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Filling Children  作者: 笹座 昴
3章 太陽と農園
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1話 プロジェクト始動


 2040年代――福祉や小売り以外の仕事がなくなった地方で、若年層の3大都市圏への流出が加速した。

 自治体は出生率を上昇させようと努力はしていたが、その増減に関わらず出産可能な20代、30代の女性の絶対数が圧倒的に少ないために、死者数は出生数を大きく上回り、坂道を転がり落ちるように人口は減少した。

 そして、ついに人口が50万人を下回る県が現れ始め、行政の規模の最適化のために、順次県の再編成が実施された。そうして2048年に鳥取、島根から始まった県の大編成により、2063年に佐賀県が地図上からその姿を消した。


 佐賀県が消えても、多くの九州民の日常に大きな影響は現れなかった。けれども、佐賀県がなくなることによって、九州地方に徐々に近づきつつある不安の影が目立つようになってしまった。

 めっきり見なくなった遊んでいる子どもたち。わずかながら残った娯楽施設は、お年寄りのたまり場。

 老いた日本という国、全体に漂う閉塞感――


 けれども九州の人たちは諦めなかった。

 九州全体でこの沈んだ空気を何とかしようという声が高まり、2065年に九州6県が協力した『九州から元気プロジェクト』が発足した。全国に広める前の試験的な要素も兼ねており、国の後押しもあって、40代、50代の若い世代を中心に九州地方の官民が連携してその対応に当たっている。



 九州から元気プロジェクトの要の1つ目は、ヒューマノイドだ。

 世界的に悪名の高い『補填計画』――通称『Filling Children計画』や日本の深刻的な人手不足により、日本のヒューマノイド技術はアメリカ、中国、ドイツといった他の先進技術国に遅れなく進んでいた。

 ヒューマノイドを産業に積極的に活用し、日本社会だけでなく世界社会を支援するような技術を作り出す。そのために、九州各地に集中的にヒューマノイドの生産施設や管理施設が数多く作られ、日夜研究開発が行われている。


 そして、2つ目が農業だ。

 2000年代初頭に世界の農作地だったアメリカの西海岸やオーストラリア中央部の地下水が2050年代に完全に枯れ、それらの地域からの食糧輸出量が激減した。加えて2000年代初頭から始まった太陽の活動低下による日照量の不足が原因で、世界各地の農作物の収穫量が減りつつあった。そして、そんな状況にもかかわらず世界人口は増えつつあり、当然のように、需要と供給の関係で近年農作物の値段は驚くべきほど上がっていた。

 日本人は人口が減少した今もなお、あまり美味しくなくて、農薬がたくさん使われている農作物を高い値段で輸入している。


 まずはそれをすべて九州産の美味しい農作物に置き換え、食糧自給率100パーセントを達成する。そして、食糧需要が世界的にピークとなる2100年までに日本の食料自給率を200パーセントまで上げて、食糧輸出大国に転身する。


 以上が、本プロジェクトの概要だ。



 そして舞台は2084年6月の福岡県佐賀郡――

 九州最大の平野である筑紫平野の端の端、一面の緑が広がったこの地に、赤や緑の無数の果実が実っていた。


 緑の地にぽつりぽつりと残されているのは、人が住んでいないように見える朽ちた家やアパート。そんな中、上空からでも目立つのは、高台にある大きなアンテナが角のように生えた、真っ白の外壁の一軒の小さな家だ。

 その家の中から出てくるのは、ゆるいウェーブのかかった肩までの金髪と青い瞳が印象的な、オーバーオール姿の少女。S-00672――通称ソフィー。九州から元気プロジェクトの過程で作られた、農業支援系ヒューマノイドだ。


 青空の下、少女の穏やかな視線は眼下の緑に向いている。

 その目がふと上に向いて、少女は笑顔で、上空にいる誰かに向かって手を挙げた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「今日も良い天気ですね」

