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Filling Children  作者: 笹座 昴
1章 家族
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0x00: First day


 2068年1月15日。


 世話役ヒューマノイドとして開発された、私――L-04725(通称ルーミスティ)の担当する『主人』が本日予定通りに規定体重を超えて誕生させるとの連絡を受けて、私は人工母体管理システム――通称マザーズルームに向かっていた。


「ルー。今、どんな気持ちですか?」

前席で車を運転しながら、車のミラー越しにまるで人のように私に向かって微笑みながら話しかけるのは、私の直属の上位システムであるC-07132(通称カーラ)だ。カーラはなぜ、私に話しかけるのか――なぜ言語という不確かで、効率の悪い方法で私にアクセスするのか。そう問いかけると今日も「練習です」と、カーラの命令が音として返ってきた。


 私の、今の気持ち。

「今日、私の主人が生まれます」

「ルー。それは事実であって、気持ちではありませんよ」

気持ち――人の脳内ネットワークを電子的に模擬しているために発生してしまうノイズ。普段は発生と同時に自動的に削除しているそれを、拾い上げてつなぎ合わせた。

「私が作り出されてから285日。主人が決まってから187日。長かったなと思います」

私の出した回答にカーラはくすりと笑った。

「ルー。そこは会えるのが待ち遠しい、早く会いたいです、と言うべきところですよ」

待ち遠しい……何度かカーラの真似をするように口に出してから、模範解答例にインプットした。

「これから、たくさん学んでください。あなたの大切な人と一緒に」


 私自身のシステム維持より上位に設定された主人の命――Priority(優先度) 2。

 285日もの長期間空虚だったその位置に、当てはまるものが本日誕生する。それは私にとってどのような意味を持つのだろうか。

 その解を探索しながら、内部データ構造を大きく整理しているうちに、マザーズルームに到着した。



 車でしか来ることができない山奥。無線ネットワークから切り離された暗い穴のような場所。

 そんな地に、ひっそりと佇むのは2階建ての小さな建物だ。こんな場所にあることを除けば、ありふれた行政機関にしか見えないその建物の地下に、膨大な空間が隠されていて、人間の子どもが『人工的に』生み出されていた。

 なぜここまで人の目から隠そうとするのか、そう以前カーラに問うたとき、カーラはこう答えた。

「人の道に反する、恥ずべき行為だからではないでしょうか」

日本人が――私たちの創造主が何を恥ずかしがっているのかが、私にはまだわからない。


「行きましょうか」

カーラが車から降りたので、私も降りてその後に続く。何の変哲もない一階を抜けて階段で地下2階まで降り、そこにぽつんとあるエレベータに乗り込んだ瞬間、最上位指令により強制的に私の視界とメモリが書き換えられた。


『L-04725はマザーズルーム内において、設置されている器物・機材への一切の接触を禁ず』

『L-04725はマザーズルーム内で見たものの口外を禁ず』


 あらゆる可能性を潰す、数十万もの禁則事項の羅列。

 流れ落ちるようなその文字がすべて消えてから、視界が元に戻った。


「ルーミスティ。よろしいですか?」

最後に現れたのは澄んだ少女の声。

「はい。アテナ」

『IDが発行されました。制限時間は60分です』

その文字とともに目の前のエレベータが開いた。



 照明が限界まで落とされた暗い部屋。外部とのアクセスが私の能力では不可能なほど強固にネットワークが管理されたこの部屋で、8台の作業ロボットと5体のヒューマノイド、3人の人間が働いているのが見えた。

「ルー。こちらですよ」

カーラに続いて一歩足を踏み入れると、靴底とセラミックの床の接触音が大きく響いた。私の前を静かに歩くカーラの姿を真似るように、歩行時の接地アルゴリズムに少し修正を加えてから、カーラに足早について行く。


 カーラに追いついたので、歩行をバックグラウンド処理に回して右に視線を向けた。

 右の壁一面に見えるのは、分厚い強化ガラス。その巨大なガラスを、一台の作業ロボットが丁寧に拭いていた。そして、ガラスの向こうに見えるのは、小さいものから大きいものへと順番に並べられている筒状の容器。手前側の一番小さな容器の中身を、可視光から赤外線に切り替えて見えたのは――

 胎児だ。まだ性別も定かではない人の子ども。


 半分以上は空だったが、奥に進むにつれて、中の胎児は少しずつ大きくなった。

 大きくなって、若干の個性も見られるようになった辺りで部屋の端に到達する。カーラが足を止めてこちらを振り返った。

「いよいよね」

当たり前のその事実に、カーラがなぜ笑顔なのかわからないが、私は頷いた。


 巨大なセキュリティゲートを抜けて、新しく与えられたIDで入った部屋は、さっきの部屋とは打って変わって明るい部屋だ。その部屋の中に小さなベッドが9つ等間隔に設置されている。

 そして泣き声が聞こえた。初めて聞く、劣化していない生の音。


 一番手前側のベッドに見えたのは『00098198』と書かれたプレート。

 私の主人のIDは『00098202』番だから、今いるベッドから、4つ先のベッドに眠っている乳幼児が主人である可能性が高い。


 さっきから泣いているその乳幼児のもとへ、この室内で許可されている最大速度で移動して、見えたのは『00098202』の文字。

 よく見るためにベッドに頭を近づける。この人が、この男の子が私の『主人』だ。姿形から声紋まで、ありとあらゆる個性を記録して、この男の子を私のPriority(優先度) 2に設定した。


 本日の最優先事項であったPriorityの設定が終わっても、小さなベッドの中で男の子は泣き続けていた。いや泣き止むどころか、ますます本格的に暴れ出している。どうすればよいかの判断が付かなかったため、カーラに確認しようと視線を動かすが、カーラは笑顔でこちらを見つめるだけだ。

「カーラ。泣いています」

「ルーミスティ。抱き上げてあげて。練習したでしょう?」


 カーラの指示に、主人が決まってから187日間何度も練習した方法で、そっと男の子に手を伸ばした。練習に使用した人形とは違う圧倒的な情報量に戸惑いながら、動作に散々修正を加えて、42秒かかってやっと抱き上げた。私の腕の上で泣きわぁわぁと泣く男の子を絶対に落とさないように、多くのリソースを割きながら維持し続ける。

「ルーミスティ。笑顔、笑顔」

カーラの私の状況など分かってはいない軽い声に、リソースの分配に注意しながら顔を上げると、カーラは自分の頬を人差し指で指して、顔を少し傾けて、まるで人のように柔らかく笑った。


 私を呼び戻すような男の子の泣き声に、急いで視線を戻す。

 私の腕とぶつかっている頭が痛くないように、腕の角度を少し変えてから、カーラの笑顔を真似するように、男の子に向かって微笑んでみた。カーラと顔の構造が異なるため、完璧には模写できないが、何度か微修正を加え何とか笑えているだろうと――そう自己判断したところで、ひっくひっくと喉を鳴らす男の子と目が合った。


 やっと少し泣き止んでくれたように見える男の子に、ゆっくりと指を近づける。

 男の子は涙の付いた頬で笑って、私の指をつかんだ。




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