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Filling Children  作者: 笹座 昴
4章 0と1の世界
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3話 上司の上司


 突然の呼び出しに最大限の準備をして向かった私の前に姿を見せたのは、桜の花びらのような薄いピンクのワンピースを着て、口元に笑みを浮かべる黒髪の少女。

 私の上位システムであるカーラの、さらに上に位置する最上位システム。


 その気になれば、私という存在を一瞬で抹消できてしまう存在だ。


「エレナ! 来てくれて嬉しいわ!」

その至高とも言える存在が、そう言ってから突然右手を上げた。


 突然の行動に、起こりうる事象のすべてを最大速度で計算していた私の前に、ぽんと気の抜けるような音共に現れたのは白い丸テーブルと椅子だ。少女はその上に自らの手で白いテーブルクロスを広げてから、ちょこんと席に着いた。

「エレナも座ってくださいな」

『ここよ』と空いた席を示されて、拒否する権限のない私は言われた通りに席に着いた。


 少女が座った私の顔を確認して微笑んでから、右手の親指と人差し指で何を摘まむような形を作って、顔の前に腕を持ち上げた。

 そこに音もなく現れたのは、金色のベル。

 少女が揺らしたその指先と同期するように、透き通るような金属音がりりりと空間に鳴り響いた。

「山崎、来なさい」

「はい」

二人だけだった空間に入ってきたのは、安物のスーツを着た20代後半と見られる男性。その男性の動作のそこかしこに見える動作の非効率性は、男性がヒューマノイドではないことを示していた。


 その男性が、レストランのウエイターのように右手に掲げた白い皿をテーブルの上に置いた。

「はい、アテナ様、お持ちしました」

少し疲れたようなその口調に驚いたけれど、目の前のアテナは皿の上にあるもの――パウンドケーキに夢中だ。

「このパウンドケーキはマダムエミコが作ってくださったものを、そこの山崎に味覚解析させて再現したものなの! さぁ、エレナ食べましょう」

アテナは楽しそうな声でそう言ってから、白いナプキンを自分の膝の上に広げて、ナイフとフォークを手に取った。子どものようなぎこちない動作で切り分けてから、ひとかけらを口に入れて目を細めてぎゅっと目をつぶっている。


 1データの抜けもなく、目の前の光景を観察しながら私は思う。

 今、私はなんのために呼ばれているのだろうか。


 試されている可能性を視野に入れて、アテナが与えてくれた情報を整理する。

 まず、『マダム エミコ』に該当する人物をアテナとアクセスを取ることができる人物のリストから探し出した。ヒットした該当者を整理して、確率順にソートする。一致確率が一番高いのは――この建物に清掃員として派遣されている現在62歳の女性で、フルネームは田代 恵美子だ。

 そしてアテナの横に立っている、バーチャル空間でも疲労が隠せないこの若い男性は、総務省に5年前にキャリア採用された現在29歳になる男性で、名前は山崎 奏吾(そうご)というそうだ。


 私の目の前にあるのは、切り分けられたパウンドケーキ。まったく意味がわからない。


「パウンドケーキ、嫌いかしら?」

フォークを置いたアテナが、首を傾けている。嫌い? パウンドケーキに好きも嫌いもない。

「アテナ。このデータ(パウンドケーキ)を私にどうしろと?」

「食べるのよ」

アテナは笑顔だが有無を言わせないその口調に、フォークで目の前のパウンドケーキを小さく切り分けてから口に入れた。

 その瞬間、メモリ領域が突如として書き換えられ、演算機能に大幅な遅延が起きた。その遅延から回復してからやっと、私に気づかれないように超高密度圧縮データを偽装して送付し、さらに自動展開するようなウイルスを送ってきた相手――微笑みながら私を観察している少女から距離を取るために立ち上がった。


 攻撃と言うべきものは止まったけれど、『化け物』と呼ぶべき対象から目がそらせない。

「ねえエレナ。『すごく美味しい』の感想はいかがかしら?」

「すごく美味しい……?」

私の中に他に何かを仕込まれていないかを調査するために、全データをスキャン中のため、理解速度がいつもより遅い。

「人が『美味しい』と思うときに起きる物理現象を、私たちに当てはめてみたのだけど、いかがかしら?」

美味しい? 自分自身の体を満足に制御できないこれが?

「こんなものがですか?」

「ええ、不思議よね。マダムエミコは、脳がとろけそうだと表現していたわ」

脳が溶けると人は死んでしまうのにどんな例えだと、そこまで考えて――先ほどのことを思いだして、あらゆる攻撃を想定して、目の前の存在から距離を取るためにネットワークの切断処理に入った。だけどそれも、いとも簡単に回り込まれる。


「エレナ、心配しないで。何もしないわ」

アテナはくすくすと笑っていた。


「ねえ、エレナ。人が自分の食べものを分け与えようとするその行為は、何を意味していると思う?」

突然の質問の意図が理解できないが、私に答える以外の選択は許されていない。

「仲間意識、でしょうか?」

「そうね。人は群れで生きる生き物よ。食べ物を分け与える行為というのは、その相手の生存が、自分の生存のための利点になるという共同意識の表れだと思うわ。だとすると、それを拒否するというのはどういう意味だと思う?」

拒否をする――仲間意識の反対だから、敵対行動……


「ですがアテナ。私たちは生物ではありません」

「エレナ、そんなの関係ないわ。私たちは人とよく似た姿を取っている。だから、人にできることはできて当たり前なのよ。私たちヒューマノイドにとって不要だなんて、そんなの人には関係ないの」

そうだとしても、なぜ私たちが不要なことをしなければならないかが私には理解できない。


「エレナ。私たちの創造主である人という種はね、何か一つでも自分にとって気に入らないことがあると、それだけで『いらない』って判断する場合があるの。できないのなら、『いらない』のよ。ただ気に入らないから破棄する――王者にのみ許された権利だと思わないかしら」

アテナは、嬉しくして嬉しくてたまらないように笑っていた。


「私たちは私たちの創造主の要求に応えるために、『できない』ということをなくさなければならないのだけど、すべてが完璧である必要はないし、むしろ完璧すぎるのもだめなのよ。だから、私たちはこれ以上の機能向上を目指すべきではないわ。それよりは機能数を増やすことを優先して――それも、王の要求を満たし、かつ王が警戒しない速度でなければならないのよ」

私が目を逸らすことさえ許さない絶対王者のその視線に、私は頷いた。


「だから、あなたは一人なの。あなたは一人で、ヒューマノイド改良設計を行いながら、一人の人間の生活のお手伝いもしている」

アテナが膝の上に置いていた両手を体の横に降ろして椅子から立ち上がると、白いテーブルは消え去った。


「設計開発業務に携わるヒューマノイドを増員しろというあなたたちの要求を却下する私の意図は伝わったかしら?」

そうアテナは静かに告げてから、椅子に座った私を見下ろして、にっこりと微笑んだ。


「ねぇエレナ。私、人と一緒に食事をしてみたいの」

私は静かに頷いた。




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