光センサの感度を一段階落としてなおまぶしい日の光に、人間がするように手で帽子のつばを作って、目を細めながら空を見上げた。

 衛星から受信するデータは晴れ。天気予報も晴れ。センサが受信する照度は9万8千ルクス――今日も晴天だ。


 ちょうど上空に飛んでいた飛行機に自動的にアクセスしていたらしく「航路順調です」との連絡が届いたので「お疲れさまです」と返事を返してから、手を振った。


「では、本日も始めましょう」

『本日の作業を開始します』

自治体の担当者の方に連絡を送ってから、一度家の中に戻り、データ送受信用のアンテナから出ているケーブルを自分の首の後ろに接続した。受信される各地の作業用ロボットやセンサからのデータを整理しながら、各地の作業用ロボットが最適に動くための演算を開始する。

「あれ……どうしたのでしょう」

手が止まったのは収穫用ロボット8号機のデータだ。結果報告は『異常なし』だけど、それならなぜ夜間の収穫量がゼロなんでしょう。8号機に直接問い合わせをして、8号機の自己診断結果が届くのを待つ。


『エラー。アームが壊れた可能性が高い』

「――ってまたですか!?」

もう、どうしてあの子ばかり……肩を落としてから、両隣のエリアで作業する6号機と9号機の作業経路の修正に入った。



 すべての作業用ロボットの作業内容の入力を終えて、小型の4輪バギーに乗り込む。真っ先に向かうのは故障中の8号機だ。

 障害物のように配置された朽ちつつある建物を迂回しながら、昨日のデータからさらに一段階粒度を細かくした詳細な予測演算を行っていると、動作効率が悪くなる予兆のある機体を一機見つけた。ハンドルを切って先にそちらに足を向ける。


 細い2本のアームから出したはさみを使って、左右に実ったピーマンを高速に刈り取っている3号機。バギーから降りて、しばらく雑草に埋まった道を進む。

「3号機、止まってくださーい」

私が声を掛けると、3号機の動きが止まった。

「右のアームを挙げてくださいね――はい。あと3日もすれば擦れて摩擦が大きくなってしまうので、油を差しますよ」

指示通り右腕を挙げて止まった3号機前でしゃがんで、ぞうきんで土に汚れている関節周りを拭いてから、しっかりと油を差した。そのあとは直接3号機を操作してアームを上下左右に振ってその動きを確認する。大丈夫そうですね。機体のコントロール権限を3号機に返した。

「はい。これで大丈夫ですよ」

「ありがとう、ございます」

「いえいえ。3号機、頑張ってくださいね」


 私の仕事は、水やり、収穫、苗植えなど各作業に特化した作業ロボットを、『農作物から得られる売上高を最大化するように』配置し、その作業内容を命令すること。

 そして、それ以外のことはあまり得意ではないこの子たちのサポートをすることだ。


 3号機がいた場所から、8号機のいるポイントまで、密集する野菜たちを避けながら、できるだけ最短ルートで向かう。


 目的の8号機が視界に入った。見つけたけれど――

「もう、何をやっているのですか……」

8号機は私の目の前を、おろおろと彷徨うように無意味にうろうろとしている。

 その8号機の体の前に設置されている収穫物を入れるためのカゴの中に入っているのは、大きな大福のようにまん丸に丸まった白猫さんだ。

「8号機、止まってください。おそらく、日差しの当たる暖かな場所でゆっくりと動くのは逆効果です。止まって日陰の中でじっとしないと」

8号機は指示通り、物置の陰で立ち止まった。だけど一向に白猫さんが動き出す気配はない。8号機と一緒にカゴの中をのぞき込み、8号機が何を考えているかを把握するために8号機と接続した。

「あぁわかりました。カゴを白に塗るのがいけないのですね……」

収穫物の状態がカメラで見やすくなるようにカゴを白く塗っているけど、白猫さんが背景と同化してしまい可視光では8号機から見てかなり見づらくなっている。人の安全用に設置している熱探知機にこの猫さんが引っかかっているけれど、その正体がわからないため8号機は一切の作業ができずにおろおろとしてしまっている。

 原因はわかったけれど、実はこの白猫さんが8号機のもとに登場したのはこれで2回目だ。

 どうしましょう。収穫カゴの色をこの猫さん一匹のために塗り直すなんて、そんなの効率が悪すぎます。


 そう私が悩んでいる傍ら、白猫さんはぐっすりと眠っていた。

「白猫さーん。起きてください」

私がそう声をかけると、やっと白猫さんが目を覚ました。カゴの中で飛び上がるように起きて、目を丸くして私を見上げてから、突然力が抜けたように私の顔を見て大きなあくびをした。

