3話 エレナの工房
『エラー。アームが故障しました』
朝、農園にやってきて夜間のデータを整理しているときに、8号機から受信したそのログを見つけてがくっと肩を落とした。
「またですか……」
だけど、8号機が抜けても、全体の効率はそこまで下がっていない。
「6号機、9号機。フォローが早くて助かります」
なんだかこの子たちも慣れてきてはいないでしょうかと思いながら、私はバギーに乗って8号機のもとに向かった。
8号機が待機している倉庫の前に来たけれど、8号機の姿がない。なぜ出てきていないのでしょうと思いながら倉庫の扉を開くと、充電中の8号機の充電池の上で白猫さんが張り付くように眠っていた。
「はい、白猫さん。温かいところすみませんが降りてくださいね」
白猫さんに睨まれつつも退いてもらってから、8号機を倉庫から出して、アームを動かしてみる。人間で言えばまた肩が脱臼しているようになっていた。
肩をはめると動くようにはなったけれど、最近頻繁に起こっていることなので一度見てもらった方がいいだろう。
「あとで、エレナのところに行きましょう。でも絶対に怒られるので、勝己君が帰ったころを見計らって行きます」
いいですねと私の綿密な計画を8号機に伝えてから、私は朝の収穫に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フィー。たっだいま!」
今日もまた、実千夏は農園にやってきたけれど、今日の実千夏はちゃんとした時間に帰ってきた。勝己君と研究所の前で鉢合わせするくらいのタイミングを狙うのなら、急いで8号機を連れてエレナのもとに行かないと――そう考えていたら、珍しく実千夏の後ろにその勝己君の姿が見えた。
「トウモロコシですか? 何本食べますか?」
いくらでも食べて良いですから、その代わりあとで私と一緒にエレナのところに行きましょう。そう心の中で言いながら、勝己君に向かって笑顔を向けた。
「一本でいいよ。ソフィー、ありがとう」
勝己君はそう言いながら、高台から農園を見下ろしている。
「なんか広くなったな」
「いくつか建物を壊しました」
せっかちな実千夏も、勝己君がこうして静かに景色を眺めているときは大人しくしている。大人しくしていると言っても、ただ黙っているというだけで、制服姿で鞄を持ってステップを踏んでいた。
「ソフィー。トウモロコシはどこにあるんだ?」
「あっち!」
実千夏が制服姿で駆け出した。勝己君は実千夏のあとを追いかけそうになって、自分の茶色の革靴を見てから、どうしようとこちらを振り返った。
「トラックで行きましょう」
走るのは実千夏くらいですと伝えてから、軽トラをこの場所に召還した。
「実千夏。乗りますか?」
軽トラの運転席から、今日も元気に農園を駆けている実千夏に声を掛けると、実千夏はしばらく目的地に視線を向けてから、くるりとこちらに引き返してきた。
相対速度がほぼゼロになると同時に、荷台に軽く飛び乗る衝撃が響く。勝己君は私の隣の助手席から、後ろの荷台を見ていた。
「荷台に乗りますか?」
「あとでいいよ」
荷台楽しいですからねと言うと、勝己君は子どもだと思われたくなかったのか、何も言わず真面目な顔をして前を向いた。
ゆっくり速度を落として、トウモロコシ畑の前で軽トラを止める。
「着きました。では降りましょうか」
扉のロックを解除して勝己君が扉に手をかけたとき、タンッと、トラックの後方から軽い音が聞こえて、勝己君と同時にそちらに顔を向けた。
そのときちょうど実千夏がトラックの荷台に足をかけて、軽やかに両足でジャンプをして畑に飛び降りた。その一連のシーンは、コマ送りのように私の目に残っていた。
実千夏は今、制服姿だ。
風に、完全にめくれ上がるスカート――
保護者として、何に謝るかについて真剣に考えてから、これでしょうと口を開く。
「すみません。スパッツで」
勝己君が勢いよくこちらを振り返った。
「違う。誰が、あんな……」
そう言ってから勝己君は私からも視線を逸らした。これ以上、実千夏について私が何を謝罪しても、ただ勝己君を追い詰めるだけになりそうだ。
「トウモロコシを食べに行きましょうか」
