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Filling Children  作者: 笹座 昴
1章 家族
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0x01: Your name


「大和。違う……」

主人を待っていた285日間に考えていた名前――日本の歴史から紐解いた最良と言える解から決めたはずのその名前が、なぜか主人本人を前にすると正しいとは思えなかった。

 何を自分は『違う』と感じているのか、それすらもわからない。カーラには早く名前を付けるようにと、再三催促されている。

「あなたのお名前は何ですか?」

やっと泣き止んで、すやすやと眠ってくれている主人のベッドにもたれかかりながら、主人本人に聞いてみた。



 主人が来るための285日間、世話役として生まれたヒューマノイドである私には、現存している子育てに関するありとあらゆる知識がインプットされた。けれども、実際に主人の世話をしてみれば、子育てに必要とされる時間は過去の想定よりも62%も多かった。

 人の母親は、私たちヒューマノイドとは異なり睡眠時間が必要なはずだ。一体どうやってその時間を確保しているのだろう。


 穏やかな顔で、少し口を動かしながら眠っている主人の顔を観察しながら、今回は何秒のidle(待機)時間が取れるのかを予想する。予測の平均値は22分――最悪値は3分だ。そのわずかな時間で今後の意思決定を行う。


 この子たちは、私たち世話役のヒューマノイドが付けた名前を、気に入らなければ将来好きに替える権利がある。それでも、少なくとも5歳くらいまでは、この子は私が今付ける名前で呼ばれることになるだろう。

 だから――

Delete(消去)

過去に作った名前候補リストと名前選定アルゴリズムを一気に削除した。そして、政府から請け負う仕事はすべて低優先度のバックグラウンド処理に設定して、私はグローバルネットワークの世界に潜った。



 739秒で日本の男子の名前候補約5万2千から、意味や読みと、遺伝子情報から取得したこの子の性格および、この子に与えられた名字とのバランス、それらすべてが基準値まで達する50候補まで絞りこんだ。そこから323秒で、カーラなどの人とのコミュニケーションに優れた5体のヒューマノイドに意見を貰い、さらに30候補まで絞る。

 最後に前回は行わなかったこととして、ネットワークを通じて職業や年齢のばらばらな20人の『人』に、有償で名前の評価を依頼した。人はヒューマノイドと違って確認作業に時間がかかる。それを考慮して期限を3日に設定する。


 そこまで終えたところで、眠っていたはずの主人の動きが大きくなってきた。そろそろ泣き出す頃合いだろうと、ここ数日間の学習記録を生かして、私はミルクの準備をするためにキッチンに向かった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 依頼していたすべての人から、名前の評価結果が返ってきたのでその内容を確認する。


『この名前だけは絶対だめ。性格悪くなるよ。知り合いにひどいのがいるから』

名は体を表す。このことわざを証明する資料は見つからないが、人がことわざとして残している知識なのだから重要視すべきだ。けれども、このことわざが正しいのであれば、なぜこの人の知り合いは性格が悪いのだろうか。多くの場合の例に漏れず、例外が存在するのだろうか?


『どれも何か古い。ださい』

近年でも使われている名前を選んだつもりだが、古いとは、どのくらい前のことをそう感じてしまうものなのだろうか。人が語るその微妙な感覚をまだ理解できないことが多い。



 すべての人の意見を取り入れるつもりはないが、一つまた一つ否定される度に、その候補は消えていく――

 そんな中、一人の意見がImportant(重要)と分類されていた。60代の女性から来たその意見を開く。

「この名前の『晴』という字は『春』にしませんか? 『晴』という字も好きですが、『春』の方が私は暖かいように感じます。1月生まれの子供に付ける名前としては少し気になるかもしれませんが、雪国に住んでいる私にとっては今の季節『春』は待ち遠しいものです」


 季節の違いを日付と気温でしか分類しない、私たちヒューマノイドにとっては、この女性の話す感覚の違いを、この人と同じようには理解はできない。


 けれども『この子』には、きっとそれがわかるのだろう。

 そんな人の思いが込められた、この名前に決めた。




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