 そしてそのまま、20秒が経過する。


 白猫さんが自分の腕を舐めて、顔を洗うように毛繕いを始めた。私のことなど、気にもしない白猫さんを相手に、どうしようと何通りかの候補でしばらく悩んでから、白猫さんにゆっくりと手を伸ばした。猫は抱き上げられるのが嫌いなはずだけれど、白猫さんの脇の下を抱えて抱き上げると、地面に降りるまで白猫さんは大人しくしてくれていた。

 地面に両手両足を置くと、何事もなかったように白猫さんはすたすたと歩き去った。

「ふう……任務完了です」

ヒューマノイドは、無用に生物に害をなす行為は禁じられている。力加減を誤って猫に怪我をさせて、それを人に見られれでもすれば、確実に取調室送りだ。

 地球の真の支配者だと、まことしやかに噂されている世界一の愛玩動物に対しては、私たちも緊張してしまう。


 白猫さんの姿が見えなくなるまで見送ってから、8号機にむき直す。

「はい、では8号機。6号機と9号機のお手伝いに行ってください――ってアームも本当に壊れているのですね……」

8号機のエラー信号は止まっていない。何か重い物を持ち上げようとしたのか、どこかに引っかかったのか、8号機の肩の関節が外れ掛かっていた。

「はい、ここに来てしゃがんでくださいね」

8号機がキャタピラをころころと動かして、私の目の前に来て、腕をこちらに上げた。8号機の上に上ってから、下から押し上げるように力を入れて肩をはめ直す。


 元気になった8号機が、6号機と9号機のお手伝いをするために移動を開始した。その後ろ姿をしばらく見守ってから、私も自分の仕事に向かう。

 今日は2週間前から水を絞り、甘くなるように調整したトマトの収穫予定日だ。少しでもその水加減を誤ると枯れてしまう――あの子は私がこの農園で管理している中で、一番の気むずかし屋さんだ。


 バギーに乗ってトマト畑まで移動して、一直線に並んだトマトの前で待機している10号機に声を掛ける。

「毎年、ここのトマトは好評なのですよ。皆さん美味しいと、お便りをくださるのです。今年も美味しくできているといいですね」

一番手前にあったトマトの前でしゃがんで、一番下の列にあった真っ赤に熟れたミドルトマトをもぎ取った。ナイフで小さく切りとってから一度ナイフをしまい、ポケットから取り出した味覚センサにトマトの汁を垂らし入れる。糖度は8.9――日照量の少ない6月だと、このあたりが限界だけど、フルーツトマトとして十分甘くできている。酸味とのバランスも人間が美味しいと判断してくれる範囲内だ。

 実際には、口に入れたときの感触――トマトであれば皮の分厚さや実のやわらかさ、種の大きさなども、人の味覚には大きく影響する。だけど、そのようなセンサはどんなに高性能のヒューマノイドでもまだ持っていない。

「早く、人と一緒に食事ができるようになればいいですね」

人が食べ物を口に入れたあとの表情で、美味しいか、そうでないかはわかる。

 でもそれを、横から眺めるだけで、一緒に楽しめないのは少し寂しいのですよ。


「味見は今日、家に帰ってからあの子に頼みましょう。では、10号機。収穫を頼み――」

「フィー!」

軽量の足音とその声に、私は後ろを振り返った。

 こちらに駆け寄る少女の移動速度と、腕の動き方から、今回はどのように私に抱きついてくるかを瞬時に計算して、抱きつく側が怪我をしないように受け取る体勢を取る。

 少し日に焼けた少女が、足でぐっと地面を押してから、私の首に飛び込むように抱きついた。

「フィー! たっだいま!」

私よりも背の高い少女の体重を、両足で地面に分散させる。

実千夏(みちか)。ただいまって、まだ10時にもなっていませんよ」

「先生、今日はなんか頭痛いらしくて、解散!」

私の世界で一番大切な子――実千夏(みちか)は、そう笑って言ってから体を離して、無造作に右手をトマトに伸ばした。片手で慣れた様子でトマトをもぎ取り、そのままぽいっと口に入れる。