何も気にしていない振りをしてそう言って、私は運転席から降りた。
「フィー! どのへんのが一番美味しいかな?」
「右手あたりがちょうど収穫期ですよ。あと実千夏、スカート姿で大きく動いてはだめですよ」
実千夏は笑顔で「わかってるよ」といつものように絶対にわかっていない返事をしてから、焦げ茶のひげが目立つ大きなトウモロコシを片手でもぎ取った。
そして、皮をむいて、
「いただきまーす」
といきなりかぶりつく。しばらくもぐもぐと甘みを噛みしめてから、こちらにやってきた勝己君を見て一度手を止めた。
「勝己。これか、これがいいと思うよ。取り方わかる?」
実千夏。飲み込んでから話をしてください。
「たぶん」
実千夏がおすすめしたトウモロコシを持った勝己君に、「そのまま下にひねってください」と伝えると、勝己君は迷いながらもぽきりと上手にもぎ取った。丁寧に皮とひげを向いて、現れた黄色と白のバイカラーのトウモロコシに口を付けようとした瞬間、顔を上げる。
「洗った方がいい?」
「皮に包まれているものなので、そのままで大丈夫ですよ」
勝己君が慎重にかぶりつく様子を実千夏と一緒に注目する。しばらく口を動かして、歯にトウモロコシが挟まったのか変な顔をしていたけれど、勝己君は飲み込んでから何とか口を開いた。
「すごい甘いな。生だけどゆでたみたいだ」
「でしょ? 採りたてはジューシーなんだよ」
勝己君が再び食べ始めた隣で、もう食べ終わった実千夏がこちらを向いた。
「芯、ここに埋めていい?」
「だめです」
今にも土を掘り返しそうな実千夏からトウモロコシの芯を受け取って、あとで生ゴミ入れに捨てに行こうとビニール袋に仕舞う。
勝己君には「ゆっくり食べて良いですよ」と伝えてから、実千夏にこれからの計画を耳打ちした。
「実千夏。8号機が今日も壊れてしまって、今から、勝己君を送るついでにエレナのところに行って、直してもらえるよう頼もうと思います。実千夏も行きますか?」
「研究所? 行く」
実千夏がにやりと笑いながらそう答えてくれるのを聞いて、私は内心大喜びした。
実は勝己君に加えて、実千夏がその場にいると、成功確率がさらに上がることがこれまでの経験から分かっている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ソフィー、ありがとう。ごちそうさま」
「いえいえ」
丁寧に食べられたトウモロコシの芯を勝己君から受け取って、袋に入れる。
昆虫でも探していたのか、しゃがんで木の棒で地面を掘り返していた実千夏が立ち上がった。
「勝己。8号機壊れちゃってさ。今から見てもらいたいんだ」
「8号機?」
勝己君はしばらく考え込んでから「分かった」と頷いた。
二人を荷台に乗せて、軽トラをゆっくりと走らせる。
「8号機って、どのタイプ」
後ろから聞こえる勝己君の声に、返事をした。
「収穫用です。どうやら肩が壊れているようで」
トウモロコシ畑からすぐ近くの8号機の倉庫の前に止めて、8号機を呼び出す。かたかたと自分で倉庫の扉を開けて出てきた8号機は、悪い方の肩をこちらに向けた。勝己君は荷台から降りて、8号機の肩を観察している。
「動かないのか?」
「今は一応動きます」
「表面上はおかしなところはないな。やっぱバラしてみないとわからないか」
勝己君はそう呟いたあと、こちらを振り返った。
「じゃあ俺んち行こう」
8号機をリフターに乗せて軽トラに積み込んだあと、動き出さないように荷台に固定してから、再び軽トラを走らせた。
「動かないと思いますが、念のため遠心力を考えてゆっくり走らせますね。立ち上がってはだめですよ」
「はーい」
勝己君とエレナの家であるヒューマノイド研究所までの山道を、軽トラをゆっくり走らせる。実千夏と勝己君は、互いに足を伸ばして顔だけ横に向けて山の景色を眺めていた。
そのまま15分ほど、のろのろと車を進ませると、林の間に、ぽっかり浮かび上がるような白い建物が見えた。ヒューマノイド研究所――どうしてこんなところにあるんだろうと聞きたくなるくらいへんぴな場所にある。
「エレナ、お邪魔します。勝己君と実千夏もいますよ」
