっくりと歩く先生の移動コースを見切って先生が前を向いた瞬間に、メッセージを開いた。


『なぁ今日の先生、Hの発音キレキレじゃね? どう思う?』


どう思う? とか知らねーよ。予想を超えるくだらなさに大きく息を吐いてから、静かに手元の端末から文字を打ち返す。


『知らん。聞いてなかった』

『さては、授業中にあんなことやこんなこと考えていただろう。むっつり春』


即座に返ってきたその言葉にイラッとしながら晃久に目をやると、晃久は腕を組んでまっすぐ前を向いていた。先生の隙を見て、再び文字を打つ。


『お前と一緒にするな』

『今日の山上さんの下着は青だからな』


その文字が目に入った瞬間、鉄が磁石に引き寄せられるように自動的に、教室のちょうど中央あたりに座っている山上さんの方に目が移った。


 青色は見えなかった。

 今は冬だ。見えるはずがない。


 晃久はどうせこちらを見て、にやにやしているだろうから、晃久の方は絶対に見ない。というか――

「レミーネ、晃久のチャットを手伝うなよ!」

怒りのあまり、端末に叩きつけるように文字を打つ。


 ヒューマノイドとの意思疎通デバイスである首輪型のCOMNを付けていれば、少しコツがいるが脳内で大きく言葉を発するように考えると、脳波でヒューマノイドに自分の考えを伝えることができる。ヒューマノイドに頼めば、それをそのまま文字に起こしてもらうことも可能だ。だが、普通はこんなことには使わない。普通は。


 真面目に授業を聞こう。もう何が来てもチャットは開かないとそう誓って、チャット画面を閉じる――

「だって、晃久がお願いって言うんだもん」

今度はCOMNを介して、直接俺の耳にレミーネの声が届いた。


 『言うんだもん』っていつもいつも、レミーネは晃久に甘すぎるだろう!

 俺は今日も、この組み合わせを決めた(機械)に文句を言った。




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