「あっ! 食べるならちゃんと洗って――」

「だいじょーぶ。だいじょーぶ!」

少し大きいミドルトマトなので、一口で食べるのは厳しいはずだけど、実千夏はもごもごと口を大きく動かしてからあっさりと飲み込んだ。

「もう一個いい? 走ってきたからお腹減っちゃっててさ」

実千夏の体温と発汗量から、おそらく普通は車で来るはずの家からここまでの距離を走ってきたのがわかる。

 もう……と肩を落としてから、「いいですよ」と伝えると、実千夏はトマトを続けざまに3個口に入れていた。


「今年のトマトはどうですか? 美味しかったですか?」

「美味しいよ。採り立て、かぶりつき最高!」

どんな食べ物にも美味しいと答えそうな子だけど、この子は一応繊細な舌を持っている。その実千夏が美味しいと言ってくれたのならきっと美味しいのだろう。

「ねぇ、フィー。水もらっていい?」

実千夏が指を差しているのは、バケツに水を入れるときに使うホースだ。近くにコップなんてものはない。

「これ飲料水にもいけるよね? 野菜洗うのに使ってるし」

「そうですが、ちょっと待ってくだ――」

実千夏は蛇口をひねり、ホースからアーチを描いてあふれる水に直接口を付けた。ごくごくと実千夏の喉が鳴っている。

「うまぁ! 最高!」

実千夏はビールでも飲み干したように息を吐いてから、蛇口を閉めて、濡れた口元をごしごしと服の袖で拭った。


 今年でこの子は高校2年生……

 私の上位システムであるカーラはいつも「元気なのは良いことです」と言ってくれるけれど、本当に大丈夫なのでしょうか……

「実千夏。元気なのはいいことですが、外でやってはだめですよ」

「フィー! 見て!」

実千夏は突然両手を広げた。

「この辺に、人なんていないよ!」


 実千夏の言う通り、1キロ四方に人はいない。

 いるのは、植物と昆虫と鳥と、ロボットだけだ。


「いてもそのときには何とかなるよ。だいじょーぶ!」

実千夏はうんうん頷いた。

 しばらく見つめ合ってから、ひとまず信じることにして、話を戻した。

皆藤(かいどう)先生が頭痛で、学校が解散ですか?」

「うん、勝己(かつき)聡司(さとし)も帰るって言ったから、私も帰ってきた」

実千夏の通う学校は全校生徒が3人で、歳は実千夏が一番上で16、14、10とバラバラだ。


「宿題は出ているんですよね?」

実千夏は「げっ」と顔をゆがめて一歩下がってから、「ばれたか」と頭を掻いた。皆藤先生は体が弱くて頻繁に休むけれど、そのあたりはしっかりとしている。

「フィー、何番のフォルダからだっけ? そういえばそれを聞くためにここに来た」

皆藤先生は自分が休むことを想定していつも宿題フォルダを準備していた。

「先週が14番だったので今日は15番だと思うのですが、中身を見てわからなかったのですか?」

実千夏は私の指摘に、ごまかすようにあははと笑った。

「私は今から出荷対応をしなければなりません。見ることはできないですが、しっかりとやるのですよ」

実千夏は「はーい」と軽く返事をしてから、明るい笑顔で、ここからだと遠くに見える白い家を指さした。

「じゃあ、私あそこで宿題やってるね! フィー借りるよ」

そしてそのまま駆け出そうとするのを慌てて止める。

「実千夏、待ってください!」

実千夏は毎日のようにこの農園に遊びに来る。バギーに乗せたコンテナから、こういうときのために用意していた麦わら帽子を出した。

「まだ6月ですが日差しが厳しいので、焼けないようにしっかり被ってください」

実千夏のまっすぐな黒髪に、少し背伸びをして麦わら帽子を被らせると、実千夏は慣れない様子で帽子のつばをいじっていた。

 そして麦わら帽子の下から、私を見下ろしてにやっと笑う。

「ごめんフィー。帽子、走りにくいから苦手なんだ」

そう言って帽子を取り、そのまま上からすぽんと私の頭に帽子をかぶせた。

「やっぱりフィーの方がよく似合うね!」

麦わら帽子の大きなつばを上げて視界を確保すると、実千夏はステップを刻むように後ろ向きに下がりながら、じゃあねと私に向かって笑顔で手を振りあげた。




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