研究所の探知センサにかかったのでそう信号を送ってから、研究所の前に軽トラを止める。今回は勝己君が先に丁寧に降りてくれたので、実千夏も軽トラから飛び降りたりはしなかった。
「おかえり」
そう言いながら研究所から出てきたのは、黒いパンツスーツと白のブラウスをきっちりと着込んだエレナだ。そのエレナは、つなぎ姿の私と、軽トラの荷台にいる8号機を見て、明らかに機嫌が悪く眉を寄せた。
「私の仕事は、ヒューマノイドの調整なんだけど」
「すみません……でも、この辺じゃ修理できる人いなくて」
私が、しどろもどろでそう言い訳すると、すたすたエレナのもとに向かった勝己君がエレナを見上げた。
「エレナ。今日、ソフィーにトウモロコシ貰ってきた。で、なんかあの農作ロボットの肩壊れてるんだってさ。道具借りるぞ」
エレナの鋭い視線がこちらを向いたので、そのまま流れるように顔を動かして私はエレナの視線から逃げた。
「エレナ。今、工房忙しいのか?」
勝己君の声にエレナは慌てて勝己君に視線を戻した。勝己君はじっとエレナを見上げていて、今度はエレナが彷徨わせるようにその目から逃げる。
「いいえ、そうではないけど……」
「ダメか?」
「……大丈夫よ」
やっと出てきたその言葉に、笑顔が溢れそうになる頬を慌てて引き締めていると、私の隣に立った実千夏が二人の様子を見守りながら、にやにやとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「相変わらず、すっごい威力だね」
実千夏と一緒に8号機を押して作業用エレベータに乗せていると、実千夏が堪えきれなくなったのかそうつぶやいて笑った。
「威力って?」
「いやいや、こっちの話」
にやにやとする実千夏を勝己君はいぶかしげに見ている。この様子だと勝己君はまったく気がついていないのだろう。
エレナは勝己君に甘々――だけど、エレナから見ればきっと私もそうなんだろうなと思う。
エレベータが地下にあるヒューマノイド修理用の工房に着いた。みんなで8号機を押してエレベータから下ろすと、さっそく勝己君がテキパキと工房の中で働き始めた。
ここで、私のすべきことはない。実千夏が余計なことをしないように監視をしながら、勝己君が8号機の肩のパーツを分解するのを後ろから眺めていた。
「たぶんここだ」
勝己君が『ここ』と指すところを見る。
「この部品が割れている。何か重い物でも持たせたのか?」
勝己君が細い指を潜り込ませて取り出した部品は、確かに真っ二つに割れていた。
「うーん、心当たりは何件か……」
「ほんとは壊れる前にメンテナンスさせるべきだけど、金出ないんだろ?」
勝己君に図星を突かれてしまって、私は口だけ微笑ませながら小さく頷いた。
「まだあるかもしれないから、一度エレナに見てもらってから部品を作ろう」
勝己君が首に着けたCOMN――ヒューマノイドとの通信用の機器――から「エレナ」と一言呼びかけると、エレナはすぐに工房にやってきた。
エレナは一度私を睨んでから、勝己君と一緒に8号機の肩をのぞき込んで、小型の計測器で電流を測りながら勝己君に何かを教えている。
「わかったエレナ。ありがとう」
「パーツはあと30分ほどでそっちの金属プリンタから出てくるわ。新しい基盤は、もうそこの回路プリンタから出力されているから」
エレナはそう言って、工房を出て行った。
パーツが出来上がるまでの30分間、実千夏は勝己君に入れて貰ったお茶を飲みながら、落ち着きなく工房の中を見回していた。
「勝己。詳しいね」
実千夏の尊敬の念のこもったその声に、勝己君は一瞬驚いた顔をしたあと、実千夏から目を逸らしてテーブルの上をじっと見つめていた。
「エレナを手伝っていれば、まあ……お前のとこと似たようなもんだって」
「謙遜してはだめですよ勝己君。たくさんお勉強をしていることはよく知っています。エレナがいつもそう自慢を――」
今度は勝己君に、『言うな』と睨まれたので言葉を止めた。頑張っていることをどうして言ってはダメなんでしょうか。私にはさっぱりわかりません。
ふと実千夏を見ると、実千夏は何か悩むように頭を抱えていた。
「あのさ。勝己がエレナに付いてそういうこと勉強しているのは、将来のこととかを考えてでしょ?」
「まぁ……機械のメンテナンスの仕事はなくなることはないからな。俺、こういうこと好きだし」
「私、どうしよう」
珍しく「どうしよう」と本気で悩んでいるように見える実千夏を勝己君と一緒に見る。
「実千夏でも悩むんだな」
驚いているその声に
「勝己が酷いよ、フィー」
私も同意しようとしていたら、実千夏が嘆いていたので言葉を止めた。
勝己君は幼なじみを心配するような顔つきで、実千夏の顔を覗いている。
「実千夏は、何かしたいことはないのか?」
「したいこと、したいこと――別にはっきりとはないんだよね。私は、美味しいものが食べられたら満足」
実千夏が本当に思っているだろうことをつぶやいてから、天井を見上げた。
「みんな私より年下なのに、はっきり決めていてすごいなって思う」
「そうでもないだろ」
そう言った勝己君に、実千夏はうわーどうしようと頭をかきむしっていた。
「実千夏、焦らなくていいと思いますよ」
実千夏はまだ16です。そう言った私を、実千夏はしばらくじっと見上げてから、目を逸らした。
「フィーはまぁ絶対にそう言ってくれるんだけどね」
実千夏が何を気にしていて、何を言いたいのかが私にはわからなかったけれど、勝己君が持ってきてくれたお菓子で、実千夏の機嫌はすぐに直った。
勝己君はもともと8号機の肩にあった基板をはがしてから、エレナが新しく回路プリンタで作った基板をはめ込んだ。そのあと、金属プリンタから取り出した部品を肩にはめて、器用に元通りに組み立てていく。
「ソフィー。どうだ、動きそう?」
「あ、はい。動きます。ちょっと離れてください」
実千夏と勝己君が下がったのを見てから、8号機と接続して、アームを動かしてみた。
「あっ、なんだか今日はスムーズです」
しばらく自分で操作してから、8号機にコントロール権限を返して8号機に動かさせてみる。
「8号機も嬉しそうですね」
自分でアームを動かして、ひねって、物をとるような動作を繰り返している8号機を見ると、そんな風に思えた。
「フィー。8号機元気になった?」
私の隣に立った実千夏が笑顔で私の顔をのぞき込む。
「ええ。勝己君ありがとうございます」
勝己君に礼をしてから、どこかから見ているだろうエレナに『今日はありがとうございます』と通信を送る。最後は8号機に自分で動いてもらって、エレベータに乗って1階まで戻った。
「よし、帰ろっか」
「はい。帰りましょう」
8号機を荷台に乗せてから、軽トラに乗り込む。
「エレナ、ありがとうございます」
軽トラの運転席から、研究所の入り口の壁にもたれ掛かっているエレナに礼をした。
「勝己、またね」
「あぁ」
実千夏が同じように助手席から勝己君に手を振る。
今日は無事に計画通りに行きました。
エレナは勝己君に弱くて、その勝己君は実千夏に弱い。
私も実千夏には弱いので、そうするとこの辺りでは実千夏が一番強いのかもしれません。
今日もそんなことを考えながら、家に帰るための山道を下った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
実千夏が眠ったので、自分の部屋まで戻ると、私の上位システムであるカーラから連絡が入っていた。
「ソフィー。少しお話がありますが時間は取れますか?」
「なんでしょう?」
最近何かやらかしたでしょうかと考えながら、ネットワークに潜ってカーラに会いに行く。
そこでカーラが私にくれた『お話』は、予想外のものだった。
「どうしましょう……」
自分の部屋に戻ってきて、熱暴走しそうな頭を冷やすために、不要な処理を一時的に中断して目をつぶった。
『ソフィーから、実千夏さんに伝えてください。伝えるべきでないと判断したのならそれでもいいですよ。判断はソフィーに任せます』
どうしてカーラは命令してくれないんだろう。決めてくれれば、悩まずに済むのに。
どうして今更会いたいなどと、言うのでしょうか――
「実千夏の『ホンモノ』のお母さんとお父さん」
どうして?
実千夏のことを一度は、殺そうとしたくせに。




